【魚荷道.15】
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書きかけです
(島木川大橋→県道300号線→養福寺→丸山→元仲田邸)→後谷→石田
→(本郷)→
高梁市宇治町宇治
「
優良町村便覧
訂5版(上野他七郎 編、大正14年、pp.267-272)」の岡山縣川上郡宇治村の頁、
「
官報
1909年01月04日(pp.8-10)」を参照
「
岡山縣川上郡宇治村治績(明治44年
荘直温 編 pp.113-114)」に
「成羽吹屋両町間縣道改修の件 吹屋町は現今三菱鑛業部の經營せる吹屋鑛山の在る所にして
開鑛以來旣に一千餘年、銅の産地として顯はるヽ所、近來又「ベンガラ」の産出も著しく增加せりといふ。
而かも、此等の産物は、概ね本村内を通過して成羽町方面へ輸送せらるヽものなれとも、
從來この道路たるや、縣道三等道路といふも只名のみにて、峻坂相連なり車を通し易からず。
漸く人肩馬背に依りてこれを搬出し、村外より搬入する貨物及び、同鑛山用の「コークス」石炭等の如きも、
亦此の如きしにて運搬せられ居りしなり。左れは村當局に於ても、疾くに改修を認め、
関係ある両町に向つて商議を重ぬると雖も短距離の間比較的多額なる費用を要するを以て、
その議容易に纏まらす。明治十五六年の交より會同商議する事殆んと數十回。
遂に十七年(※1884年)に至りて熟議を見るに及ひ、二箇年の繼続工事としてその完成を告け、
漸く車道を開通するを得たり。これに要したる費用は総計六千六百餘圓にして、
半額を縣の補助に仰ぎ、殘りの半額は関係町村の負担となし、
本村の負担額は村内を勸誘督勵して寄附金又は夫役を出さしめ、
公費を失ふことなくして、大に交通の便を增すことを得たり。」とある
※車道と言っても、自動車道ではなく、人や馬や牛に引かせる荷車が通れる道
彩りの里山七福神巡り(高梁市宇治町内の曹洞宗7ヶ寺を巡る)
延命寺/向月寺/蓮華寺/養福寺/蓮福寺/如意輪寺/雲泉寺

かぐら街道と県道300号線の交差点
標高約320m。島木川大橋の東詰。
https://maps.app.goo.gl/DDUMNMt1nENXmBcQ7

高梁市中央高原
旅の玉手箱 みちしるべ
島木川大橋
平成5年(1993年)3月竣工。高欄の親柱に神楽面(猿田彦命、大国主命)付き。
宇治町内の橋には「島木川クラブ 宇治地域まちづくり推進委員会」によって
小学生作の川柳が掲示されている。
県道300号線を南へ1.7km下ると羽山渓。総門橋まで7.4km。

交差点を右折して岡山県道300号宇治下原線を北へ約1.3km進む
県道300号線の丁字路(養福寺の看板あり)を右折
https://maps.app.goo.gl/FrCSEJSahPsmwjhZ8

北東へ100m上る

丁字路を右折

彩りの里山七福神巡りの4番札所(寿老人)の案内板
東へ210m上る
駐車場
左折して北西へ105m上る
曹洞宗 養福寺
本尊は阿弥陀如来。脇仏は観世音菩薩と勢至菩薩。
開山は延命寺の久室舜長大和尚。
『南無阿弥陀仏』
https://maps.app.goo.gl/2zx12kPhUvTPDsH26
彩りの里山七福神巡りの4番札所(寿老人)
『おん ばざら ゆせい そわか』
県道300号線に戻り、丁字路を左折して南南西へ135m進む
県道300号線のY字路を右折し、西へ40m下る
https://maps.app.goo.gl/U9Ssw7e6hbkfWKke8

