【南備四国八十八ヶ所霊場 画像集35(56-57)】




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十字路を右折し北北西へ58m上る

https://goo.gl/maps/YjQFmfkenLN2




福永公会堂

https://goo.gl/maps/dTrXW57t6nD2

北へ85m上る









福永の薬師堂(西)

「民俗資料選集39 (pp.125-126)」を参照

https://goo.gl/maps/nbw8wXCUP4D2







堂内に仏像なし

『南無薬師瑠璃光如来』『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』




六字名号碑

「南無阿彌陀佛」「奉納西國三拾三ヶ所」「奉納四國八拾八ヶ所」
「施主 中嶋田?右衛門 文化拾一年(1814年) 戌四月吉日」





弘法大師坐像/観世音菩薩坐像

『南無大師遍照金剛』『南無大慈大悲観世音菩薩』




地蔵菩薩坐像2躰

『南無地蔵大菩薩』『おん かかかび さんまえい そわか』

薬師堂前から北へ65m上る




北西へ57m上る




加賀池

https://goo.gl/maps/YnXXPaWa2d32

加賀池北岸の道を北西へ200m進む




池の西端にある丁字路を右折




北へ45m進む




橋を渡って遙照山登山道を西へ45m進む

https://goo.gl/maps/XfzDv3MxCF82




つきあたりを右折して北へ43m進む







鬼の手形岩

https://goo.gl/maps/HPycVJ5FVxA2









鬼の手形




加賀池の西端にある丁字路まで戻る




加賀池西岸の細道を南東へ180m進む






土手の上に駐車場あり




城山(標高199.7m)

加賀池の北780mの所にある。山頂に加賀山城趾あり。

浅口郡誌(p.422 大正14年)」に「二六、加賀山城趾 第三四三節
占見加賀谷より遙照山登攀道の東側に峙立せり。山上は平坦地なれど、
大部は崩壊して當年の俤なし。里民の説に猿掛城の出城なりと云ひ傳ふ。」とある

https://goo.gl/maps/Ggq2TTBPbGT2





土手の下の丁字路を右折し、車道を川沿いに南へ146m下る

https://goo.gl/maps/s7YQ2gTcuLA2










丁字路を右折し、細道を西へ50m進む

https://goo.gl/maps/hM8V4ZGsM792









大師堂?

https://goo.gl/maps/Fajma8czSTt





虚空蔵菩薩坐像(中央)

「二十一番」

四国21番太龍寺 (虚空蔵) <>
 舎心山 常住院 太龍寺 [しゃしんざん じょうじゅういん たいりゅうじ]
 『のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん ありきゃ まりぼり そわか』
 「太龍の 常に住むぞや げに岩屋 捨心聞持(しゃしんもんじ)は 守護のためなり」




弘法大師坐像(向かって右)

「四十五番」

不動明王坐像(同左)

「四十五番」

四国45番岩屋寺 (不動/大師) <>
 海岸山 岩屋寺 [かいがんざん いわやじ]
 『のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや
 うんたらた かんまん』
 「大聖の 祈る力の げに岩屋 石のなかにも 極楽ぞある」




