【魚荷道.3】
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笠岡市新賀の長迫地区
岩神池の南端にある県道のY字路から北へ140m下る
岩神池
「皇国地誌(「笠岡市史 史料編上巻(p.271)」)」には
「東西壱町(約109.09m)弐十間(約36.36m) 南北三十五間(約63.64m)
周回六町(約654.54m)四十二間(約76.36m)」と記さている。
寛永5年(1628年)に築造。
「伝えたいわがふるさとの文化財(p.11)」を参照
字 田渡り
この辺りは軟弱地盤で田んぼが崩れやすい。田渡りの北の大津惠、その東の赤道、
その北東の小つえなども、軟弱地盤であることを示す字。
「伝えたいわがふるさ(pp.108-109)」、「笠岡市史 地名編(pp.212-213)」を参照
「御登極記念 小田郡誌(p.88 大正13年)」に「長迫部落は山間に僻在して非常に不便
且道路狭隘、加うるに雨天には泥土足を沒するが如き有様なりしが、先年有志の發起によりて
改修せられ、今日に於ては誠に往年の俤だに無きに至れり。」とある
長迫地区のとと道については諸説あるものの、当時の道路状況を踏まえて
明治30年測図の地図、1961-1964年の空中写真、1974-1978年の空中写真等を見て判断すれば、
人通りが少ない、細い道を最短距離で通るルートよりも、
人通りが多く、重い荷物を安全確実に運べるルートを選択したように思える
Y字路を右折して、岩神池沿いの長迫道を東へ55m進む
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電柱の前を通過して直ぐ左折
字 田渡りから字 岩神へ上る道(笠岡市新賀 長狭物不明-848)
周囲の棚田はほとんど休耕しているので、草刈りをしないと通れない。
1920年代の地図には記されているが、明治30年の地図にはない。
https://maps.app.goo.gl/soVybsXkVCg8rA7x9
北東へ50m上る
1個目の小さい溜池(岩神へいすけ池)の横を通過
岡山県内の溜池の名称については「おかやま全県統合型GIS」のため池マップを参照
岩神へいすけ池
2個目の溜池の土手道を東へ10m進み、左折して北へ10m進む
右折して舗装路を北東へ35m進む
十字路を右折し、南へ20m進んで廃車のある所で左折すると岩神様の境内
十字路から北東へ35m直進し、電波塔がある所で左折すると字 サコ(迫)への道がある
https://maps.app.goo.gl/NZeQfMYJ9Wv6GcvZ6
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岩神池北岸から南東部を望む
令和3年(2021年)12月10日から令和6年3月15日の工期で岩神池改修工事が行われた際に、
平成20年(2008年)の渇水以来、久しぶりに烏帽子岩が姿を現した
烏帽子岩がある岩神池南東部辺りの字名はエボシ岩という
烏帽子岩
池の南側の底にある烏帽子岩は渇水時にしか見ることができない。
烏帽子岩に胴廻り2尺の大蛇が住みついていたという言い伝えがある。
「伝えたいわがふるさとの文化財(p.11)」を参照
https://maps.app.goo.gl/faPBDYYs7WJfYJaYA
岩神池の東端
左折して参道(笠岡市新賀 長狭物不明-483)を上る
廃車のある所で右折して境内へ
岩上神社の後ろにある磐座
本殿の後ろにある御神体の岩
岩上神社(岩神様)
笠岡市新賀3544。現在の社殿は昭和58年に再建されたもの。
上長迫の藤井株内で祀る。
「伝えたいわがふるさとの文化財(p.12)」を参照
https://goo.gl/maps/uTBEAk9kjtq
岩神様と呼ばれることが多いので岩神神社と間違えられることがある
御子神様(藤井株の氏神様)
平成16年に中ヶ市から遷座
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ヴィレッジ興産(字 池平)への道
サコ(迫)経由の道と中ヶ市経由の道と2通りの道がある。距離は同じ。
サコ(迫)経由の道(字 岩神→西之奥→神之山→サコ(迫)→平木→迫之奥→二ツ池→池平)は
道幅が狭く、地すべり地帯になっている。サコ(迫)には定平氏宅跡がある。
中ヶ市経由の道(字 岩神→西之前→中ヶ市のうえん堂→平木→迫之奥→二ツ池→池平)の途中には
お堂の跡や道しるべがあり、道幅は広い。
サコ(迫)経由の道(従来ルート)
地図に記載されていないルート。途中、棚田の畦道を通る。
崩れやすい1.5m程の段差を2回上る必要あり。
人の往来が全くないので、草刈りをしないと通れない。
夏場は草に覆われて通行困難になる可能性大。
岩上神社(岩神様)前
電柱の脇から北北東へ20m下る
https://maps.app.goo.gl/DotGWdkUt7ssGgyS8
つきあたりを左折し、北へ15m進む
溜池からの水路を渡る
https://maps.app.goo.gl/8NNZRAK2Kmo7RXTF9
北へ30m進む
棚田の端から1.5m程上る
この辺りは地すべり防止区域になっているので
棚田の中を通らないように、畔道を崩さないように慎重にルートを選んで通る必要あり。
https://maps.app.goo.gl/8NNZRAK2Kmo7RXTF9
北東へ35m進む
農作業小屋?がある所で左折
https://maps.app.goo.gl/mZeBoJjKGD4LtB1v7