島木川に架かる丸山3の橋
市道大車線
橋の西詰に「島木川クラブ 宇治地域まちづくり推進委員会」によって
小学生作の川柳が掲示されている
https://maps.app.goo.gl/rAgJzGKbxd3vc5XD6
橋の向かって左手(南)125mの所に丸山城跡がある。
橋の西側は高梁市宇治町穴田(明治14年の塩田村との合併以前は旧丸山村、以降は旧穴田村)。
東側は旧宇治村。
丸山城の解説板
「古戰塲
備中府志(元文二年=1737年刊)」の丸山城 丸山村の頁を参照
https://maps.app.goo.gl/4MNAePw6Btp3AxfHA西へ95m、北西へ125m進む
Y字路を左折し、南へ35m進む
丁字路を右折し、参道を西へ50m上る
牛馬供養碑(三面馬頭観世音菩薩坐像 + 馬 + 牛)
「牛馬安全」
『おん あみりとう どはんば うんぱった そわか』
六地蔵尊
『南無地蔵大菩薩』『おん かかかび さんまえい そわか』
彩りの里山七福神巡りの5番札所(大黒天)の案内板
石段を上って左手に摩尼車あり

曹洞宗 光明山蓮福寺(蓮福禅寺)
本尊は釈迦如来
『南無釈迦牟尼佛』
寺号額は永平寺第77世貫首(曹洞宗管長)丹羽廉芳禅師(1905-1993年)の揮毫
https://maps.app.goo.gl/TLtwmVzttxsXwaa88

彩りの里山七福神巡りの5番札所(大黒天)
『おん まか きゃらや そわか』
阿弥陀如来三尊像
『南無阿弥陀佛』
参道を下り、丁字路に戻る

北へ160m進む

県道435号線
石段を西へ上る

稲荷神社跡?
岡山大学池田文庫絵図公開データベースシステムの川上郡丸山村絵図(慶応4年)を参照
2025年7月16日追記
宇治國民學校跡地
石碑
「(十六八重表菊花紋)」
「岡山縣川上郡宇治村
共同輯睦相率キテ◯◯公共ノ事ニ竭(つく)シ整理經營共ニ見ルヘキモノ少カラス
今後尚一層ノ奮勵ヲ以テ互ニ相勠力シ益其ノ實績ヲ擧クヘシ
茲ニ金八百*圓ヲ授與ス
明治四十三年(1910年)十月二十五日
内務大臣正三位勲一等法學博士男爵平田東助」
「宇治村建之 村長勲七等萩原◯◯◯ 助役 勲八等西林◯◯◯」
輯睦(しゅうぼく):むつみあう。やわらぎ仲よくする。
内務省に優良村として表彰されたことを記念して建てられた
当時の岡山縣川上郡宇治村については「
官報
1909年01月04日(p.8-10)」、
「
岡山県川上郡宇治村治績(荘直温
編、明治44年、pp.224-225)」を参照
2016年に宇治地域まちづくり推進委員会は「過疎化地域自立活性化」優良事例として
総務大臣賞を受賞している。
戦捷記念碑
「明治三十七八年*𭛣(役)戦捷記念」
明治四十一年(1908年)四月に建立。
背面に宇治村の日露戦争従軍者の芳名が刻まれている。
慰霊塔
「慰*靈塔 法務大臣 犬飼健 敬書」
県道435号線を北へ105m、北東へ80m進む

記念碑
昭和四十二年度農業構造改善事業ほ場整備の記念碑
https://maps.app.goo.gl/1pkNNkwodVYEZ19R6記念碑があるY字路を左折

西へ70m進み、丁字路を右折

北へ50m上る

牛馬供養碑(三面馬頭観世音菩薩坐像 + 馬 + 牛)
「牛馬 安全」
台座「大正十◯年 十一◯日 森田◯◯」
https://maps.app.goo.gl/R2YTmrZp3Q93pi9Z7牛馬供養碑がある丁字路を左折し、西へ80m上る
曹洞宗 無量寿山蓮華寺
本尊は阿弥陀如来
『南無阿弥陀仏』
https://maps.app.goo.gl/W8jZo5gr3d8YsgfP7
扁額
「*(弘法大師御影)
◯◯ ◯◯◯◯ 第七拾番」
四国70番本山寺 (馬頭観世音) <>
七宝山 持宝院 本山寺 [しっぽうざん じほういん
もとやまじ]
『おん あみりとう どはんば うんぱった そわか』
「本山に 誰か植えける 花なれや 春こそ手折れ たむけにぞなる」

