【高島四国八十八ヶ所霊場の画像集.1】
画像集.1
/
画像集.2
/
画像集.3
/
画像集.4
/
画像集.5
/
画像集.6
⇒
HOME
書きかけです。さらに追記する予定。
高島の八十八ヶ所札所については「笠岡市内のミニ霊場(pp.14-16)」を参照。
勧請年不明。札所リスト、全札所の位置を記した地図等の資料なし。
現時点で26躰の弘法大師坐像を確認。札所番号、寺号等は刻まれていない。
「高島二十二社巡り」は諸社大神様、戎様、岩下稲荷様、観音様、戎様、
白雲稲荷、金比羅様、山上様、荒神様、石山不動、戎様、
大日如来、御亀明神、〆大神様、ふくべの稲荷様、戎様、
お地蔵様、穴熊様、愉伽(瑜伽?)の稲荷、高島神社、戎様、宮居を巡る。
高島全景
栂の丸山の頂から南に連なる笠岡諸島を望む
https://goo.gl/maps/fKVnj4c2ckq
神島外浦港の三洋汽船のりば
https://goo.gl/maps/LALt11V2SeN2
アカクラゲ
神島外浦港より高島へ(三洋汽船)
片道180円、所要時間約7分
上り下り共に1日5便運航
黒土瀬戸(神島と高島の間の瀬戸)を南へ進む
差出島(さすでしま)
月出島ともいう
「御登極記念 小田郡誌(p.103 大正13年)」を参照
差出島の古墳については「笠岡市史 第一巻(pp.276-281)」を参照
差出島の東を通過
小瀬戸
向かって右は差出島南端にある剣崎岬
「御登極記念 小田郡誌(p.98 大正13年)」に「ロ、 小瀬戸 本村高島の屬島
差出島明地島の中央なる瀬戸をいふ。水深約十尋(約18.18m)なり。」
「タ、 差出島南端劔先岬に一礁あり。此の邊五十尺乃至百尺の水深とす。」とある
https://goo.gl/maps/JNEm8Jks9hB2
明地島
明地島の遺跡については「笠岡市史 第一巻(pp.17-20)」を参照
明地島の長浜
「吉備高島考證(p.28 昭和14年)」に「二六、くろを瀬戸 *明神島(明神島)と
高島の間の瀬戸である。神武天皇の御舟を くろを と云ふ者が御先導申し上げて
此の瀬戸を御通過に相成り高島の黒土に御上陸遊ばされたと云ふので瀬戸の名となつたと
云傳へて居るのである。(神島外村河田某(當年七十五歳)の談)」とある
https://goo.gl/maps/ForPFicjhUG2
高島のえんろく鼻
https://goo.gl/maps/cdRofD4xZqz
吉浜の菅原神社の手水鉢
高島の黒土鼻から75個の空樽を浮きとして繋ぎ付けて運んできたもの
https://goo.gl/maps/B3WJa8qAJw92
吉浜では手水鉢の由来を歌にして語り継いでいる
七千貫目は約26152kg(江戸時代の1貫目は平均して3.736kg)
高島の黒土(くろつち)地区
「吉備高島考證(p.14 昭和14年)」に「一、御上陸地 神武天皇御上陸の地は、
高島黒土であつて、御上陸の際、其地の草茅を焼拂はれて土が黒くなつた故、
黒土と云来つたのである。(備中式神社名考)」とある
※文中の「神」の字は旧字の*神、同じく「社」の字は旧字の*社、「黒」は旧字の*黑
船着場
国指定名勝 高島
笠岡市高島診療所
島内観光コース上の公衆トイレは高島診療所、おきよ館の近く、
與太郎地区の竹ノ浜海水浴場の3ヶ所。
https://goo.gl/maps/cqhuKG1owyD2
御成婚記念碑
「御成婚記念」
「昭和三十四年(1959年)四月十日 *髙島(高島)自治会 *髙島(高島)青年団」
切符売り場
待合室内に神籬(枯れる前の天皇御手植の榊)の写真あり
標柱
「名勝 *髙島(高島)」「昭和十九年(1944年)文部省指定」
「昭和三十年(1955年)建 神島外観光協会」
高島案内板
島内の自動販売機はこの1台のみ
丁字路を左折して東北東へ64m進む
**********************************************************************************
高須(高栖)地区
「吉備高島考證(p.15 昭和14年)」に「三、行宮阯 *黑土(黒土)の東の部落にあって、
高栖と云ふ。高栖は本高栖、内高栖とに分かれ、本高栖には天皇、
内高栖には皇后 居給ひしと云傳へて居る。」とある
内高須は高須地区の南、本高須は北にある
採石場前のY字路
本高須・王泊地区へは左、内高須へは右に進む
採石場跡
https://goo.gl/maps/kM5MGWHBSDC2
内高須ヘの道を東へ27m進む
石祠
祭神未確認。丸つきの「*髙(高)」の字が刻まれている。
https://goo.gl/maps/NHushiBwV812
東へ10m進む
観音様
https://goo.gl/maps/ajE7idGAeDz
白衣観音立像?
聖観世音菩薩立像
『南無大慈大悲観世音菩薩』『おん あろりきゃ そわか』
高島四国霊場の弘法大師坐像a(向かって右)
番号不明
『南無大師遍照金剛』
高島四国霊場の弘法大師坐像b(同左)
番号不明
つきあたりを右折し、高須川沿いの道を東南東へ77m進む
十字路
https://goo.gl/maps/mZMq38thXUx
金光への道を南東へ31m進む
二宮金次郎像(石造)
「紀元二千六百年(昭和15年=1940年)記念ニ建 山本◯◯」
https://goo.gl/maps/CoDdt3rpYho
高島公民館
高島小学校跡にある
高島尋常小学校については「
小田郡誌 下巻(pp.290-291)
」を参照
https://goo.gl/maps/95Fp7S1Pqqq
採石場前のY字路に戻り、右折して海沿いの道を北東へ135m進む
画像集.1
/
画像集.2
/
画像集.3
/
画像集.4
/
画像集.5
/
画像集.6
⇒
HOME