【高島四国八十八ヶ所霊場の画像集.6】
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子妊石への参道口から北へ20m上る
https://goo.gl/maps/e2Dt96uqUuG2
さらに北西へ25m上る
左折して西へ20m進む
右折して北西へ10m程上る
亀石(亀石灯台)
https://goo.gl/maps/oSihWDx9kS92
亀石のとなり
陽石
https://goo.gl/maps/m1eXufBGoWB2
北へ15m程上る
左折して西へ3m程進む
高島四国霊場の弘法大師坐像
番号不明
『南無大師遍照金剛』
https://goo.gl/maps/J8Ed1mzprpx
北東へ15m進む
子妊石案内板
南へ15m程進む
御神体割れ目解説所
https://goo.gl/maps/5keyEGba8e42
北北西へ35m進む
子妊石(南面)
「吉備高島考證(p.27)」に「二〇、子妊石 黒土の南 山上にあつて、
古来、子授け安産の靈石として島民の崇敬せる巨大な陰石である。
盖し上古は陰陽石を神靈視して子孫繁栄 五穀豊穣を祈願せりと
聞き居れば其の遺風が今猶此島に傳はれるものと思ふ。(以下略)」とある
子妊石周辺が西磐座
https://goo.gl/maps/4d6weVjBVD92
子妊石(東面)
石舞台
高島四国霊場の札所?
石舞台の東にある
https://goo.gl/maps/qenQBvyDDKA2
達磨石
顔の部分が木の枝に隠されてしまっている
https://goo.gl/maps/E2pfSd6idUz
孫姫石
鳥島(向かって左)と稲積島(右)
右端は明地島の南端(字 明神)。その先にあるのはイカダゾハ。
「吉備高島考證(p.26)」に「稲積島 高島と神島の間にあつて、
各地より貢たる稻を積み置かれし島である。」とある
イカダゾハ
窓石がある窓の鼻から。後ろは稲積島。
「御登極記念 小田郡誌(p.98 大正13年)」に「ヨ、 明地島附近ノ暗礁 南端に
いかだぞはあり。又周囲に岩礁の存在するあれども、舟航に差支なし。」とある
新生産道
子妊石(北面)
幸精龍王神
https://goo.gl/maps/AmCRAwUSKv52
「吉備高島考證(p.27)」に「因に陽石は米庫にありしが石材に採掘して、
今は其のあとがたもない。但しホヤ島には小なるそれらしきものがあると云ふ。」とある
陽石(大陽石、雄岩)があった場所
北へ40m下る
山見石(魚見石)
魚群を探していた望楼
https://goo.gl/maps/6KHmHvVhk2w
山見石の横
高島四国霊場の弘法大師坐像
番号不明
『南無大師遍照金剛』
北へ90m下る
高島四国霊場の弘法大師坐像
番号不明
『南無大師遍照金剛』
https://goo.gl/maps/2HC3gCkar4r
弘法大師坐像がある所から少し下った所にある丁字路を左折
北窓石眺望所
https://goo.gl/maps/sUqdpqDHHd92
窓ノ鼻
窓石は赤矢印の辺りにある。干潮時には歩いていけるらしい。
窓ノ鼻には四隅の樓石の一つ(まどいしの樓石)がある
「吉備高島考證(p.25 昭和14年)」に「一一、四隅の樓石 高島行宮阯の四方に樓石がある。
島民は行宮護衛の見張番所であつたと云ひ、國學者は高島を*神地(神地)と定められたる
忌杖の跡だと云ふのである。四隅の樓石は、高栖の海岸とまどいしと王頭と米庫の
四ヶ所にあつたのだが、米庫の樓石は、三十年程前に石材に取つて、今はなくなつており、
まといしには一部を残し、高栖のは半ば崩れかゝつて居る。」とある
https://goo.gl/maps/oh66X7P7DN22
丁字路に戻って左折
北へ25m進んで左折
眺望所
https://goo.gl/maps/2enewqfXSyx
窓石
この場所からは窓の部分が辛うじて見える程度。
これ以上右に寄ると木の枝に隠されてしまう。
北へ54m進む
高島四国霊場の弘法大師坐像2躰
番号不明
『南無大師遍照金剛』
https://goo.gl/maps/fJozNt9WQbB2
南南西へ10m進む
展望所
https://goo.gl/maps/9mAyBmLBydK2
窓石
後ろにあるのは鳥島
「吉備高島考證(p.26)」に「十六、まどいし 黒土の西の海岸にあつて、
天皇が刀を磨かしめ給ひし處だと云ふ。」
「十七、舟堀 まどいしの南の海岸にある谷の名であつて、天皇の御舟を
作らしめ給ひし處だと云ふ。舟堀と云ふ地名は、附近の島々にもあつて、
何れも天皇の御舟を造らしめ給ひし處だと云傳へて居る。」ある
この場所からだと窓の向こう側が見えない
北北東へ26m下って右折
細道を東へ78m進み、十字路を左折して北へ28m進む
丁字路を右折して海岸沿いの道を東へ82m、北へ53m進む
高島漁港
戎神社
「高島二十二社」のひとつ
石祠の神紋(二重亀甲に「三」の字)は
美保神社(事代主神系のえびす様の総本宮)のもの
注連柱
「奉 昭和二年(1927年)八月吉日」
「建 黒土氏子中」
大黒様とえびす様の二尊石像あり
金比羅宮(金比羅様)
「高島二十二社」のひとつ
「御登極記念 小田郡誌(p.101 大正13年)」に「十四、金毘羅神社
祭神金山彦命にして、社地は境内二十九坪 官有地第一種。
鎮座は高島字 高須。建物社殿は梁行一間半桁行一間なり。」とある
※文中の「神」の字は旧字の*神、同じく「社」の字は旧字の*社
境内は29坪もないので高須から当地へ遷座?
注連柱
「奉 明治三十六年(1903年)三月」
「建 高島氏子中」
北へ60m進んで丁字路を左折し、船着場へ戻る
神島外浦港へ戻る
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