彩りの里山七福神巡りの3番札所(布袋)の案内板

石燈籠
「七福神献燈 布袋和尚」
「財法二施 功德無量 檀波羅蜜 具足圓満」
「平成十八年(2006年)正月吉日 功*德主 藤本◯◯◯」
彩りの彩りの里山七福神巡りの3番札所(布袋尊)
『おん まい たれいや そわか』

高梁市指定重要文化財 蓮華寺五輪塔
蓮華寺の境内の西端にある。指定されているのは中央の大形の五輪塔2基。
鎌倉末期、室町時代のもので、赤木氏ゆかりの者の墓であるという。
向かって右の石標には「平成六年三月重要文化財指定 滝谷城主
赤木家初代 赤木太郎忠長」とある。
向かって左の大形の五輪塔の火輪には四面に梵字が刻まれている
hhttps://maps.app.goo.gl/cJa7y3b7AV1xReBV7

向かって左端の五輪塔の地輪には四面に梵字が刻まれている
記念碑があるY字路に戻り、左折して西へ215m進み、県道300号線との交差点を左折
----------------------------------------------------------------------------------
岡山県道300号宇治下原線を北へ進む
元仲田邸前の丁字路
元仲田邸前はヒルクライムチャレンジシリーズ高梁吹屋ふるさと村大会のコース

ショートコース(10km)は県道85号線から左折して県道300号線を南へ395m進み、
宇治地域市民センター前の十字路がゴールとなっている

ショートコースは親子でエントリーしている人が多い
夢街道の石碑
「夢街道 ルネサンス ~中国路 歩いて・感じて・伝えたい~」
「平成18年(※2006年)度認定 吹屋往来 とと道」
「夢街道ルネサンス推進会議 寄贈(社)中国建設弘済会」
県道の丁字路の西、備中宇治彩りの山里の案内地図の前にある
吹屋往来
とと道と刻まれている
この辺りの標高は340m
https://goo.gl/maps/7UMJgszLeE22
備北バス停留所(元仲田邸前)
中国自然歩道「羽山渓の自然を楽しむみち」の終点、
「吹屋ふるさと村と彩りの山里宇治を結ぶみち」の起点になっている。
中国自然歩道は県道85号線沿いに宇治町本郷を北へ進み、途中で左折して西へ向かう。
先頭集団
追い越し禁止区間なので流しながら通過中
レースを終えて
地元の方の温かい声援に自然と笑みがこぼれる
2011年にスタートしたヒルクライムチャレンジリーズ高梁吹屋ふるさと村大会も
2018年は平成30年7月豪雨の影響で中止。2020年、2021年はコロナ禍のため中止。
そして2022年の第10回大会を以て幕を閉じた。
2023年からは新たにヒルクライムチャレンジ グランフォンド高梁がスタート。
2023年はショート(25km)、ミドル(47.9km)、ロング(92.0km)の3コース。
2024年はショート(27.1km)、ミドル(49.3km)、ロング(104.1km)の3コース。
吹屋ふるさと村や仲田邸前を通過するのはロングコースのみ。
追記:2025年5月14日にヒルクライムチャレンジイベントの開催休止が発表された
岡山県サイクリング推奨ルート 奥吉備やまびこルート(83km)
元仲田邸前の駐車場
自動販売機あり
元仲田邸くらやしき
https://goo.gl/maps/4AjSPEQnFxq
宇治公共トイレ
元仲田邸前から県道85号線を東へ910m進む
**********************************************************************************
御葉峠(五葉峠)
岡山県道85号高梁坂本線と岡山県道302号宇治鉄砲町線の交差点
バス停の名前は御葉峠だが、交差点にある宇治町交通安全教会の案内板には五葉峠と記されている
一つの峠に二通りの漢字表記がある例としては笠岡市山口と走出の境に位置する「ききなの峠」がある。
ききな山の山口側は字 聞名、走出側は字 木々名。
https://maps.app.goo.gl/eJxbXyNeLihxa44R7
鳥獣供養塔
「鳥獣供養塔 1981年建之 宇治猟友会」
牛供養碑(向かって右)
三面馬頭観世音菩薩坐像の足元に臥牛
『おん あみりとう どはんば うんぱった そわか』
十一面千手観世音菩薩坐像?(同左)
台座「奉納 宇治村 妹尾◯◯◯ 萬歳村 戸村◯◯◯」
『おん ばざら
たらま きりく』
三面馬頭観世音菩薩坐像
「大正六年(1917年)◯◯ 信◯◯◯」
牛馬供養碑かもしれない

