【魚荷道.13】


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書きかけです

(成羽羽山道:総門橋→古町下の丁→新張丁→中渡町→天満町
→西枝→羽山→羽山渓→空)→新張丁




中国自然歩道案内図(羽山渓の自然を訪ねるみち)


総門橋北詰から北へ13m進んだ所にある

中国自然歩道については「高梁川 第三十五号(高梁川流域連盟 pp.142-157)」を参照

近世の成羽・吹屋街道は東枝→羽山の尾根道→空(柴原)→後山→宇治→笹尾→下谷→吹屋のルート

「成羽町史 民俗編(pp.195-200)」を参照


大正九年(1920年)二月二日提出の「郡道路線の認定及管理」と題した文書
(「川上郡史(p.659 昭和2年)」を参照)に「(路線名)成羽吹屋線
 (起点終点)自川上郡役所々在地 達吹屋役場所在地
(重要ナル經過地)宇治村」、同p.660の「郡道路線調査書(其ノ一)」に
「(路線名)成羽吹屋線 (路線延長)四里〇五十五間(約15.809km)」、
同p.661の「郡道路線調査書(其ノ二)」に「(路線名)成羽吹屋線
 (路線延長)四里〇五十五間 (改修)四里〇五十五間(巾九尺)」とある

成羽吹屋線は大正十年三月一日に県道となる(「川上郡史(p.666)」を参照)




県道300号線の交差点から北へ165m進む




丁字路を左折し、高梁市立成羽こども園への道を西へ30m上る







牛馬供養碑群

https://goo.gl/maps/qAjJvaSmgow




三面馬頭観世音菩薩坐像 + 牛?(向かって右)

「牛馬 安全 昭和九年(1934年)五月一日 施主 清迫◯◯」


地蔵菩薩坐像? + 牛(中央)

「牛馬 安全」
台座「明治四十年 旧十二月 施主 仁後◯◯」


三面馬頭観世音菩薩坐像(向かって左)

「牛馬 安全」
台座「発願? 土田◯◯ 明治◯◯◯」




不明の坐像(向かって右)

自然石2個

双体道祖神?(向かって左)






三面馬頭観世音菩薩坐像 + 馬(向かって左端前)

「牛馬 安全 昭和九年五月◯◯ 施主 ◯◯◯◯」




三面馬頭観世音菩薩坐像 + 馬(向かって左端後ろ)

「◯◯◯◯」




五輪石塔の地輪、水輪、火輪、空輪等


県道300号線に戻り、左折して北北西へ395m進む




枝公会堂前の丁字路




穴井手の解説板

帯屋全久さんが古町へ用水を引くため自費を投じて開削

https://maps.app.goo.gl/9nR66sL29KnyALcz6





穴井手は解説板の横にある公会堂の下を通っている




公会堂の下1.5mくらい?





2024年12月時点で上流の井堰周辺の改修工事が行われている




上流の井堰で取水




水路は県道の地下を横断




公会堂の下へと通じ、古町へ農業用水を供給する




穴井手橋

昭和46年(1971年)9月竣工




高欄は昭和初期のRC橋のような低さと色合い




横からみると鉄橋にコンクリート製の高欄をボルトで固定していることがわかる







橋を渡って北北東へ343m進むと東枝地区の御前神社に至る



枝公会堂前の丁字路

中国自然歩道 羽山渓の案内標識あり




穴井手の解説板

帯屋全久さんが古町へ用水を引くため自費を投じて開削

https://maps.app.goo.gl/9nR66sL29KnyALcz6

枝公会堂前から、県道300号線を北北西へ310m進む



高梁市成羽町成羽の西枝地区






自然石地神

「地神 明治◯◯年三月吉日 ◯◯◯ 仁後組 氏子中」

https://maps.app.goo.gl/UADfeUNyoPntnHG59




丁字路を右折して広域農道を北東へ135m進むと、森神社に至る。
森神社前の丁字路を左折して道なりに約1.2km上ると、とと道に合流。




広域農道ととと道の合流点

https://maps.app.goo.gl/NfheCWnV7c8oMtV67





県道300号線を北北西へ125m進む









成羽の化石層(岡山県指定天然記念物)の解説板

https://maps.app.goo.gl/4861x11GK2upAe6o7














天然の井堰のような地形




対岸に渡る事は可能

県道300号線を北北西へ340m進む




枝の不整合の解説板a

県道300号線沿いにある。写真付きの解説なので分かりやすい。

「枝の不整合50m先」の案内標識があるが、ここから枝の不整合までの直線距離は65m。

https://maps.app.goo.gl/fmAqKbEBGiBn5iJT8




解説板の南西35mの所で左折し、東へ下る




左折して北へ40m進む




右折して土手を乗り越える




慎重にとびそを渡り、対岸の道に這い上がる

滑りやすいので要注意




枝の不整合の解説板b







枝の不整合(岡山県指定天然記念物)