北北西へ25m上って右折
北東へ45m上る
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サコ(迫)経由の道(新ルート)
地図に記載されているルート。道幅は1m程。徒歩限定。高低差はほとんどない。
道の端が崩落している所や、道の真ん中に穴があいている所があるので要注意。
周囲は休耕田が多く、人の往来が全くないので、茨が蔓延り、草刈りをしないと通れない。
電波塔の前で右折
https://maps.app.goo.gl/eNxHExjgxGaLLJWM8
細道(笠岡市新賀 長狭物不明-450)を北へ23m進む
小さい溜池の南端にある十字路
https://maps.app.goo.gl/Ytkgiqn7NYN36DEQ8
溜池の土手道(笠岡市新賀 長狭物不明-452)を更に北へ20m進む
右折して北北東へ65m進む
https://maps.app.goo.gl/3TLyM43oXNzE2EKS9
道が崩落している所を通過
細道(笠岡市新賀 長狭物不明-458)を北へ進む
水路を渡り、従来ルート(笠岡市新賀 長狭物不明-461)に合流
https://maps.app.goo.gl/C1ZuUSEZky6Qhjv96
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溜池(岩神ひこひち池 新賀 筆界未定地-41)の土手道を北東へ38m進む
https://maps.app.goo.gl/djs64skEccftNJDu8
字 赤道(あかみち)
赤道の赤は閼伽(仏教用語で水のこと)からきているという
細道(笠岡市新賀 長狭物不明-346)を東北東へ50m進む
細道(笠岡市新賀 長狭物不明-356)を北東へ30m下る
十字路
地図上の道は十字路を直進する。人の往来が無いので草刈りをしないと通れない。
https://maps.app.goo.gl/8R6p2mEns5QERADE6
十字路を左折して迂回
草刈りをした後
車道を西へ7m上って右折
さらに西へ130m上り、市道走出新賀線を渡った所にある太陽光発電施設の脇に赤道の経塚がある
赤道の経塚(地蔵菩薩立像)
「蓮宗房 奉供養六十六部成就所 元文三(1738年)戊午九月吉日 當所◯廻住 藤井權◯良」
廻国行者の蓮宗(れんそう)法師が大乗妙典(法華経)を奉納。
「伝えたいわがふるさとの文化財(p.12)」を参照。
https://goo.gl/maps/BqEyKChUJbR2
畔道を北へ45m進む
十字路から北へ直進した場合
道(笠岡市新賀 長狭物不明-354)は傾斜していて通りにくい
20m程進んで畔道に合流したら、4m程北へ進む
Y字路を左折し、北北西へ4m程上る
1段上の畦道に合流して右折
https://maps.app.goo.gl/dXFDu39DyHBX2oso8
北北東へ22m進む
イノシシ除けのワイヤーメッシュ柵がある所から、北東へ10m上る
https://maps.app.goo.gl/kpAPVaeY6ayojJjW6
針金を外して柵をあけて通過した後は、閉めて針金を元に戻すことを忘れずに
溜池(岩神ひこひち上池、西之奥ひさいち池)の土手道を北東へ60m進む
つきあたりの丁字路を左折して車道(高屋往来)を北へ20m上る
高屋往来の十字路
字 神之山(かみのやま)
https://maps.app.goo.gl/zeXipCmznwJ6M5FW9
字 サコ(迫)
十字路から細道(高屋往来)を北へ105m上ると
市道走出新賀線の十字路(岡山西ゴルフ倶楽部前)に出る
十字路(笠岡市新賀 長狭物不明-322)を右折して北東へ40m上る
丁字路を左折
北へ40m上る
定平氏宅の大井戸
定平氏は江戸時代から酒屋を営んでいた。
「笠岡市史 第三巻(p.797)」によると、新山では明治の頃には酒屋が2軒あったという。
以前は井戸の横を東へ通り抜ける道があったが、現在は通れない。
https://maps.app.goo.gl/cz8S46RzBVoBBqV6A
北へ45m上る
稲荷神社(笠岡市新賀 筆界未定地-62)
https://maps.app.goo.gl/X7rcpuuqdLhBVZo58
北北東へ27m上る
十字路から墓地への参道(笠岡市新賀 長狭物不明-184)を北東へ40m進む
https://maps.app.goo.gl/8hnVrGSdDyvmhk9DA
直進すると墓地に至る
丁字路を左折し、北北西へ10m進む
右折して東北東へ70m進む
ここから先の道(笠岡市新賀 長狭物不明-184)は草刈りをしないと通行困難
稲荷神社前を通って丁字路に戻り、左折して東へ80m進む
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丁字路を左折して北へ10m程下る
https://maps.app.goo.gl/zaTH87HjLmv1VfYJA
不空羂索観世音菩薩坐像
新山走出西国9番 興福寺 南円堂 [こうふくじ なんえんどう] (不空羂索)
『おん あぼきゃ びじゃしゃ うん はった』
「春の日は 南円堂に かがやきて 三笠の山に 晴るるうすぐも」
https://maps.app.goo.gl/8HXsCL7nP2ufga437
細道をさらに北へ70m程上る
長尾山長福寺の旧庫裡を寄進した定平氏宅跡
明治11年(1878年)旧7月から12月にかけて、
解体した屋敷を尾根道を通って長福寺まで人力で運び、移築したという