県道85号線を南へ160m下る
本山荒神社
https://maps.app.goo.gl/hTV2z7QEukHEbsfc6
大日如来堂
大日如来坐像(中央)
『おん あびらうんけん ばざら だどばん』
不動明王立像(向かって右)
『のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや
うんたらた かんまん』
十一面観世音菩薩立像(同左)
『おん まか きゃろにきゃ そわか』
なぜか73番札所なのに本尊が十一面観世音菩薩。
70番代で本尊が十一面観世音菩薩なのは79番天皇寺。番号の書き間違い?
四国73番出釈迦寺 (釈迦) <>
我拝師山 求聞持院 出釈迦寺 [がはいしざん ぐもんじいん しゅっしゃかじ]
『のうまく
さんまんだ ぼだなん ばく』
「迷いぬる 六道衆生 救わんと 尊き山に 出ずる釈迦寺」
県道を西へ50m進む

とと道と交差
https://maps.app.goo.gl/SvEWnn8Aa1GrCbrR8
県道85号線を西へ590m下る

若松神社参道口
向かって左はcafe 麦(毎週月曜日営業)
注連柱
「天壌」「無窮」
「昭和御大典記念」「大阪 竹澤◯◯◯」
昭和の御大典(昭和天皇の即位の礼)は昭和3年(1928年)11月10日
https://maps.app.goo.gl/VzLurmYxYa5mAQ1S9
参道を北北東へ約250m上る
170mで標高差50mを上る急坂があるので、トレッキングシューズを履き、
下りで転倒しないようにトレッキングポールを持っていったほうがよい。
足が悪い方や体力の無い方は、
北から上る車参道を使った方が良い。

参道口から北北西へ65m上って右折

東へ35m上る
左折して北へ70m上る

北東へ75m進む

石燈籠a(向かって右)
「奉獻」「万延元歳(1860年) 庚申*𫝀(五)月吉日」「願主 仲田◯◯◯◯◯」
石燈籠b(同左)
「奉獻」「万延元歳 庚申*𫝀(五)月吉日」「願主 仲田◯◯◯◯◯」
石鳥居
「若松神社」
「昭和十一年(1936年)九月吉日建之」「奉寄進 入江◯◯」
幟旗立てa(向かって右)
「大嘗祭記念」
幟旗立てb(同左)
「御大典記念」「平成二年(1990年)十一月吉日」
随神門
拝殿
石燈籠c(向かって右)
「奉竒進」「小池◯◯◯」「文政九丙戌歳(1826年) 」
手水鉢
「奉奇進 寛延四(1751年)未 十月吉日 遠原◯◯」

家紋が刻まれている(丸に違い鷹羽、丸に輪違い、丸に五三桐、不明)。
石燈籠d(同左)
「奉寄進」「仲田◯◯◯◯◯ 妻」「蔓延元庚申歳(1860年) 」
自然石の燈籠
「明治十九年(1886年)戌 旧六月吉日 石田 仲田◯◯」
若松神社
旧社格は村社。通称は天王様。旧称は若松天王宮。
https://maps.app.goo.gl/sXR2PbW8oAkyU2p69
大正3年に稲荷神社、天神社、諏訪神社、愛宕神社を合祀。
大正5年に日吉神社を合祀。
愛宕神社の旧社地は笹尾東に、諏訪神社の旧社地は延命寺へ上る旧吹屋往来の途中にある。
石標
「↔ 吹屋往来」「→諏訪神社古地」
https://maps.app.goo.gl/27RkBLvFa3fQijvU9
奉納絵馬
本殿
車参道
参道を下って県道85号線に戻り、右折して西へ50m進む