車道を西へ133m進む




十字路を右折

https://goo.gl/maps/czqi7NC2oRo




細道を北北西へ50m進む




丁字路を右折し、細道を北へ46m上る




石鳥居

「荒神社 貴船神社」




手水鉢





貴船神社・荒神社

https://goo.gl/maps/RkhHTQEmzZ42

荒神社前から西へ11m進む




芦屋道満の墓

浅口郡誌(pp.417-418 大正14年)」に「一七、蘆屋道滿墓 第三三五節
 道滿は簠簋妙には薩摩國の人とあり。三才圖繪には播磨の人とあり。
罪ありて播州に放たれたる事 宇治捨遺物語に見ゆ。簠簋妙の俗説によれば
「薩摩より都に上り、禁中にて術を比べ、けて安倍晴明の弟子となる。清明の渡唐に乘じ、
清明の妻、李花に通じ、其秘書金鳥玉兎集を寫し了り、晴明歸朝の後、之と爭ひて
清明を殺す云々」とあり。備中巡禮略記(寛政年間、高梁の人 柳井重法 編述)には
「占見村出生、占の上手也、安倍晴明等來りて師弟の約をなし、易道に達し、
大勢集まり故 占見村と改名せり。安倍山(※原文ママ)に入ること十町許、
道滿屋敷とて礎今に殘りて石塔あり。委して吉備物語に見ゆ」とあり。
占見大小屋神社の東北方、佐古池の東(荒神祠の西)、柏林中にコゝ゛メ(コゴメ)石
五輪塔の臺石殘れり。里人呼んで道滿墓と稱し、側らに墓表を立つ
按するに、道滿に關する傳説は附會俗説多くして信じ難きこと、大日本史等の正史に
其傳記を掲げざるにても推知すべく、備中巡禮記の如き附會説のみ。
又道滿屋敷の如きも清明屋敷と混同せしものならん。要するに道滿に關しては正史・
郷土史共信ずるに足るものなし。」と記されている

※文中の「神」の字は旧字の*神、同じく「社」の字は旧字の*社、「清」の字は旧字の*淸

禁中(きんちゅう):  宮中

「金光町史 民俗編(pp.757-758, p.655)」を参照

https://goo.gl/maps/QP6puxCo9Cr




墓表

「道滿」

向かって左にある五輪塔(火輪と水輪のみ。一番下にあるのは宝篋印塔の基礎。)が
道満の墓と云われている








荒神社の横の丁字路から北へ106m上る







丁字路を左折し、遙照山旧登山道を北西へ33m上る

https://goo.gl/maps/TBK4V3ShHKS2







道しるべ

「右 やく◯ ◯◯◯」

遙照山の両面薬師への参道であることを示している。
ここから両面薬師までの道程は約3.5km。

遙照山への道については「金光町史 民俗編(pp.293-294)」を参照

https://goo.gl/maps/Rka5kqNA7ML2




南へ200m下って荒神社の下の丁字路に戻り、右折して西へ10m進む




佐古池

https://goo.gl/maps/7RaGe7puMBU2

池の南岸を西へ75m進む




つきあたりの丁字路を右折

左折して南へ100m下ると、大宮神社の東参道口

https://goo.gl/maps/Dw6ek3LN1Jk




北へ65m進んで丁字路を左折




北北西へ14m上り、民家の脇にある細道を北北西へ35m程上る




玉垣の親柱

「奉献」「明治二十二年(1889年)」
「奉献」「己丑八月吉日」








安倍晴明の墓

「清明靈墳」

浅口郡誌(pp.415-417 大正14年)」に「一六、安倍晴明遺趾 第三三四節
 清明は我が國に於ける陰陽道の大家なり。其先は伊賀國阿閉(あべ)に住す、
依りて氏とす。(後、安倍、阿倍、阿部などと書す)其裔清明に至り
賀茂忠行及其子保憲に從ひて陰陽推算の術を學び、天文を解し雜占を暁る、
奇中神の如し。遂に陰陽博士天文博士となり家業を興し、世々天文道に達す。
(大日本史、續群書類從本系圖)
 系圖 御主人・・(五代略)・・盆材 - 清明 - 吉平 - 時親 - 有行 - 泰長
- 泰親 - ・・(以下略)           
占見大宮神社の東北方、佐古池の北、一町の所に清明の墓と傳ふる豊島石五輪塔あり。
明治二十一年(1888年)玉垣を繞らし「清明靈墳」と誌せる墓表を建てたれど、信ずるに足らず。
又墓の南一町許に清明の遺物を埋蔵せりと傳ふる古墳様の石殘存して備陽國誌にも見ゆ。
備中府志に「清明は吉備大臣七世の孫 保憲を師とし、淺口群占見の里より下道郡に通ひて
傳授を受け發明しけるなりと、其舊蹟を繹ぬれば占見村氏神の宮山の東脇に西の迫と
云へるあり。其所の東の方に古墳あり。戊亥の奥に相傳の書を納めし石の櫃とて
大きさ三間四方許なる大石あり。村老の云ふ 昔は今の宮山即ち清明の舊趾にて、
鎭座に山王權現坐はします云々。其後禁中へ召され天文博士に任ぜらる云々」とあり。
安倍山(※原文ママ)の頂上、千町ヶ原の東北方、數町に里人清明屋敷と
傳ふる平坦地ありて礎の殘れを見る。而して松樹密林の中に小祠ありて清明を祀る。
阿部山の名此傳説によりて起りしものならん。按するに清明の墓と稱するもの全く
附會のみ。又清明の遺蹟に關する府志の説、固より逐一信憑するに足らねど、
暫らく傳説のまゝ茲に記しぬ。」と記されている