詳細は「伝えたいわがふるさと 地域をあげて学校教育を支える
(にいやま「文化を楽しみ育てる会」監修、p.160)」を参照
https://maps.app.goo.gl/qyKN8jCyioEt9ne57
右折して細道(笠岡市新賀 長狭物不明-328)を北北東へ100m上る
細道(笠岡市新賀 長狭物不明-186)をさらに北へ上る
向かって右に溜池がある
墓地の東を通過
丁字路
道(笠岡市新賀 長狭物不明-184)を北東へ50m上る
この辺りは人通りが全く無いので、道が雑草に覆われていて分かりにくい
小さな溜池の横にある丁字路(笠岡市新賀 長狭物不明-185)を右折
https://maps.app.goo.gl/6wuuGw8rmgtHCgw77
細道(笠岡市新賀 長狭物不明-189/同199)を北東へ60m進む
平木の十字路
字 岩神→西之前→中ヶ市のうえん堂→平木を通ってここまで約1km。
字 岩神→西之奥→神之山→サコ(迫)の定平氏宅跡を通ってここまで約1km。
https://maps.app.goo.gl/mHmpXH7CBFu6dqvA6
市道走出新賀線を横断
旧道(笠岡市新賀 長狭物不明-191)を北へ45m上る
溜池(平木定平池)の横の丁字路(標高約131m)
北へ37m進む
Y字路
左折して急坂を西へ70m上った所に石祠がある
https://maps.app.goo.gl/YPdVXhtxdo3gTJWo9
石祠への道にはトラロープ(標識ロープ)が設置されている
標高約153m
石祠
祭神未確認。石クドの中に安置されている。南向き。
「伝えたいわがふるさと(p.143)」のにいやまの寺社の地図によると権現様・石鎚様。
北約90kmの所に中国地方の最高峰大山が、南南西95.5kmの所に四国の最高峰石鎚山がある。
https://maps.app.goo.gl/J2LjRBvHZQMxDuq16
Y字路に戻って左折
北へ35m、北東へ385m進む
保安林の標識が立っている所で右折
https://maps.app.goo.gl/imzCMcUQ1x4eaYkw7
倒れた保安林の標識がある
十字路
https://maps.app.goo.gl/Z6nFHUbhPizAKjgA6
そのまま北東へ進む
丁字路
標高約130m。右折して南東へ35m下ると、東洋石材の看板がある所へ出る。
https://maps.app.goo.gl/EbqRKs5kk611KjtL7
境界標
旧道(笠岡市走出 道-934)は広域斎場へ向かう道によって分断されている
市道走出新賀線へ下る道は草刈りをしないと通行困難
茨混じりなので、剪定バサミを持参しておいたほうがよい
市道走出新賀線に出たら左折
https://maps.app.goo.gl/2R1PbHYyzUmNcMPK6
丁字路を左折して北西へ215m進むと岡山県西部衛生施設組合井笠広域斎場がある
https://maps.app.goo.gl/Ldpw7fmEpzGnYonv7
分断された道の続き
市道走出新賀線を北東へ20m進む
下長迫地区から上って来る道との合流点
https://maps.app.goo.gl/2cowJka2YBXEJQkY6
市道走出新賀線を北東へ35m進む
十字路
向かって右の電柱の脇に旧道がある
https://maps.app.goo.gl/mHmpXH7CBFu6dqvA6
左折して北西へ50m上る
つきあたりの丁字路を右折
https://maps.app.goo.gl/1sAyJgJo2t37B6Rp7
左折して旧道を南西へ25m進むと鉄塔がある
旧道(笠岡市新賀 道-82)を北東へ255m進む
字 迫之奥の北端(笠岡市新賀 長狭物不明-192)
市道走出新賀線に合流し、横断して東北東へ20m進む
https://maps.app.goo.gl/2R1PbHYyzUmNcMPK6
字 二ツ池
標高約133m。未舗装の道を北東へ180m進むと、ヴィレッジ興産前に出る。
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中ヶ市経由の道
岩上神社(岩神様)前の車道から東へ265m下る
丁字路を左折
https://goo.gl/maps/PHY2ymJ7V1R2
長迫川の横にある民家の前
磆の端の堂にあった石仏群
向かって右端と右から5番目の石仏以外は地蔵菩薩像
『南無地蔵大菩薩』
磆の端の堂については「民俗資料選集39(p.46)」を参照
千手観世音菩薩立像
「三番」
新山走出西国3番 風猛山 粉河寺 [ふうもうざん こかわでら] (千手)
『おん ばざら たらま きりく』
「父母(ちちはは)の 恵みも深き 粉河寺 ほとけの誓ひ 頼母(たのも)しの身や」
https://goo.gl/maps/NJpu7
磆(ナメラ)
3番札所の横から車道を北へ72m上って右折
高屋往来
ニシンジョウの堂
上長迫公会堂の西北西150m
「民俗資料選集39(p.44)」を参照
弘法大師坐像
「天保十二丑(1841年)九月日」
四国27番神峯寺 (十一面観世音)
竹林山 地蔵院 神峯寺 [ちくりんざん じぞういん こうのみねじ]
『おん まか きゃろにきゃ そわか』
「みほとけの 恵みの心 神峯(こうのみね) 山も誓いも 高き水音」
笠岡新四国霊場の27番札所(小平井の杢原にある下池の東)から
勧請したものかもしれない。
笠岡新四国霊場には同じ番号の札所が数カ所ある(28番、31番、88番)。