十字路を右折して北西へ140m進む
https://maps.app.goo.gl/TYfkcu9MnhGyiB8e7
自然石の燈籠
「奉獻 吉備津大明神 金毘羅大權現 若枩天王宮(=若松神社) 常夜燈」
「天保十五年(1844年)甲辰六月吉日 願主
仲田◯◯◯◯◯ 仲田◯◯◯◯◯」
元仲田邸の後ろ(北)にある
https://goo.gl/maps/ZtPMXQ9iZpM2東へ30m戻る
庚申堂
https://goo.gl/maps/nCVCPDtNebR2
棟札a(上)
「奉請大日如来庚申堂一宇 ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ 主 ◯◯安全 ◯◯長久 攸
天下泰平 五穀成就
大願主
仲田◯◯ 養福◯◯代」
棟札b(下)
「大日如来◯◯◯ ◯◯繁榮 ◯◯◯◯ 攸
皇◯◯◯ 武運長久
大願主 仲田◯◯ 養福◯◯代」
青面金剛立像(向かって左)
『おん でいば やきしゃ ばんだ ばんだ かかかか そわか』
地蔵菩薩立像?(同右)

お題目塔
「南無妙法蓮華経 妙見大菩薩 最上位經大菩薩 日蓮大菩薩 清正大神儀」
「明治三十二年(1899年)*𫝀(五)月健(ママ) ◯江◯◯」
小社
祭神未確認
とと道はお堂の脇の道を北へ465m進む

道幅が狭いので大型車は通行不可
徒歩でないと先のとと道は進めず、駐車する所も無いので引き返すことになる

高梁市宇治町宇治の石田地区
お堂の後方の見えている山の頂上(標高約477m)に白毛ヶ城跡が、麓には石田の五輪塔群がある
石田の辻堂(大仙堂)
https://maps.app.goo.gl/kdohuQWz4xrA9Lxn6
棟札
「奉修大仙堂宇上棟◯専祈攸 部類券屬(ママ 部類眷屬) 皆来守護
願主 仲田◯◯◯ 發起 西江◯◯◯」

トタン茅葺屋根
中央に大山智明大権現坐像(本地は地蔵菩薩)
「大山智明大権現 大正十*年(1921年)二月吉日」
向かって左の石には菩薩像?が線刻されている
「厄除◯◯」
向かって右の石には弘法大師坐像が線刻され、「弘法 大師」と刻まれている
『南無大師遍照金剛』
自然石地神
「地神」

お堂の前から東へ55m上る

十字路を右折して東へ40m上る
天神社?
岡山大学池田文庫絵図公開データベースシステムの川上郡宇治村絵図(慶応4年)を参照
https://maps.app.goo.gl/GcWgQbs492uUxzk48お堂の前から北西へ190m進む
石田の五輪塔群へ行くには、ここから右折して北北東へ22m進み、民家の前で右折
https://maps.app.goo.gl/M3rRpS36z3G5LPpQ9

墓地への参道を東北東へ80m進む

石標
「高梁観光百選 石田五輪塔」「高梁市指定重要文化財」

解説板によって墓碑銘の記述が異なっている
石田の五輪塔群(市指定文化財)
4号塔の地輪に「太郎入道道性」「応安第四(1371年)五月二十四日死去」の銘があるらしい。
地中に埋まっているので確認はできない。
https://maps.app.goo.gl/2s5B4aJTmXW5B31X8

