【里見四国八十八ヶ所霊場 画像集6(不動院・宮地・狭田・才ノ脇・大原西)】



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里庄町新庄の不動院の参道入り口




薬師堂

堂内に元治元年(1864年)に再建された時の棟札がある。
施主は富岡村の平埜太兵衛と平埜幸左エ門。




薬師如来坐像

「五拾一番 藥師如來 石手寺」「施主 富岡新屋内」

里見四国51番石手寺 (薬師) <>
 熊野山 虚空蔵院 石手寺 [くまのざん こくぞういん いしてじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「西方を よそとは見まじ 安養の 寺にまいりて 受くる十楽」

https://goo.gl/maps/8c2TccDrs9t

向かって左は木造薬師如来坐像、右は賓頭盧尊者坐像




賓頭盧(びんづる)尊者は「撫で仏」。病人が患部と同じ箇所を撫でることで
病が癒えるとされている。そのため尊者の像は傷みやすい。
不動院の大悲閣には真新しい賓頭盧尊者坐像が安置されている。




三部山不動院

高野山真言宗備中霊場第79番
備中浅口西国霊場第11番
瀬戸内三十三観音霊場第19番




不動院の大悲閣

本尊は不空羂索観世音菩薩
『おん あぼきゃ びじゃや うんぱった』

里見四国52番太山寺 (十一面観世音) <不動院>
 龍雲山 護持院 太山寺 [りゅううんざん ごじいん たいさんじ]
 『おん まか きゃろにきゃ そわか』
 「太山へ 登れば汗の 出でけれど 後の世思えば 何の苦もなし」

南備四国47番八坂寺 (阿弥陀) <不動院>
 熊野山 妙見院 八坂寺 [くまのざん みょうけんいん やさかじ]
 『おん あみりた ていせい からうん』
 「花を見て 歌読む人は 八坂寺 三仏じょうの 縁とこそ聞け」


「里庄町誌(pp.53-54 昭和26年)」を参照

https://goo.gl/maps/DZDw9




宝篋印塔

基礎に一切如来心秘密全身舎利宝篋印陀羅尼が刻まれている


 

不動院の境内の西

向かって左端にあるのは大原焼の五重塔




瑜伽大権現




観音堂

向かって左にあるのは奉唱光明真言千百五拾六?万三千返供養塔(安永三=1774年)




西国3番 風猛山 粉河寺 [ふうもうざん こかわでら] (千手)
 『おん ばざら たらま きりく』
 「父母(ちちはは)の 恵みも深き 粉河寺 ほとけの誓ひ 頼母(たのも)しの身や」

https://goo.gl/maps/GjfA9




五重塔の後ろにある聖観世音菩薩立像

「爲◯◯◯◯信女菩提 正觀世音菩薩 ◯◯◯兵衛 ◯◯◯◯◯」
「慶應四年(1868年)戊辰九月」




不動院の山門前から参道を西へ22m進む




阿弥陀如来坐像

「五十三番 阿弥陀如来 円明寺」「施主 濱中仁科◯◯」「爲◯◯童子菩提」

里見四国53番円明寺 (阿弥陀) <>
 須賀山 正智院 円明寺 [すがさん しょうちいん えんみょうじ]
 『おん あみりた ていせい からうん』
 「来迎の 弥陀の光の 円明寺 照りそう影は 夜な夜なの月」

https://goo.gl/maps/fyHqgLcU4DF2




53番札所から西へ32m進み、階段を西へ33m下る




車道に出て右折し、ナカウデ池南岸の道を北西へ88m進む




54番札所は鉄塔の北15mの畑の隅にある

池の西端で右折し、北へ62m上る




丁字路を左折し、西へ32m進む




民家の西で左折し、畑の端を南へ27m上る




上に祀られている石仏は如来坐像(阿弥陀 or 釈迦)?

不動明王坐像(下)

「五拾十四番 不動明王 延命寺」

里見四国54番延命寺 (不動) <宮地>
 近見山 宝鐘院 延命寺 [ちかみざん ほうしょういん えんめいじ]
 『のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや
 うんたらた かんまん』
 「くもりなき 鏡の縁と ながむれば 残さず影を うつすものかな」

https://goo.gl/maps/wqiqTqc1mn12




丁字路に戻り、左折して北北東へ215m下る。
十字路から北へ56m進み、狭田公会堂前の十字路字路を右折。

細道を西北西へ60m進んで十字路を右折。
細道を北へ50m進み、丁字路から墓地の参道を北へ91m進む。




墓地にある荒神社の前(南)




大通智勝仏坐像(向かって左)