https://goo.gl/maps/1QAWYu33rCQ2
「廿七番 但中」
車道を下って丁字路を左折し、50m進む
十字路の手間、向かって右に旧ニシンジョウの堂があった
二間四方の宝形型の屋根、四方吹き放しではなく、壁付きの大きなお堂だった。
今は瓦の残骸が残るのみ。
お堂の中で百万遍の数珠繰りや、学芸会、算盤塾をしていたという。
十字路からさらに東へ100m進む
https://maps.app.goo.gl/QNezjBH3nfCGASre7
上長迫公会堂
https://goo.gl/maps/r5FgWEvT3Eu
道しるべ
「左 古ん古う(こんこう 金光) 古しま(こじま 児島)
川北(川を渡って北へ上ると) やくし(薬師) 道」
児島大師(児島八十八ヶ所霊場)、走出薬師(持宝院)参拝者用の道しるべ
北東25mの所にある十字路から上長迫公会堂の庭に移設
「北川の史跡ガイドブック(p.13)」を参照
https://goo.gl/maps/tXQppMVb4JH2
公会堂前から東へ25m進む
道しるべがあった十字路
標高49m、西浜の久我邸前からの道程は約5.9km
十字路を左折して北へ110m上る
うえん堂
西ノ前地区にある
「民俗資料選集39(pp.44-45)」を参照
https://goo.gl/maps/Ubgm3
うえん堂は2014年3月に屋根替え
古い棟札が取り付けられているが判読困難
千手観世音菩薩坐像(堂内中央)
「五番」
新山走出西国5番 紫雲山 葛井寺 [しうんざん ふじいでら] (千手)
『おん ばざら たらま きりく』
「まいるより 頼みをかくる 葛井寺 花のうてなに 紫の雲」
地蔵菩薩坐像3体(堂内向かって左)
『南無地蔵大菩薩』
法界地蔵(堂内向かって右)
うえん堂の横の四叉路から細道を北へ340m上る
墓地の横を通過
古代の丘スポーツ公園を出るまで道しるべやお堂等はない
つきあたりの丁字路を左折し、青景地区からの車道を北西へ48m上る
https://goo.gl/maps/unr2eaXQwsB2
Y字路
https://maps.app.goo.gl/8pjX6fAMtWsSwmFH7
車の場合は右折して市道走出新賀線を北北東へ187m上る。
徒歩の場合は左折して西へ47m進んで十字路を右折し、旧道を上る。
周辺は地すべり防止区域に指定されている
平木の十字路
字 岩神→西之前→中ヶ市のうえん堂→平木を通ってここまで約1km。
字 岩神→西之奥→神之山→サコ(迫)の定平氏宅跡を通ってここまで約1km。
https://maps.app.goo.gl/mHmpXH7CBFu6dqvA6
迫之奥の丁字路(太陽光発電施設の北)
右折すると鉄塔巡視路
標高137m。上長迫公民館の東の十字路からの道程は約650m、標高差88m、平均斜度13.5%。
https://goo.gl/maps/eerXETbrDP32
北へ160m、北東へ485m進む
標高は約134m、西浜の久我邸前からの道程は約7.2km
ここから先、走出の山田地区までほぼ下り
未舗装の道を北東へ進む
https://goo.gl/maps/CZ1uPDncQYp
魚荷道はときわヴィレッジ(ヴィレッジ興産)の敷地内を通っている
https://goo.gl/maps/hazrw43oa932
細道(笠岡市新賀 道-87→笠岡市走出 道-932→道-913→道-950)を北東へ380m進む
https://goo.gl/maps/ZW8kA2Zb7LE2
この辺りの標高は約122m(高坪山)
養鶏場の向かって右は笠岡市山口1-2番地
ふるさとの森遊歩道の南端に出る
https://goo.gl/maps/PoQRtstycMp
舗装路を北北東へ190m上る
ポンプ所の脇から北北東へ205m進む
https://maps.app.goo.gl/egt9nUvimhc3Y7wL9
Y字路
向かって左の道を進む
ふるさとの森遊歩道の東端(笠岡市走出3447-49)
https://maps.app.goo.gl/dVT7krTNgNahXQ4c9
柵の脇から細道を北東へ50m程下る
転倒しないよう、木につかまりながら急坂を慎重に下る
この辺りで転倒された方がいたという話も聞くので
安全に下るには道の両側にロープを設置したほうがよいかも
どんぐり球場の西端
魚荷道はこの辺りから北東(バックネットがある方向)へ続いていたが
グラウンドの造成により消滅
黄色のラインが大庭福当道
緑のラインが魚荷道(走出薬師道)
大庭福当道は笠岡市山口の大庭地区から井立池の土手道を経て、
北西へ進み、井原市木之子町の福当地区を経て、
木之子小学校のプールの北にある交差点(村上歯科前)に至る道
この辺りの山を打越山という
https://maps.app.goo.gl/ZaLD4PEP6HYvqwaRA
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鴨方井原道(玉島井原道)
清瀧山 長川寺
(浅口市鴨方町)の参道
道しるべ
「左 笠岡神島 すく(直ぐ=直進) 井原」「施主 今井庄◯ 林 半◯」
長川寺参道の入り口、鴨方往来沿いにあったものと思われる
https://goo.gl/maps/fwDsXR1jXw42
清水池(浅口市鴨方町深田 石井地区)
長川寺参道の入り口から県道60号線を西へ780m進んだ所にある
清水池の道しるべ
「大正七年(1918年)立之 施主 石井柴太郎」
「右(南南東) かも可゛たゑき(鴨方駅)」「左(東) かも可゛た(鴨方) こんじん(金神)」