大形五輪塔a(向かって左端)
南面、上から順に空輪風輪に「*(キャク)*(カク)」、火輪に「*(ラ)」、
水輪に「*(バク)」、地輪に「*(アー?)」の梵字を刻む。
南方修行門の梵字の並びは「キャー・カー・ラー・バー・アー」
空輪風輪は180度、火輪は左へ90度、水輪は180度ズレている。
別の場所にあったものを当地へ移した際に、誤って積んだものと思われる。
西面、上から順に空輪風輪に「*(キャ)*(カ)」、火輪に「*(ラー)」、
水輪に「*(バ)」、地輪に「*(未確認)」の梵字を刻む。
西方菩提門の梵字の並びは「ケン・カン・ラン・バン・アン」
北面、上から順に空輪風輪に「*(キャー)*(カー)」、火輪に「*(ラン)」、
水輪に「*(バー)」、地輪に「*(未確認)」の梵字を刻む。
北方涅槃門の梵字の並びは「キャク・カク・ラク・バク・アク」

東面、上から順に空輪風輪に「*(ケン)*(カン)」、火輪に「*(ラク)」、
水輪に「*(バン)」、地輪に「*(未確認)」の梵字を刻む。
東方 発心門の梵字の並びは「キャ・カ・ラ・バ・ア」
蓮華寺五輪塔(高さ162cm、153cm)
hhttps://maps.app.goo.gl/cJa7y3b7AV1xReBV7

大形五輪塔b
梵字は判読困難

大形五輪石塔c
地輪に「*(アー)」の梵字を刻む
毘沙門観音堂
https://maps.app.goo.gl/5S634ojQESptJbwC8
仏像は無い
寄附者芳名録に「毘沙門 観音 堂改築寄附者」、棟札に「奉修正觀世音◯◯ 毘沙門◯◯」とある
『南無毘沙門天王』『おん べいしらまんだや そわか』
『南無大慈大悲観世音菩薩』『おん あろりきゃ そわか』
向月寺付近から北方の白毛ヶ城跡を望む
森脇山の城ともいう。城主は宇治左衛門尉(滝谷城主 赤木忠國の女婿)。
「古戰塲
備中府志(元文二年=1737年刊)」のしらけか城 宇治村の頁を参照
島木川のとびその東260mの所に白毛ヶ城跡が、西約535mの所に滝谷城跡がある
https://maps.app.goo.gl/9GJdEsZFeuGawbkM7
ここから先のとと道は徒歩限定
付近に駐車スペースは無い
車は左折して南へ進むと、元来た道に戻れる
https://maps.app.goo.gl/Q1jK6EgUsJvntxDZ9
----------------------------------------------------------------------------------
徒歩で進む場合
用水路に沿って細道(高梁市宇治町宇治 道-40、道-42、道-39、道-38、道-36)を通る事になるが、
かなり歩きづらい。自転車を押して通るのはかなり難しい。
用水路に蓋をしないと安全に通ることは難しいと思われる。
https://labs.mapple.com/mapplexml.html#18.23/34.836274/133.489594
(MAPPLE法務局地図ビューア)
道とは思えないような所もある
道(道-42、道-39)は水路の向かって右の山際を通っている
この辺りから道(道-38)は水路の向かって左を通っている
用水路が破損していて通りにくい所は迂回路が設けられている
迂回路を下りるほうが危険なような

滝谷城跡を望む
島木川のとびそ(東詰)
片側をチェーンで固定して流れ橋にしてある
流れ橋といえば、小田川の野宮橋(矢掛町江良)や北畑橋(矢掛町小田の寺迫↔笠岡市甲弩の北畑)が
平成30年7月豪雨で橋脚が破損した後、修復されること無く全面撤去されてしまった事を
思い出さずにはいられない。長らく地域住民の努力によって流される度に修復され、
生活道として一定の役割を果たし続け、愛されてきた流れ橋が、
一度の災害で廃止されてしまうのは悲しむべきことである。
北へ250m進む

牛舎の前を通過
小社
祭神未確認
聖観世音菩薩立像?
『南無大慈大悲観世音菩薩』
つきあたりの丁字路を右折して笹尾橋(1951年竣工)を渡る
笹尾橋は県道85号線にもある。旧笹尾橋は昭和10年(1935年)7月竣功。
新しい笹尾橋は平成5年(1993年)3月竣工。旧笹尾橋の親柱だけが残されている。
向かって左は県道85号線。県道を北へ75m進むと牛馬供養碑群が、
さらに215m進むと自然石地神が、さらに335m進むと笹尾橋がある。
https://maps.app.goo.gl/MpGHG3juwYwL1aUX9
左折するとバス停(笹尾市場)前
橋の高欄に小学生作の俳句が掲示されている