弘法大師坐像(右)

里見四国55番南光坊 (大通智勝/大師) <>
 別宮山 金剛院 南光坊 [べっくざん こんごういん なんこうぼう]
 『なむ だいつう ちしょうぶつ』
 「このところ 三島に夢の さめぬれば 別宮とても 同じ垂迹(すいじゃく)」

https://goo.gl/maps/dZayyDUVenA2




手水鉢

「元禄八乙亥天(1695年) 奉寄進薬師講 九月◯日 ◯◯」







扇型の水溜の手水鉢




唐獅子(向かって右)

「奉 明治◯年 十月吉日」「本村字?狭田 平野◯◯ 立之」

唐獅子(左)

「献 明治◯年 十月吉日」「本村字?狭田 平野◯◯ 立之」




荒神社

小祠

「荒神社」「昭和四十四年(1969年)十月 氏子中」

https://goo.gl/maps/KzRNYViK7pS2




石燈籠

「奉燈 氏子中」「文化九申年(1812年)」




55番札所前から墓地の参道を北西へ67m下る




国道2号線と山陽本線の歩道橋を北へ渡り、西へ58m下って右折。
県道288号線を横断して北へ92m進む。

鴨方往来の丁字路を右折して東北東へ123m進む。




才ノ脇の萩堂

詳細は「民俗資料選集39(pp.160-162)」を参照

https://goo.gl/maps/aiDo49s9qTL2





自然石の燈籠

「奉燈」







お堂の裏に2本だけ古い柱が使用されている。

これが萩堂の由来となっているハギ(ハンノキの別名)の柱。












弘法大師坐像(向かって右端)

「五拾 六番 泰山寺」

里見四国56番泰山寺 (地蔵) <>
 金輪山 勅王院 泰山寺 [きんりんざん ちょくおういん たいさんじ]
 『おん かかか びさんまえい そわか』
 「みな人の まいりてやがて 泰山寺 来世の引導 たのみおきつつ」




地蔵菩薩立像a(右から2番目)

地蔵菩薩立像b(右から3番目-奥)

子安地蔵菩薩立像(右から4番目)





丸に中陰桔梗の家紋




薬師如来立像(右から5番目)

「世話人 ◯◯◯」




御喜捨御芳名録

創建は延寶六年(1678年)、再建立は元禄十四年(1701年)、
屋根葺替は弘化二年(1846年)、明治二拾壱年(1888年)、昭和二?年、
屋根修理は昭和四十年(1965年)、大修理は昭和六十年(1985年)




露盤

「弘化二(1845年)巳六月◯◯ 施主 瀬尾思六生年◯◯」

萩堂前から鴨方往来を東北東へ113m進み丁字路を左折。
北北西へ28m進む。







阿弥陀如来坐像

「五十七番 八幡」

栄福寺は明治の神仏分離まで「勝岡八幡(あるいは伊予の石清水八幡宮)」と称していた

里見四国57番栄福寺 (阿弥陀/大師) <>
 府頭山 無量寿院 栄福寺 [ふとうざん むりょうじゅいん えいふくじ]
 『おん あみりた ていせい からうん』
 「この世には 弓矢を守る 八幡なり 来世は人を 救う弥陀仏」

https://goo.gl/maps/dAmJ4R6tNDw

57番札所から北北西へ163m進み、大原中公会堂前の十字路を左折。
西北西へ73m進む。







大原西公会堂

「公民館大原中分館」

https://goo.gl/maps/2VS94YreoCG2




記念碑

「記念碑」「佐藤茂代?」

大原中公会堂前に戻る




大原中公会堂の横から西へ66m進む




左折して階段を上る










千手観世音菩薩立像

「五十八 番」

里見四国58番仙遊寺 (千手観世音) <>
 作礼山 千光院 仙遊寺 [されいざん せんこういん せんゆうじ]
 『おん ばざら たらま きりく』
 「立ち寄りて 作礼の堂に やすみつつ 六字をとなえ 経を詠むべし」

https://goo.gl/maps/LiWZQhhsiaF2







仙遊寺のお堂の向かって左にある石仏群

地蔵菩薩坐像5体、弘法大師坐像2体、供養塔1基、自然石(造立目的不明)1個




地蔵菩薩坐像

『おん かかかび さんまえい そわか』







弘法大師坐像(向かって右から5番目)

『南無大師遍照金剛』




弘法大師坐像(向かって右から8番目)

「六十九番 勸音寺」

四国69番観音寺 (聖観世音) <>
 七宝山 観音寺 [しっぽうざん かんおんじ]
 『おん あろりきゃ そわか』
 「観音の 大悲の力 強ければ 重き罪をも 引き上げてたべ」