西(鴨方町小坂西)から来た人用の道しるべ
右折して県道60号線、同64号線を南南東へ2.2km下ると鴨方駅に至る
鴨方駅の開設は明治24年(1891年)
三和村が金光町に改称したのは大正12年(1923年)
https://goo.gl/maps/T7kBA5ErvYB2
長川寺参道の入り口から鴨方往来を南へ97m進んだ所にある丁字路
道しるべa(向かって右)
「右 かさおか(笠岡) かうの嶋(神島) 道」
「施主 砂場 立*甼(町)」
道しるべb(左)
「◯◯◯◯つ ◯◯◯ま 道」「◯◯◯中 當村」
https://goo.gl/maps/13HBhr2w7U52
鴨方往来の道しるべ
南東「右 小坂(鴨方町小坂西)者志里で(はしりで=笠岡市走出) 道
左 かさ岡(笠岡市笠岡)古を能嶋(こをのしま=笠岡市神島) 道 天畠」
南西「右 おと志ま(乙島)古じ満(こじま=児島)
左 かも可゛た(鴨方町鴨方)ます坂(鴨方町益坂) 道」
「施主本庄村 与治ヱ門」
浅口郡里庄町里見の殿迫地区、里見四国37番岩本寺の横にある。
長川寺参道入口から鴨方往来を南西へ3.35km進んだ所(殿迫公会堂の南の丁字路)
走出薬師道、神島大師道、乙島大師道、児島大師道
https://goo.gl/maps/aiQrL2LAjW22
大内の薬師堂
浅口市鴨方町小阪西の大内地区の十字路にある
養阿四国46番浄瑠璃寺 (大師/薬師) <小坂西 大内薬師堂>
医王山 養珠院 浄瑠璃寺 [いおうざん ようしゅいん じょうるりじ]
『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
「極楽の 浄瑠璃世界たくらえば 受くる苦楽は 報いならまし」
享保十九甲寅年(1734年)七月十五日に念佛講中によって建立された六字名号碑、
牛供養碑群、手水鉢等がある
清水池の道しるべから西へ1.53km進んだ所
https://goo.gl/maps/S8hj3e9cdhD2
二尊石仏(上は大日如来坐像、下は弘法大師坐像)兼道しるべ
「安政四(1857年)丁 巳七月吉日」
向かって左側面に「右かも方(鴨方町鴨方) すぐすぎ谷(直進すると鴨方町小坂東の杉谷地区)」と
刻まれている。笠岡市尾坂から下って来た人向けの表示。
『おん あびらうんけん ばざら だどばん』『南無大師遍照金剛』
西の谷の道しるべ
「西 ゐはら(井原) やくし(走出薬師) 道」「東 かもがた(鴨方)道」
「北 どうまん(笠岡市尾坂の道満地区)」「大正元年(1912年)十一月 佐藤捨松立」
「ふるさと よしだの史跡(p.23)」を参照
笠岡市尾坂 西の谷地区の川上商店前の丁字路にある
大内の薬師堂から北西へ2.4km進んだ所
井原笠岡軽便鉄道笠岡-北川-井原間の開業1年前に建立
https://goo.gl/maps/ckP73oRcUcR2
尾坂ダムの堤体の下
西の谷の道しるべの西985m(直線距離)
玉島井原道は尾坂ダム建設のため、昭和41年(1966年)に水没
牛供養碑 兼道しるべ(地蔵菩薩坐像 + 臥牛3頭)
「右 新山駅 左 吉田駅」
「昭和廿ニ年(1947年)九月十九日 牛供養 施主 藤井芳太」
井原笠岡軽便鉄道笠岡-北川-井原間の開業から34年後に建立
向かって右の道を北東へ390m進むと、関戸観音堂がある。
観音堂前から、七鍬池の土手道を経て、北東へ530m進むと旧新山村役場前の交差点に出る。
交差点を横断して、北東へ250m進み、尾坂川に架かる名所橋を渡る。
県道48号線(旧井笠鉄道跡)沿いに北へ320m進むと新山駅に至る。
https://goo.gl/maps/E7Wf8n4XfDQ2
関戸公民館前の関戸橋
尾坂ダムの堤体の下の牛供養碑の道しるべから西へ320m進んだ所
道しるべ
「みぎ(北) いだち三(み)ち(井立道) ひだり(南) 村みち」
消防機庫の横にある
村道を南西へ330m進み、関戸八幡神社前から更に南西へ92m進み、
大師道の道しるべがある丁字路から更に南南西へ210m進むと旧県道48号線(笠岡松山往来)に出る。
旧県道48号線を南南西へ900m進み、Y字路を右折して西へ115m進むと旧吉田駅跡に至る。
https://maps.app.goo.gl/YVwmfo7Ab8MWPAoM8
大師道の道しるべ
「右(北東) 大師道(関戸大師道)」「左(西) まつ山(備中松山) やかけ(矢掛)」
笠岡方面から来た人用の道しるべ
左折して西へ65m進むと、旧県道48号線(笠岡松山往来)に出る
道しるべのとなりに笠岡新四国39番延光寺 (薬師)、笠岡新四国40番観自在寺 (薬師)がある
https://goo.gl/maps/b1RxRZtDpAu
関戸観音堂(関戸大師)
笠岡新四国47番八坂寺(阿弥陀)、西国29番 青葉山 松尾寺(馬頭)
https://goo.gl/maps/gyFFn
関戸観音堂から西へ55m進んだ所(七鍬池の南東端)のY字路を左折して西へ60m進み、
Y字路を右折して北西へ145m進み、つきあたりの丁字路を左折して南南西へ31m進んで右折。
西北西へ215m進んで旧県道48号線を横断し、更に西へ50m進むと笠岡松山往来に出る。
十字路から西へ直進すると井原市高屋町に至る。
道しるべ
「南 かさをか(笠岡)道」
「左 関戸大し(大師) た満(ま)しま(玉島) 道」
「右 や可げ(矢掛) 井原 寿(す)ぐ た可屋(高屋) 道」
笠岡市新賀の笠岡松山往来の十字路にある
尾坂ダム堤体の下にある牛供養碑から北西へ960m進んだ所