※文中の「神」の字は旧字の*神、同じく「社」の字は旧字の*社、
「略」の字は異字体の*畧、「清」の字は旧字の*淸

「備陽國誌(吉備群書集成. 第壹輯 p.113)」には「蘆屋道満墓。
占見村佐古と云ふ所に石塔有り。安倍晴明墓。占見村佐古と云ふ所に塚有り。
西北に當りて、道滿の寶器を納し所と云傳ふる石有り。」と記されている

https://goo.gl/maps/gZi6LgXrVFU2





後ろに宝篋印塔の笠がある




手水鉢

「*潄水(漱水) (寄附者芳名は省略)」




玉垣改修記念碑

「玉垣 改修 昭和廿五年(1950年)五月」




阿部神社

安倍晴明の墓の北西5.84kmの阿部山頂上(標高387m)付近にある。
晴明屋敷跡とされ、ここで天体観測をしていたと云われている。

https://goo.gl/maps/2B9ZNzUk5iM2

荒神社の下の丁字路に戻り、南南東へ235m下る。
丁字路を右折し、鴨方往来を西南西へ197m進む。




一里塚

浅口郡誌(p.414)」を参照(古い写真あり)

https://goo.gl/maps/TSqvf8aPJTC2

一里塚から西へ67m進む




石鳥居

石鳥居前の十字路を右折して北へ103m進む




唐獅子

「奉獻」「昭和十年(1935年)五月」「勇崎 石工 高田相造」







注連柱a

「邦家之経緯」「王化之鴻基」


大宮神社・日吉神社

本殿は別棟




大宮神社(向かって右)

主祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)

浅口郡誌(p.285 大正14年)」に「(社名)大宮神社 (祭神)大己貴命
 (社格)村社 (位置)占見 (氏子)五五〇 (社殿及坪數)本殿、七 幣殿、五 拜殿、十八
 (建造物種類)鳥居 注連柱 燈籠 唐獅子 手水鉢石
 (境内風致)後ニ遙照山脈ヲ負ヒ、前ハ占見ノ新田ヲ望ミ、境内老松枝ヲ交ヘ
前方長キ馬場ヲ控ヘ風致ニ富ム。 (由緒寶物)史蹟名勝第三三六*節(節)參照
 (境内坪數)二反五畝一二歩
 (祭日)八月廿六日 (以下、氏子供進金一戸閉金額、備考は省略)」とある

※文中の「神」の字は旧字の*神、同じく「社」の字は旧字の*社

詳細は「金光町史 民俗編(pp.593-597)」を参照

https://goo.gl/maps/3df3pD7Nu2q





日吉神社(向かって左)

主祭神は大山咋命(おおやまくいのみこと)



















大宮神社の本殿

狛犬や唐獅子ではなく犬の石像が番をしている




大宮神社宮司唐川專次氏の頌徳碑

「頌徳」
「篆額 神社本庁統理 明治神宮〃司従二位勲三等鷹司信輔大人染筆
大宮神社宮司唐川專次氏性明直にして温厚
弱冠十八順平翁に継ぎ神勤實に六十年恒に
神威の昴揚に努め社會教化に資する𠁅(ところ)多大
昭和二十一年(1946年)二級神職を以て遇てらる
茲(ここ)に喜壽を迎へらるゝに當り郷党相謀りて
之を祝し敬慕の微衷を傳ふ
昭和二十九年(1934年)三月建之」