北西へ75m、北へ290m上る
ここから先は駐車できる場所がないので、徒歩か自転車で進む

直進すると
新見市法曽に至る(※現在も通行可能かは未確認)
https://maps.app.goo.gl/8GawQty1PSwrkNYF9左折して橋(笹尾東1の橋)を渡る

橋の高欄に小学生作の川柳が掲示されている
北西へ65m、北東へ55m上る

笹尾城跡の登り口(高梁市宇治町宇治
道-25)
----------------------------------------------------------------------------------
車で県道85号線を進む場合

元仲田邸前の丁字路に戻り、右折して西へ65m進む
小池百貨店
西へ15m進む
瀬戸橋(市道石田西線)
瀬戸橋(県道85号線)
https://maps.app.goo.gl/Z6SgY3cKEPyfYN5v5----------------------------------------------------------------------------------
高梁市宇治町本郷
瀬戸橋(市道石田西線)を渡って西へ10m進み、変則十字路を右折
直進してつきあたりの丁字路を左折すると清實八幡神社がある
----------------------------------------------------------------------------------
注連柱
「敬神」「還暦記念 *獻主 廣兼◯◯」
「以誠」「維時大正九庚申年(1920年)十一月大祭日」
木造の鳥居
「大元清實社」
自然石の燈籠
「八幡 金毘羅 献燈 本郷中」「文政三(1820年)庚辰九月吉日」
随神門
石段の親柱a(向かって右)
「奉寄進」
石段の親柱b(同左)
「満州◯山 佐藤◯◯」「昭和十六年(1941年)十二月建◯」

唐獅子(向かって右)
「奉」「奉寄進 赤木◯◯ 森田 ◯ *旹(時)◯昭和十五年(1940年)八月 京都 石信刻」
狛犬(同左)
「*獻」「皇紀二千六百年記念」
手水鉢a(向かって右)
「明和三年(1766年)戌八月 施主 矢◯◯◯ 同 ◯◯◯◯」
手水鉢b(同左)
石燈籠a(向かって右)
「奉」「(寄進者芳名)昭和五十六年(1981年)四月廿九日」
石燈籠b(同左)
「献」「昭和五十六年神社庁表彰記念 (寄進者芳名)」
清實八幡神社
旧社格は村社(中野村)
https://maps.app.goo.gl/eMhXKpu42svHbqiS9
奉納絵馬
本殿
祖霊社
本殿の向かって左に鎮座
南を望む
若宮八幡神社(穴田村の村社)まで1.03km
南東を望む
大氏八幡神社(宇治村の村社)まで730m
東を望む
若松神社(飯部村の村社)まで530m
明治22年に旧穴田村、旧中野村、旧宇治村、旧飯部村が合併して宇治村となる
北東を望む
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県道85号線を北北東へ105m進んで左折

法界塔
「地上 法界」
三界万霊 有縁無縁 乃至法界 平等利益
https://maps.app.goo.gl/QgMxEPS8YEZDk66d9県道を北へ80m進む

自然石地神
「地神」
「安政三丙辰年(1856年) 四月吉日 中野邑 中組」
https://maps.app.goo.gl/cxPACnJt9f7bf1sV8県道を北へ100m進む

彩りの里山七福神巡りの2番札所(福禄寿)の案内板
由緒に十一面観音を安置とある

お堂
htthttps://maps.app.goo.gl/CaVkR8L4Pe1im5KQ6
木造道元禅師坐像?(中央)
不明の坐像(向かって右)
不明の石像(同左)
参道を西北西へ70m上る
曹洞宗 照谷山向月寺
『南無釈迦牟尼仏』
十一面観世音菩薩『おん まか きゃろにきゃ そわか』
https://maps.app.goo.gl/R6jK7icEYb7MCViu5
半鐘
「昭和五十九年(1984年)一月吉日 向月寺位牌堂 建立記念」
福禄寿像
彩りの里山七福神巡りの2番札所
『おん まかしりやえい そわか』
小社a
祭神未確認
手水鉢
「浄水」
小社b
祭神未確認
県道に戻り、北北西へ330m進む