関戸大師は七鍬池の東にある関戸観音堂(笠岡新四国霊場47番札所、西国29番札所)のこと
高屋道はここから西へ195m進んで県道48号線を横断し、尾坂川の橋を渡って、民家の脇を西へ18m進む。
途中に吉岡信元の墓地がある地藏峠の山道を北西へ320m上り、備南街道を横断。
海神社の参道口の脇にある細道を西へ200m下り、左折して長迫道を西へ1.27km進む。
上長迫公会堂前から、更に150m進み、磆の端の堂があった丁字路を右折して、北へ500m上る。
岡山西ゴルフ倶楽部の駐車場前で左折して、観音道(
門田町の大谷西国観音霊場
)を西へ940m進み、
六道の地蔵堂から門田町、岩倉町、大江町を経て高屋町に至る
https://goo.gl/maps/oMEeL4dmeWn
旧新山村役場前の交差点
尾坂ダム堤体の下にある供養碑から七鍬池の土手を通って北西へ920m進んだ所
万人講供養碑 兼道しるべ(臥牛)
「亡牛万人講供養」「東 鴨方道 西 新山駅」「施主 安藤吉一」
井原笠岡軽便鉄道(井笠鉄道)の笠岡-北川-井原間が開業したのは大正2年(1913年)
「伝えたいわがふるさと(pp.92-94)」を参照
https://goo.gl/maps/NVqFAU6LRjJ2
わらんべ堂
現在の共同油脂(株)笠岡工場の北端(旧新山保育所の西)、笠岡松山道沿いにあった
元は地蔵堂で、土倉家居所蔵の山口村古地図(元文2年=1737年)にも記されている
堂内向かって左に地蔵菩薩坐像、右に弘法大師坐像が安置されている。
天保7年(1836年)に、山口村の大師講が神島第53番札所圓明寺の堂宇を再建した際、
その事を後世に伝えるため、弘法大師像を造ってわらんべ堂に合祀した。
前堂の棟札には「明治四拾年(1907年)未七月再建之」とある。
昭和時代の数十名の寄附者芳名録もあるが、紀年銘は判読困難。
堂宇の周囲に元文元年(1736年)の六字名号碑(光明真言曼荼羅付き)1基、
牛供養碑7基、地蔵菩薩像2躰、安政5年(1858年)の手水鉢などがあった
道行く人の休み堂として、また地域の集会所として機能していた
令和元年5月に長尾山長福寺の山門前に移転し、お堂も新築された
https://goo.gl/maps/UDxgNtChowR2
わらんべ堂の道しるべ
牛供養碑兼道しるべ(不明の坐像 + 牛)
「◯◯◯◯」「◯◯◯◯」「右(南) 笠岡 施主 有本◯◯ 左(南南東) 鴨方」
北(備中松山方面)から来た人のための道しるべ
わらんべ堂の前から、急な細道(米田池と新吉中学校間ににある墓地への参道)を
南南東へ375m上ると県道168号線(新賀小坂東線)に出る
大庭地区の牛馬供養碑群
牛馬供養碑(三面馬頭観世音菩薩坐像)
「爲牛馬*䌓榮(繁栄)」「安政四(1857年)丁巳 十一月(あるいは十二月)日」
「◯◯◯◯ ◯◯◯◯」
牛供養碑兼道しるべa(地蔵菩薩坐像 + 牛)
「為牛供養 やしく(走出薬師道)」「いばら◯(井原道)」
https://goo.gl/maps/n3LeFt9uN682
牛供養碑兼道しるべb(薬師如来坐像? + 牛)
「右(北) ヤクシ(走出薬師)道 左(西北西) 木ノ子 明治廿年(1887年)」
南(新山駅辺り)から玉島井原道を北上して来た人のための道しるべ
走出薬師に参拝する人は直進して北へ630m上り、ききなの峠を越えて走出の山田地区へ下る
井原(→上井立→木之子)へ向かう人は丁字路を左折し、西北西へ230m上って丁字路を左折。
墓地への参道(急坂)を北へ50m上り、薬師堂前で右折して北へ75m上る。
どんぐり球場の外野を北北西へ150m進む。
魚荷道を横断して福当大庭道(笠岡市走出 道-844)を北西へ100m程下る
途中、北川昭和四国80番国分寺のお堂の横を通過
https://goo.gl/maps/V1QZEWUcDvs
車道を横断
ガードレールの端から水路沿いの道を西へ下る
市道走出新賀線の丁字路を横断
https://maps.app.goo.gl/Qr3JWFFi3JcTQ6dc7
北川昭和四国
番外札所(十一面観世音/弘法大師)
『おん まか きゃろにきゃ そわか』
『南無大師遍照金剛』
古代の丘スポーツ公園の管理事務所(クラブハウス)の後方、道路脇にある
https://goo.gl/maps/HWzDh7KZgEQ2
牛供養碑兼道しるべ(地蔵菩薩坐像 + 牛)
「昭和十一年(1936年) 爲亡牛供養 施主 和田◯◯◯」「南 新山ヘテ笠岡入ル」
元は魚荷道と大庭福当道の十字路にあったものと思われる
市道走出新賀線の法面の端から西へ50m程下る(徒歩限定)
土砂崩れにより道が10m程消失している
岩沿いに慎重に進む
井立橋の南詰に出る
右折して井立橋を渡る
井立橋の北詰
井立橋の牛供養碑兼道しるべ(地蔵菩薩坐像 + 牛)
「右ハ作道 左ハ新山ヲ経テ 鴨方ニ至ル
亡牛供養 昭和六年(1931年)二月 施主 和田五平」
https://goo.gl/maps/xzpDueeanpn
井立池の土手道を北北西へ160m進む
四方位道しるべ
「西← 東ハ小田ヲ経テ矢掛 南ハ新山ヲ経テ鴨方 北ハ木之子ヲ経テ井原」
「西ハ縣主村門田ヲ経テ福山」
井立池の土手の北端、日切地蔵尊前の十字路にある
https://maps.app.goo.gl/gusBt1gGSme3ty1X8
北川昭和四国87番奥の院(日切地蔵尊)
北川昭和四国87番長尾寺、爲自他法界平等利益の石碑(胎蔵界種子曼荼羅付き)、
弘法大師の石塔、新山走出西国11番 深雪山 上醍醐寺等がある