篆額(てんがく)は石碑等の上部に篆書が書かれた題字のこと。
明直とは神道の基本理念である「清く明るく正しく直く」から。
微衷(びちゅう)とは、自分のまごころ、本心を謙っていう語。
鷹司信輔公爵(1889-1959)は貴族院議員で鳥類学者でもある。




自然石の燈籠

「奉燈」




大宮大明神の石鳥居

注連柱

「奉」「○○渡辺孝」
「献」「皇紀二千六百年(昭和15年=1940年)」

拝殿前から参道を南へ70m下って唐獅子の所まで戻り、
右折して細道を西へ64m進む。十字路から細道を西へ63m進む。

ゲストハウス古民家en前の丁字路を右折し、北西へ80m上る。
丁字路を左折して西へ47m進み、十字路を右折。

大西池西岸の車道を北北西へ132m上り右折。
小池の土手道を東へ68m進み、丁字路を左折。

小池東岸の細道を北西へ64m上る。





大川神社

https://goo.gl/maps/e1wYj8fkjTz

大川神社前から細道を北へ21m進み、丁字路を左折。
車道を西北西へ109m進み、十字路を左折して南へ106m下る。





阿弥陀堂

昭和五十六年(1981年)十一月吉日再建

https://goo.gl/maps/RNzgaPzNvTy





本尊は阿弥陀如来立像

『おん あみりた ていせい から うん』




阿弥陀堂前から車道を北北西へ331m上ると泉勝院の山門前に出る。
阿弥陀堂前から車道を南へ41m下る。

十字路から竹林の中の細道を南南東へ150m進む。
十字路から細道を南へ222m進む。







占見(石井の井尻)の観音堂

自然石の燈籠

「金(金毘羅宮)」「文化十○(1813年) 酉四月吉○」

https://goo.gl/maps/CEdyP




聖観世音菩薩立像(堂内向かって右)

『おん あろりきゃ そわか』

地蔵菩薩立像が陽刻されている石造物(中央)は宝篋印塔の塔身?
自然石(左)には何も刻まれていない





堂内にある施餓鬼会の板塔婆





棟札

向かって右の棟札は弘化5年(1848年)、左の棟札は昭和24年(1949年)のもの。
詳細は「民俗資料選集39 pp.127-128」を参照。





石殿

「明治三十二年(1899年)」「三月二日」

庚申塔(青面金剛立像)

「宝暦十(1760年)辰?天 ○○成○守護 ◯◯◯◯ ◯◯◯ ◯◯◯ ◯◯◯ ◯◯◯」

観音堂前から細道を南南西へ72m下り、丁字路を右折。車道を西へ64m進む。





共同井戸

https://goo.gl/maps/NrNfN38HAKt




井戸の両脇にある地神様(自然石地神)と水神様

井戸の前の十字路から東へ37m戻り、丁字路を右折して南南東へ134m進む。
丁字路を左折して東へ20m進み、丁字路を右折して南東へ14m進んで新川橋を渡る。

右折して新川沿いの道を南へ224m進み、県道60号線を横断して左折。東へ96m進む。





京面堂

施主は胡麻屋講中

「民俗資料選集39(pp.129-130)」を参照

https://goo.gl/maps/euB4tFkTPF52




本尊は観世音菩薩

『おん あろりきゃ そわか』

地蔵菩薩立像?(向かって左)

「文化七年(1810年) 九月吉日」

京面堂前から県道60号線を西へ318m進み、五叉路を右折して北へ190m上る




山神社の参道口

https://goo.gl/maps/odo5HUaEvP32




石鳥居

「山神宮」「文久三(1863年)*㐪(亥)九月吉日」







山神社

https://goo.gl/maps/4exANu5iM982




祭神は大山祇命と木野山さま







手水鉢




大棟鬼と隅鬼に「山神」の文字
軒丸瓦に十二菊




参道口に戻り、南へ51m下って丁字路を右折し、南西へ226m進む







津澳の森




56番奥の院のお堂の前にある道しるべ

「五拾六番奥院」「右たましま 左をかやま 道」







南備四国56番奥之院(地蔵/大師) <津熊>

『おん かかかび さんまえい そわか』『南無大師遍照金剛』




奥之院前から西へ620m進み、右折して北へ135m進む




香取金光教第2駐車場横の十字路から北へ90m進む

https://goo.gl/maps/otU7fu22MmC2







本部前の丁字路を右折して東へ17m上る




自然石の燈籠(天保12年=1841年)

