【高島四国八十八ヶ所霊場の画像集.5】
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丁字路
https://goo.gl/maps/uXgkUjJCFqw
右折して北北西へ80m下る
北北西へ28m進む
右折して東へ15m上り、天津磐境の上に出る
北北西へ下ると萬古石、どんび石、岩戸石、踊り石等がある
亀石
https://goo.gl/maps/Mjc71gMakkr
天津磐境の北端
北西の眺望
向かって右に差出島、左に明地島、後方に神島
北北東の眺望
天津磐境
https://goo.gl/maps/nQAnHpp6pkL2
天津磐境の南端
丁字路に戻る
南南西へ10m進む
高島四国霊場の弘法大師坐像
番号不明
『南無大師遍照金剛』
https://goo.gl/maps/kPYYqXyfodK2
南磐座
https://goo.gl/maps/HCd2e5qSV8x
鳶の頭部浮彫彫刻
おきよ館の案内図に「立石南面にあり 神武伝説 河内の豪族長髄彦と生駒での
戦いに帝の弓先に止まった金の鳶(金鵄勲章モデル)ではと想像されています」とある
金鵄(きんし)は神武天皇が長髄彦と戦った際に、その弓の先に舞い降りて光を放ち、
敵軍の目を眩ませて皇軍を勝利に導いたとされる霊鳥。鵄=鳶。
南東の眺望
向かって左に小高島、中央に白石島、右奥に走島
東の眺望
石柱
「荒廃防止 面積十町四反歩 工費百二十万円」
「昭和二十八年度治山事業施工地 岡山◯」
高島四国霊場の弘法大師坐像
番号不明
『南無大師遍照金剛』
https://goo.gl/maps/9ySdydkeDzE2
休憩所
https://goo.gl/maps/g57ZyMGDSKo
南西の眺望
走島がかすかに見えている
與太郎鼻
與太郎の竹ノ浜海水浴場
トイレあり
https://goo.gl/maps/Q6rce4MkUJE2
竹ノ浜(武ヶ濱)
「吉備高島考證(p.27)」に「十八、武ヶ濱(千歳の松とも云ふ)
高島の南西端與太郎の東にある部落であつて、天皇の臣下が武事を
練り 又警護の任に當りし處だと云ふ。」とある
「御登極記念 小田郡誌(p.98 大正13年)」に「ワ、 竹ノ濱礁 高島與太郎鼻の東端、
岡より地續き十間突出せる淺礁あり」と記されている
防波堤の近くに四隅の樓石の一つ(米庫の樓石)があった
「吉備高島考證(p.25 昭和14年)」に「一一、四隅の樓石 高島行宮阯の四方に樓石がある。
島民は行宮護衛の見張番所であつたと云ひ、國學者は高島を*神地(神地)と定められたる
忌杖の跡だと云ふのである。四隅の樓石は、高栖の海岸とまどいしと王頭と米庫の
四ヶ所にあつたのだが、米庫の樓石は、三十年程前に石材に取つて、今はなくなつており、
まといしには一部を残し、高栖のは半ば崩れかゝつて居る。」とある
https://goo.gl/maps/r7SvzELgmz82
トイレの横から西へ60m進んで右折
桟橋
https://goo.gl/maps/oc3v9FtxJvj
細道を北へ28m進み、北東へ26m上る
Y字路を左折
https://goo.gl/maps/3rizCJkjMdB2
細道を西へ33m、北西へ29m上り、つきあたりを右折して北東へ165m上る
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