北西へ車道を約760m上る
日切地蔵尊前の十字路から170m上った所に、北川昭和四国3番金泉寺のお堂がある
https://maps.app.goo.gl/oxVMeRAF5EinQgBe9
金泉寺のお堂の前から西北西へ35m上る
ベーハ小屋
更に西北西へ45m上る
車道が右へ大きくカーブする所から、直進する旧道がある。
草刈りをしないと通行困難。
https://maps.app.goo.gl/5PDXg8fyTuuRoTNE6
車道を道なりに480m上る
舗装路が途切れる手前の丁字路(笠岡市走出 道-524)
鉄塔巡視路まで北西へ約215m上る
https://maps.app.goo.gl/vg8MRqSe6ktoiCGDA
草刈りをする前の状態(2017年時点)
溜池からの放水路沿いに上る
f
雌竹が密生している中をかき分けながら放水路沿いに北西へ上る
f
最初の溜池の土手の手前にある分岐を左へ上る
雌竹が密生しているため、道(笠岡市走出 道-520)が分かりづらい
最初の溜池(井立和田池 走出2477)の横を通過し、北西へ30m上る
https://maps.app.goo.gl/sbiBKStGdyhfb82b7
2番目の溜池(六枚田池、笠岡市走出2476)の横を通過
https://maps.app.goo.gl/Fbhub3oKui6eMQBSA
六枚田池北端から細道(笠岡市走出 道-517)をさらに北西へ約100m上る
走出と木之子の境付近、鉄塔巡視路の十字路(標高約152m)
https://maps.app.goo.gl/Hj4BAz73kLyYmf5fA
牛供養碑兼道しるべ(地蔵菩薩坐像 + 牛)
正面に「かさをか(笠岡) 亡牛供養万人講 昭和七年(1932年)八月」、
向かって左に「いばら(井原) 施主 塩出◯◯ 塩出◯◯」、
右に「かもがた(鴨方)」、背面に「やくし(薬師)」と刻まれている
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井原市門田町から持宝院(走出薬師)へ至る参道(薬師様道)沿いにある道しるべ
走出の浅香池の西端から西南西へ130m進んだ所にあるY字路
万人講供養碑兼道しるべ(地蔵菩薩坐像 + 牛)
「右 キノコ(木之子) 左 モンデン(門田) 万人講 施主 奥原◯◯◯」
向かって右の道を南西へ上ると、鉄塔巡視路(薬師様道)の十字路に至る。
「北川の史跡・文化財ガイドマップ」を参照
浅香池の北岸にあるY字路
牛供養碑兼道しるべ(地蔵菩薩坐像 + 牛)
「亡牛供養 施主 奥原愛太郎」 「左ハ人家道」
「右ハ藥師(薬師)道 昭和五年(1930年)七月一日」
万人講供養碑兼道しるべ(地蔵菩薩坐像 + 牛)
「◯◯くしみち(薬師道) ◯ さくみち(作道) 万人講 清水鹿吉」
ここから東へ約910m進むと走出薬師(持宝院)前に至る
https://maps.app.goo.gl/WZR7NcVBKSxTCGCS6
鉄塔巡視路の十字路から南西へ約920m進んだ所(太陽光発電施設の横)
牛供養碑兼道しるべ(地蔵菩薩坐像 + 牛)
「東 やくし道 南 岩瀧観音道」「亡牛◯◯ 施主◯◯」「北 木之子村」「西 縣主村」
やくし道は走出薬師(持宝院)への参道。北へ下ると井原市木之子町の円地地区。
南へ下ると門田町と走出の境にある岩滝観音(大谷西国21番 菩提山 穴太寺)に至る。
https://goo.gl/maps/22XSrLC3GXJ2
鉄塔巡視路の十字路から南西へ約1.49km進んだ所(井原市門田町の欅の森の駐車場入口)
牛供養碑兼道しるべ(地蔵菩薩坐像 + 牛?)
「東ハ藥◯(薬師=笠岡市走出の持宝院)」「南ハ玉嶋(倉敷市玉島)」
「北ハ新町(井原市西江原の新町?)」「西ハ福山(広島県福山市)」
大谷西国15番 新那智山 観音寺の十一面観世音菩薩立像の横にある
https://goo.gl/maps/LJqTbbow1GK2
鉄塔巡視路の十字路から南西へ約2.32km進んだ所(大谷山開墾顕彰碑の前)
万人講供養碑兼道しるべa(地蔵菩薩坐像 + 親子牛)
「大正十一年(1922年) 六月九日」「万人講 施主 佐藤武 佐藤恵」
西面「笠岡」/東面「井原 今市 やくし」/南面「走出井立」
牛供養碑兼道しるべb(地蔵菩薩坐像 + 牛)
「西 笠岡 南 鴨方 東 藥師 北 井原 建之 貝畑儀三郎」
https://goo.gl/maps/d5ajBUjuMKy
大谷山開墾顕彰碑の前から南へ310m進んだ所(門田町の男山越池の土手の北端)
万人講供養碑 兼道しるべ(地蔵菩薩坐像 + 牛)
「爲牛亡供養 右(東) やくし(走出薬師=持宝院) 左(北西) じっそう(実相)◯」
「大正十二年(1923年)八月 万人講 施主 藏本◯◯◯」
https://goo.gl/maps/j1euGAhwK6bLv58Q7
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十字路から谷沿いの道(井原市木之子町 道-15)を北北西(福当)へ25m程下る
不法投棄されたバイクがある
https://maps.app.goo.gl/KmHNF5MHNsH4qsdR8
ここから先の道はほぼ消失しているので、GPS端末とスマホの今昔マップを頼りにして、北西へ下る
谷沿いの水の通り道に沿って下る
バイクがある所から北西へ150m程下った所
境界標
国土地理院の地図にはこの辺りから福当へ下る道が記されている