注連柱(大正6年=1917年9月)




香取金光教本部教会所

https://goo.gl/maps/hX5AnDo9Ucv




丁字路に戻り、細道を北へ64m進む




金光教祖生家 香取家の横を通過し、さらに北へ36m進む




つきあたりの丁字路を右折し、細道を東へ60m程上る







丁字路を右折




細道を南へ40m程上る




お堂の後ろから前に回り込む




堂内にある棟札には地藏堂と記されている




南備四国56番泰山寺 (大師/地蔵) <大師堂 占見香取>
 金輪山 勅王院 泰山寺 [きんりんざん ちょくおういん たいさんじ]
 『おん かかか びさんまえい そわか』
 「みな人の まいりてやがて 泰山寺 来世の引導 たのみおきつつ」

https://goo.gl/maps/5nEDL

香取金光教第2駐車場横の丁字路に戻り、右折して西へ147m進む




自然石の燈籠

「金毘羅大権現 吉備津宮 常夜燈 文政二卯年(1819年) 九月吉日」

https://goo.gl/maps/hXfH3AwcJb52

燈籠の前の丁字路を左折し、南へ136mの進む




六字名号碑

「宝暦十二午年(1762年) 南無阿弥陀佛 三月吉日」「施主 念佛 講中」

https://goo.gl/maps/VHNr6aCky5R2




牛供養碑a(前)

「亡牛供養」

牛供養碑b(向かって右後ろ)

「昭和九年(1934年)五月十三日亡 牛供養 世話方 谷中 願主 岡本◯◯○」

地蔵菩薩立像(左後ろ)

「天◯◯◯○ 爲◯◯◯◯ ◯◯◯◯」

天明年間(1781-1789年)か天保年間(1830-1844年)の造立




神掌堂の標柱

「神掌術治療所 神掌堂」

燈籠の前に戻り、左折して西へ124m進む




石鳥居

「磐岩宮」

紀年銘は判読困難




石段の親柱(向かって右)

「願主 安田岩兵◯」「文久二年(1862年) 壬戌九月」

石段の親柱(同左)

「奉寄進 安田銀治」「文久二年」

唐獅子(向かって右)

「獻納」「天保十四年(1843年) 卯八月吉日」

狛犬(同左)

「獻納」「氏子中」

石燈籠a(向かって右)

「奉納」「願主 安田◯◯◯◯◯」「嘉永◯◯◯◯月◯旦」

「占見新田村 住細工人 吉和屋」

石燈籠b(同左)

「奉納」「嘉永◯◯◯◯月◯旦」「願主 安田吉◯◯◯◯」




磐岩神社

主祭神は経津主命

浅口郡誌(p.285 大正14年)」に「(社名)磐岩神社 (祭神)輕津主命
 (社格)村社 (位置)地頭下 (氏子)一五〇 (社殿及坪數)本殿、一 幣殿、六 拜殿、一〇
 (建造物種類)鳥居 注連柱 燈籠 水鉢石 石段
 (境内風致)巨石層疊ノ間ニ老松枝ヲ交ヘ、眞ニ磐石ノ名ニソムカズ、遙カニ地頭下ノ
平野ヲ望ミ、眺望佳ナリ。 (境内坪數)二反九畝八歩
 (祭日)九月四日 (以下、氏子供進金一戸閉金額、備考は省略)」とある

詳細は「金光町史 民俗編(pp.611-613)」を参照

注連柱
「天地一元」「塚村傳太郎尚重」
「星辰萬象」「明治廿四(1891年)重光單閼歳次秋八月中澣尌之」

重光單閼(ちょうこうたんあつ)=辛卯

百度石
「百度石」「當番連中 唐井庄次郎 塚村海作 唐井園次郎 岡本六三郎 安田徳造」
「明治丗五年(1902年)」

https://goo.gl/maps/Kdocd8jRVsH2







石燈籠c(拝殿前)