本郷遺跡
https://maps.app.goo.gl/aNv6f7XCBV339TeY9

県道を北へ100m進む
中国自然歩道の案内板

御茶所
備中宇治茶 広金製茶の御茶所。営業休止中?
北へ90m進む
車組の人がとびそを体験する場合(又、石田の五輪塔の所へ行く場合)は、
御茶所から北へ120m進んだ所にあるY字路を右折し、北東へ100m進む
https://maps.app.goo.gl/5uXGCjr8yGEgLTGT9
島木川のとびそ(西詰)
https://maps.app.goo.gl/HouNA7wUttmdBmW68

Y字路に戻り、県道を横断して右折し、西へ100m程上る
広兼邸・吹屋ふるさと村への道(市道笹尾西1号線、市道滝谷線)
中国自然歩道「吹屋ふるさと村と彩りの山里宇治を結ぶみち」になっている。
西へ1.52km上り、十字路を右折して北へ210m上ると広兼邸。
さらに北へ進むと、笹畝坑道、ベンガラ館、吹屋ふるさと村の旧吹屋小学校を経て山神社へ至る。
法面崩壊の危険性があるので全面通行止めになっている(2024年7月から)。

広葉樹林
Y字路から細道を西へ30m程下る
中国自然歩道の解説板
とびそ(渡渉地点)を北へ渡る
長田川
左折して西へ80m上る
砂防堤
https://maps.app.goo.gl/6drUFAdLrJ6aWXmX9

砂防堤の下におりる

先行者の方の情報によると、砂防堤の東詰を右折し、
長田川沿いに西北西へ350m程上ると
山上滝に至るらしいが、
草が茂っているため道が分からない状態。
中国自然歩道から見た砂防堤の滝
渡渉地点に戻る
滝谷城跡へ上がる道?
滝谷城の主郭跡(標高480m)は北へ80m程直登し、左折して西北西へ330m程登った辺りにある
城主は赤木太郎平忠長
「古戰塲 備中府志(元文二年=1737年刊)」の瀧谷城
中野村の頁を参照
https://maps.app.goo.gl/WmRvz1ukDnzRD43d6県道85号線に戻る
白毛ヶ城跡を望む
左折して、県道を北へ進む

御茶所から県道を北へ500m進んだ所んだ所

五輪石塔の一部?

井堰の横

牛馬供養碑群
https://maps.app.goo.gl/MGN457K1ASMswNDAA

不明の立像(向かって右端)
「◯◯◯年 ◯◯」

大日如来坐像(向かって右から2番目)
「大日 小里川 中野村中 文政十年(1827年) 亥六月吉日」
『おん あびらうんけん ばざら だどばん』

牛馬供養碑(三面馬頭観世音菩薩坐像 + 馬 + 牛)
「牛馬安全 施主 ◯◯◯◯」
台座「*世話人 (9人の芳名)」
『おん あみりとう どはんば うんぱった そわか』

牛供養碑(三面馬頭観世音菩薩坐像 + 臥牛2頭)
県道を北西へ215m進む

自然石地神
「地神 大正十年(1921年)三月吉日 氏子中」
https://maps.app.goo.gl/aYrQ4h29x8AL3bfE6
手水鉢
「文化四(1807年)卯? 奉◯」
県道を北へ335m進む

旧笹尾橋の高欄の親柱
「笹尾橋」「*𫞃和(昭和)十年(1935年)七月竣功」
笹尾橋(県道)
平成5年(1993年)3月竣工(島木川大橋と同じ年月)。
高欄に小学生作の川柳が掲示されている。
笹尾橋を北へ渡ってすぐの丁字路を右折して東へ50m、右折して南東へ80m、
南へ140m、左折して東へ70m進むと、笹尾城跡の登り口に至る
https://maps.app.goo.gl/oSFnigWoxn5iJ3hZA
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