https://maps.app.goo.gl/ExgAq48xb8DrWpPNA
水路沿いに北西へ30m程下る
バイクがある所から北西へ180m程下った所
国土地理院の地図を見ると、この辺りで北へ下るルート(明治30年測図の地図に記されたルート)と
水路沿いに北北西(観音・地蔵堂)へ下るルート(昭和40年改測の地図に記されたルート)に分岐
https://maps.app.goo.gl/hhoiArJ826ZiNFZB7
北へ下るルートは十字路の南75m程の所まで下って来ると、道らしい道に出る
十字路
左右の道は畑へ通じている
https://maps.app.goo.gl/XpdEGoH1RwYH7a4L7
十字路(井原市木之子町 道-815)から北西へ65m下る
丁字路を左折して南西へ50m進むと観音・地蔵堂に至る
https://maps.app.goo.gl/PWQZhyjxj4AUxUZSA
北北西へ下るルートの途中にある保安林の標識
https://maps.app.goo.gl/eyysCz91YVsUZf9N9
標識がある所から水路沿いに北北西(観音・地蔵堂)へ約100m下る
観音・地蔵堂の後ろにある墓地の横を通過
車道に出る
観音・地蔵堂
井原市木之子町の福当地区の南、山際にある
堂内に真新しい聖観世音菩薩立像と地蔵菩薩立像が安置されている
『南無大慈大悲観世音菩薩』『おん あろりきゃ そわか』
『南無地蔵大菩薩』『おん かかかび さんまえい そわか』
https://goo.gl/maps/uw7MAi298gn
ここから北西へ約1km下ると、木之子小学校の北にある五叉路に至る
木之子小学校の北にある五叉路
道しるべ
北面「從是 東 矢掛 北 美山 道」
東面「從是 西 福山 南 金光 道」
西面「岡山市西中山下車町 寄附者 猪原佐太郎」
金光道は走出→新山(山口・新賀)→関戸→尾坂→小坂西
→深田→鴨方→金光→玉島に至る道
https://goo.gl/maps/rDkNp8m47Gt
地蔵堂
村上歯科のとなりにある。後ろは木之子小学校のプールと体育館。
木之子小学校の道しるべの北西110m、旧井笠鉄道木之子駅(現 バス停 東郷)の西90m
https://goo.gl/maps/khcYkB4nMQy
牛供養碑兼道しるべ(地蔵菩薩坐像 + 牛)
「大正六年(1917年) 六月八日 ◯◯◯◯ 右 新山 万人講」
井原笠岡軽便鉄道笠岡-北川-井原間の開業から4年後に建立
大庭の道しるべからここまで約3.3km、旧新山駅からここまで約1里の道程。
旧新山駅→大庭→ききなの峠→武宮神社前→旧薬師駅前→旧井原笠岡軽便鉄道線路跡を通った場合は5.8km。
旧井原笠岡軽便鉄道線路跡を通った場合は旧新山駅から旧木之子駅まで約6.8km。
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どんぐり球場の北の尾根道を北東へ160m程下る
公園管理事務所の端からふれあい広場に出て、であいの道を北東へ進む
ふれあい広場
https://maps.app.goo.gl/75mXyUp4RYc6Fwyw7
であいの道
木々名古墳(跡地)の解説板
https://maps.app.goo.gl/693bQtNdWTMWsEyc8
トイレと自動販売機
向かって右手に遊具施設あり
https://maps.app.goo.gl/inLCeDUwjPknekVw9
展望台
https://goo.gl/maps/79Wp7BsdkA22
展望台の横にある長福寺裏山古墳群への連絡橋を渡る
山口、新賀、関戸、吉田を遥かに見渡す
長迫川から聞名山を望む
令和5年に字 聞名に太陽光発電施設が建設された際、
長らく所在地不明だった池次神社の社地が姿を現した
池次神社の石垣
石燈籠、手水鉢などの石造物は残っていない
瓦の残骸や、社殿の礎石のようなものも発見できず
結構大きな石が使われているので、畑の石垣ではなさそう
石祠? 石クド?
池次神社は山口八幡神社に境内摂社として合祀されている
土倉家居所蔵の山口村古地図(元文2年=1737年)には池次明神と記されている
御祭神は不明
近くに井戸山、井戸池、田、畑があることから、水に関係した御祭神である可能性が高い
青龍神社(井原市西方町)
の御祭神 池築大明神(池築聖大明神)と関係あるかも
https://maps.app.goo.gl/uFf77Tst8AacNnLR8
ききなの峠の全景
ききなの峠の月
ききなの峠の紅葉
夫木集(夫木和歌抄)
いろことに そむるもみちの ききのむら しくれけるとは いまそしらるゝ 隆教(藤原隆教)
色毎に 染むる紅葉の 木々の村 時雨けるとは 今ぞ知らるゝ
御登極記念 小田郡誌(p.128)に、「木々の村は走出と山口の境、
木々の峠より木之子へかけての地名なり。」とある
在田軒道貞(吉岡信元)著作全集(pp.48-49)に
「四十一、木々郷 藻塩に備中といへ共 未勘 走出村にききなの峠有、是かとも云り」とある
ききなの峠の解説
https://goo.gl/maps/5EwDpY2eXBx
遊歩道を上ると
長福寺裏山古墳群
長福寺
の旧庫裏
https://goo.gl/maps/RuQS33CjjsC2
旧庫裡は老朽化により2017年末に解体
長福寺裏山古墳群の遊歩道の脇にある尾根道
https://goo.gl/maps/c1VKW16e6CG2
遊歩道を西へ30m程下る
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