「*𤣉鐙(獻鐙)」「氏子中」「元治元年(1864年) 子中秋日」

自然石の燈籠

銘なし




石燈籠d(拝殿前)

「寄進石燈籠」「享保二年(1717年)」「九?月吉日」「願主 安田弥兵衛」




手水鉢(拝殿前)

「文化十二歳(1815年) 乙亥九月 献盥盤」




石燈籠e(拝殿前)

「奉寄進石燈」「享保二(1717年)◯」「九月吉◯」







安芸神社(後ろ)と稲荷神社(前)と神輿蔵




日吉神社の石祠(安芸神社の後ろ)




本殿の後ろから岩場を登る




大岩の横に鎮座する小社には毘沙門天が祀られている

詳細は「金光町史 民俗編(pp.662-664)」を参照




岩の後ろから北へ18m進む




木野山神社

石鳥居の所まで戻り、南へ120m進む




磐岩神社の 注連柱

「齋域」「皇紀二千六百年 奉主 小橋幸雄」
「昭和十五年(1940年)十一月十日 介者 塚村海作 唐井庄次郎 岡本喜佐太 岡本克太」

https://goo.gl/maps/tUVRna2tM4m

注連柱の前の丁字路を右折し、西へ178m進む




自然石の燈籠(新池の東の土手)

「天(天満宮) 金(金毘羅宮) 吉(吉備津宮) 奉燈」
「安政四(1857)丁巳九月吉日」

石碑

「改建 平成十二年(2000年)三月 地頭下区」

https://goo.gl/maps/BvLcYmSaE2F2

燈籠の前の丁字路を左折し、土手道を南へ80m上り右折。
新池の南の土手道を西へ200m進む。




新池の南西端





水分神様

「水分神(みまくりのかみ)」「昭和六年(1931年)九月氏子中 ◯◯ ◯◯◯◯

 ◯◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯」

https://goo.gl/maps/hFE2n7uaJfp





夫婦池の観音堂の解説




観音堂の遺物と思われる石造物

水分神様で右折し、新池の西岸を北へ127m進む。
小三宅公会堂前の十字路からさらに北へ60m進み、十字路を右折して東へ66m進む。




金光町地頭下の小三宅地区

https://goo.gl/maps/PmKG6n4UZPx

丁字路を左折して北へ40m進む




右折して墓地への細道を東へ20m上る




大師堂

https://goo.gl/maps/S3XyH




蟇股に眠り猫




南備四国57番栄福寺 (阿弥陀) <大師堂 占見>
 府頭山 無量寿院 栄福寺 [ふとうざん むりょうじゅいん えいふくじ]
 『おん あみりた ていせい からうん』
 「この世には 弓矢を守る 八幡なり 来世は人を 救う弥陀仏」

57番札所の横にある丁字路から墓地への参道を北へ48m上る。
丁字路を右折し、東南東へ20m進む。




三寶荒神社

注連柱

「大正十四年(1925年)七月吉日」「小三宅氏子中」

https://goo.gl/maps/dbRdUKrkJBL2





社殿は昭和44年(1969年)5月に再建

手水鉢

「元治元甲子歳(1864年) 氏子中」





三寶荒神社(向かって右)

三拍手一礼して般若心経を唱えた後、『おん・けんばや・けんばや・そわか』を七反唱える

地神様=産土神様(中央)

稲荷宮?(左)

使わしめの白狐像が置かれている

小三宅公会堂前の十字路に戻り、右折。




自然石の燈籠(小三宅公会堂の横)

「金(金毘羅宮) 吉(吉備津宮) 常夜燈 天保二(1831年)卯 九月吉日」

https://goo.gl/maps/jVebmwBqfMD2




公会堂前の十字路から夫婦池(古池)北岸の道を117m進み、
丁字路を右折して丸池沿いの細道を北西へ152m進む。

自動車なら丁字路を左折して西へ111m進み、丁字路を右折して北へ90m進む。


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