字 深迫の島木川東岸にある

三畳紀の砂岩層に白亜紀硯石層の礫石が不整合に覆い被さっているという

https://maps.app.goo.gl/PWn2HPCGYF6bATUJ7




黄色線より下が三畳紀の砂岩層、上が白亜紀硯石層の礫石
















県道に戻り、北西へ90m進む




枝の不整合の解説板c

県道300号線を北西へ25m、西へ300m上る



成羽町羽山

羽山村については「備中誌 川上郡(pp.44-45 明治37年)」を参照




倉庫の後方、電柱の脇




御﨑霊碑

「*(胎蔵界大日如来の種子「ア」) 牛馬御﨑 天道御﨑 地神御﨑
 嘉永三庚戌歳(1850年) 九月日?建立之 當村中(羽山村中)」

羽山の天津神社の境内にも同様の碑がある

大日如来は牛を守護する仏とされ、牛馬供養碑に阿字や「大日如来」の銘や
大日如来坐像が刻まれることがある。

小田郡内、後月郡内では大山智明権現の本地仏である地蔵菩薩の種子や像が刻まれたものが大半を占め、
大日如来系や馬頭観世音菩薩系の牛馬供養碑は少ない。
皇国地誌に記されている明治時代初期の小田郡内各村の牛馬の数を見ても、
馬がいない村が大半を占め、いても数頭しかいない。
万人講が各村にあって、牛を亡くした人のために周旋方が金銭を募り、
新しい牛の購入資金に充てた。牛を亡くした人はその資金の一部を使い、
施主となって道の要所(辻や橋)に供養碑を建て、万人講の銘、紀年銘、施主銘、牛の名前等を刻んで記念した。
また道しるべを兼ねる事で道行く人を助け、多くの人に供養してもらえるようにした。

川上郡内は銅山関連の輸送に多くの馬が使われていたため、
馬頭観世音菩薩系の牛馬供養碑が圧倒的く、地蔵菩薩系、大日如来系のものは僅かである。
また万人講供養碑も少ない。亡くなった牛馬供養するというよりも交通安全祈願の要素が強い。

https://maps.app.goo.gl/CDR3mGTjavRQD4Dd9





島木川沿いに、北へ330m、西へ200m上る




羽山水力発電所の導水管

天龍池から取水。昭和39年(1964年)に竣工。

https://maps.app.goo.gl/zhEojwy8fAJgYMND6

西へ130m上る




明治橋

昭和47年(1972年)3月竣功

https://maps.app.goo.gl/kMLomCfhZhVhkbgv6





島木川

県道300号線を北西へ道なりに415m上る




県道300号線(向かって左)と羽山・空地区へ上る道の分岐

「成羽町史 民俗編(pp.200-201)」に記されている羽山道

https://maps.app.goo.gl/rz2NjLKYFDPhutF58

向かって右の道を北西へ約600m上る







お堂

岩本山不動院?

https://maps.app.goo.gl/3bcao1LzbKSmdtkd8




自然石の燈籠と手水鉢




本尊は不動明王

『のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん』

堂内に木造弘法大師坐像、木造聖観世音菩薩立像等も安置されている

『おん あろりきゃ そわか』
『南無大師遍照金剛』




扁額(向かって右端)

「(弘法大師御影) 本尊不動明王 第七十六番」


四国76番金倉寺 (薬師) <>
 鶏足山 宝幢院 金倉寺 [けいそくざん ほうどういん こんぞうじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「まことにも 神仏僧を ひらくれば 真言加持の 不思議なりけり」


木札(向かって右から2番目)

「淡島権現 院内安全 岩本山 不動院」





北へ100m、左折して南西へ55m上る







石鳥居

「天津神社」
「明治二十◯年◯◯◯◯」「氏子中」




唐獅子(向かって右)

「奉」「大正五年(1916年)三月廿五日 建之 社掌(1人の芳名)」


狛犬(同左)

「*獻」「天津神社大願主 大字羽山元庄屋 寄進者 本倉平太郎長男
正八位勲七等 本倉要一郎 源重孝」

本倉要一郎氏は川上郡の主席書記。歌人でもある。

本倉氏が大正10年(1921年)に作った川上郡物產共進會の歌については
川上郡史(pp.633-636、昭和2年)」を参照




注連柱

「至誠能感神」「寄進者(2人の芳名)」
「景福永錫人」「大正五年(1916年)三月廿六日建之 重孝(=本倉要一郎)謹書」



石燈籠(向かって右)

「獻燈」「明治廿八年(1895年) 八月廿八日 氏子中」


石燈籠(同左)

「獻燈」「明治廿八年 八月廿八日 氏子中」










自然石の燈籠




自然石地神

「地神 嘉永六*秊(年) 癸丑二月日」

嘉永6年=1853年




手水鉢




御鋒霊碑

「*(種子「ア」) 牛馬御鋒 天道御鋒 地神御鋒 * 灵(霊)碑
 明治四十三年(1910年) 庚戌四月吉日 羽山中」

県道300号線沿いの御﨑霊碑建立の60年後に作られた碑

ミサキに御鋒の字をあてる場合と御崎の字をあてる場合がある。
前者は粗末にすると祟るといわれる。




拝殿




天津神社

旧社格は村社。旧称は三体妙見宮。
祭神未確認。天之御中主之神、高皇産霊神、神産巣霊神(造化の三神、別天津神)か?