横にある自然石は首のない如来坐像のようにも見える




奉唱光明真言百五十萬遍供養塔

「奉唱光明真言百五十萬遍○○如意滿足」「修唱者 小野浩四郎」
「明治廿八年(1895年)旧五月吉日」
 

『おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じんばら はらばりたやうん』




58番札所から忠魂碑への参道を南東へ30m上る




里里庄町役場







戦後五十年平和記念碑




忠魂塔

https://goo.gl/maps/uyXf7MJkcg42




高柳池

階段を下りて左折し、高柳池南岸の道を西へ250m進む。
十字路を左折して南へ26m上り、丁字路を左折して東へ66m進む。










薬師如来坐像(向かって左)

「五十九 番」

弘法大師坐像(同右)

「五十九番 國分寺」

里見四国59番国分寺 (薬師瑠璃光/大師) <>
 金光山 最勝院 国分寺 [こんこうざん さいしょういん こくぶんじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「守護のため 建ててあがむる 国分寺 いよいよめぐむ 薬師なりけり」

https://goo.gl/maps/7V4uXCx5DgL2




59番札所前から十字路まで戻り、細道を北へ6m下る







大日如来坐像(向かって左)

「六十 番」

里見四国60番横峰寺 (大日) <>
 石鈇山 福智院 横峰寺 [いしづちざん ふくちいん よこみねじ]
 『おん あびらうんけん ばざら だどばん』
 「たて横に 峰や山辺に 寺たてて あまねく人を 救うものかな」

向かって左の舟形の石には不動明王の火焔光背のような模様が刻まれている

https://goo.gl/maps/zDGftsEHhf92

十字路に戻って右折し、西へ50m進む




十字路を右折し、北へ20m進む




稲荷神社の西




酔払地蔵

https://goo.gl/maps/7c3nwQnG7b92




「七十一番」




71番のお堂から車道を北北西へ126m上る




つきあたりの丁字路を右折して細道を北東へ33m進む




右折して南へ10m進む







大日如来坐像

「六十一 番」

里見四国61番香園寺 (大日) <>
 栴檀山 教王院 香園寺 [せんだんざん きょうおういん こうおんじ]
 『おん あびらうんけん ばざら だどばん』
 「後の世を 思えばまいれ 香園寺 止めて止まらぬ 白滝の水」

https://goo.gl/maps/ywFsZEq23En




61番札所前から細道を北東へ66m進み、さらに東へ47m進む。
つきあたりの丁字路を左折し、北北西へ46m上る。







十一面観世音菩薩立像(向かって左)

「六十二 番」

弘法大師坐像(磨崖仏)

里見四国62番宝寿寺 (十一面観世音) <>
 天養山 観音院 宝寿寺 [てんようざん かんのんいん ほうじゅじ]
 『おん まか きゃろにきゃ そわか』
 「五月雨の あとに出でたる 玉の井は 白坪なるや 一の宮かわ」

https://goo.gl/maps/Mw6cNmqRpHP2




石碑

「土社宮」




自然石の燈籠

「金(金刀比羅宮) 奉燈」

『南無金毘羅大権現』『おん くびらや そわか』




62番札所の上にある丁字路を右折して東へ11m進む




丁字路から東へ76m進む




左に上ると金比羅宮と金比羅古墳

『南無金毘羅大権現』『おん くびらや そわか』







丁字路から東へ17m進んで左折




細道を北へ23m上る




丁字路から北へ4m上って左折し、西へ12m上って右折





観音塚古墳

https://goo.gl/maps/0T47p




古墳の石室内に祀られている

千手観世音菩薩立像

「千手観世音」「明治十一○(1878年) 三十二番 寅六月再建」

西国32番 繖山 観音正寺 [きぬがさやま かんのんしょうじ] (千手)
 『おん ばざら たらま きりく』
 「あなとうと 導きたまへ 観音寺(かんおんじ) 遠き国より 運ぶ歩みを」




毘沙門天立像?

「六十三 番」

里見四国63番吉祥寺 (毘沙門天/大師) <>
 密教山 胎蔵院 吉祥寺 [みっきょうざん たいぞういん きちじょうじ]
 『おん べい しらまんだや そわか』
 「身のうちの 悪しき悲報を 打ちすてて みな吉祥を 望み祈れよ」

観音塚古墳の向かって左にある

https://goo.gl/maps/GcyAvuURdn22




古墳の下にある丁字路に戻り、左折して細道を東へ70m進む




つきあたりの丁字路を左折し、北北西へ27m上って右折



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