天津神社奉額句集の奉納額(明治39年=1906年)がある

https://maps.app.goo.gl/6AeHJieANik5Epd76





本殿





産土荒神社

本殿の向かって左に鎮座。死両御﨑社、火御﨑社、天王神社、若宮神社も合祀。




天津神社の西20m(羽山営農生活改善センターの横)





薬師堂

昭和54年(1979年)4月6日改築

https://maps.app.goo.gl/Zpi3STmC7LUb5ywP7




木造薬師如来坐像

『南無薬師瑠璃光如来』『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』




不明の木造像(向かって右)




日光菩薩坐像か月光菩薩坐像(向かって左)





コゴメ石の双体道祖神像(向かって左端)





コゴメ石の地蔵菩薩像(向かって右端)

『南無地蔵大菩薩』『おん かかかび さんまえい そわか』




北西へ70m上る




丁字路を右折して約1.6km上ると、かぐら街道に出る

https://maps.app.goo.gl/PRoSuzuab6GGUjkP6

北へ230m上る(大型車は通行不可)




Y字路を直進し、北西へ約480m上る




ヘアピンカーブを左折して北北西へ進むと、道原のかぐら街道に出る。
道幅が狭いので車では通り抜け不可。

https://maps.app.goo.gl/GbgEPqGVfgjsx3k47








ヘアピンカーブを右折して、道なりに460m上る




羽山の空地区

https://maps.app.goo.gl/2mLPgGMF958ydoCi7

東へ175m上る











Y字路から東へ20m、左折して北西へ110m上る

https://maps.app.goo.gl/GC1htjfjiTqrgC949




右折して東へ15m程上る








小社

祭神未確認

https://maps.app.goo.gl/GVWcAjhgBBCLJvJ26

東へ20m上る













お堂

昭和54年(1979年)11月11日再建

https://maps.app.goo.gl/96x5K3KA52MH1NVHA





地蔵菩薩立像(向かって左端)

「十◯◯」

『南無地蔵大菩薩』『おん かかかび さんまえい そわか』


コゴメ石の双体道祖神像(向かって左から2番目)


コゴメ石の地蔵菩薩像?(同3番目)


コゴメ石の地蔵菩薩像(同4番目)


青面金剛立像(同5番目)

『おん でいば やきしゃ ばんだ ばんだ かかかか そわか』


本尊の木造薬師如来坐像(同6番目)

『南無薬師瑠璃光如来』『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』

不明の菩薩立像(同7番目)


扁額(薬師如来坐像の後ろ)

「(弘法大師御影) 本尊阿弥陀如来 ◯◯◯◯)」

札所番号は判読不可

『南無阿弥陀仏』『おん あみりた ていせい からうん』

西へ10m進む







産土荒神社

https://maps.app.goo.gl/uRSPcq4qJ3eRUbwt6




昭和42年(1967年)に遷座再建




北北東へ800m上る







かぐら街道に出る

Y字路を左折して北西へ185m進むと、後谷へのとと道の入口がある

https://maps.app.goo.gl/asmdjydaFCyux6ij7


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分岐から向かって左の道(県道300号線)を北西へ約1.9km上る




羽山第2隧道の開通は大正8年(1919年)

それ以前は尾根道を通っていた

県道宇治下原線の素掘り隧道群は「おかやまの歴史的土木資産」







羽山第2隧道の北口

https://goo.gl/maps/unF1PtMAVfo







穴小屋

県道を800m上る




県道300号線 羽山第1隧道の南口付近

https://goo.gl/maps/tZmUxUnXX3F2



















トンネル内は狭い上にまともな照明が無いので
ライトをつけずに自転車で通過するのは危険



トンネルの出口に公衆トイレあり







天龍橋(鉄橋)

羽山第1隧道の北口にある。市道長地羽根線。1981年に竣工。
橋の北40mの所に天龍池の堤体がある。

https://goo.gl/maps/66U72Z2F98Q2




羽山渓道端休憩地

天龍橋北詰(成羽町羽根)にある




中国自然歩道案内




カルスト地形の解説板




地蔵菩薩立像

「交通安全 水難防土 守護」
台座「昭和四十四年(1969年)四月吉日 施主 ◯◯◯◯」

『南無地蔵大菩薩』








旧天龍橋(鉄橋)

昭和31年(1956年)に竣工










天龍池




羽山溪周辺は崩土によって通行止めになることが多い










人の横顔に見える

天龍橋から北へ約800m上ると、かぐら街道に出る


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総門橋北詰の中国自然歩道案内図の前の交差点から東へ42m進む




神社

祭神未確認

https://maps.app.goo.gl/RNk1eZHfwA66skjc9

東へ10m進む




下市橋の西詰の丁字路を左折





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