【笠岡新四国八十八ヶ所霊場の画像集.9(吉田 田平・大之平)】

(旧笠岡西国・旧笠岡坂東・旧笠岡秩父観音霊場等を含む)




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田平のやとうさん(石燈籠)

https://goo.gl/maps/EDe5ENS7ZQ22

県道48号線沿いのよしだ歯科医院前の交差点から北へ152m進んだ所にある





田平のやとうさんの前の十字路を右折して北東へ44m上った所にある32番、33番札所








弘法大師坐像(向かって右)

「三十二番」

十一面観世音菩薩坐像(同左)

笠岡新四国32番禅師峰寺 (十一面観世音/大師) <田平>
 八葉山 求聞持院 禅師峰寺 [はちようざん ぐもんじいん ぜんじぶじ]
 『おん まか きゃろにきゃ そわか』
 「静かなる 我がみなもとの 禅師峰寺 浮かぶ心は 法(のり)の早船」

https://goo.gl/maps/myLBtBCNmb12








薬師如来坐像

「三十三番」

笠岡新四国33番雪蹊寺 (薬師) <田平>
 高福山 雪蹊寺 [こうふくざん せっけいじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「旅の道 うえしも今は 高福寺 のちのたのしみ 有明の月」

https://goo.gl/maps/tb9bu7qnmj52








現本堂は元禄年中に焼失後、宝永4年(1707年)に再建されたもの

修行大師像

『南無大師遍照金剛』




傳證山(伝証山)長寿院高称寺(阿弥陀)

高野山真言宗備中霊場第108番

本尊は阿彌陀如来

『おん あみりた ていせい からうん』

「御登極記念 小田郡誌(p.85 大正13年)」に「傳證山長壽院高稱寺は大字吉田字田平にあり。
笠岡町遍照寺末にして創立は不詳なり。元禄年中(1688-1704年)一度消失し、書類記録失せて跡なし。
其の後寛保年中(1741-1744年)現住空上人再建したりと云ふ。本尊は阿彌陀如來 本堂七間五間半
 鐘樓堂二間二間 庫裡七間五間 部屋五間二間 境内反別壹反七畝十歩なり。
尚ほ境内所有地としては左の如し。一、田 八反十二歩 一、畑 五反三畝廿七歩
 一、山林 四畝廿六歩 一、保安林 壹町八反二畝二歩 一、墳墓地 一反一畝七歩
本山檀徒は其の數二百戸に上る。境内に有名む?る楓あり。元禄楓といふ。
元禄時代に植江(え)たるものなりと。枝はよく四方に繁茂して數畝の地を蔽ひ
四時の眺め實に麗はしく 眞に本村の靈塲なり。
 高稱寺元禄楓由緒 元禄楓は元禄年間高稱寺火災に罹り 時の住職僧空尊
百方淨財を募り善男善女の喜捨により再建の擧を遂ぐるや 楓樹一株を植江(え)て曰く
吾志の成るを記すと後未?幾飄然去て其終る所を知らず 後住僧弘譽其栽ゆる所の
楓樹を名つけて元禄楓と云ふ 爾後年所を經るに從ひ枝葉益々繁茂して
蔽ふ所數畝に及ぶ 陽春の嫩芽(どんが) 夏時の*綠蔭(緑蔭) 霜秋の紅葉共に
韻致掬すべく雅俗來り遊ぶもの少なからず 世に呼て百疊敷紅葉と稱ふるもの是なり。」とある

文中「僧」の字は旧字体の*僧

開創は寺伝によると文永年間(1264-1274年)

文章に添えられた写真によると、元禄楓は本堂の向かって右前に
植えられていたようである。元禄楓は既に枯死している。




境内の東に四国八十八ヶ所霊場お砂踏み修行場がある




宝篋印塔(向かって右)

奉為高祖弘法大師一千百遠忌法樂塔(同左)

「昭和十乙亥年(1935年)六月建之 」

『南無大師遍照金剛』




大師堂

扁額「金剛」

弘法大師坐像が安置されている

『南無大師遍照金剛』




身替り地蔵尊

『おん かかかび さんまえい そわか』

大師堂の後ろにある





大師堂の前




薬師如来坐像

「土州 三十四番 種間寺」

笠岡新四国34番種間寺 (薬師) <高称寺の境内>
 本尾山 朱雀院 種間寺 [もとおざん しゅじゃくいん たねまじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「世の中に 蒔ける五穀の 種間寺 深き如来の 大悲なりけり」

https://goo.gl/maps/74kEfFyUuzn





牛爲供養塔(地蔵菩薩立像?)

「 牛爲供養塔 施主 石田文右エ門」




高称寺の西にある瑠璃光苑(薬師堂)

『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』

https://goo.gl/maps/XVz5XaEtXRL2





高称寺の石段を下りて右折し、西へ42m上った所から車道を外れて右上に7m上る




明治23年(1890年)建立、昭和43年(1968年)12月再建




薬師如来立像

「三十◯◯ 清◯◯ ◯◯」

笠岡新四国35番清滝寺 (薬師) <田平>
 醫王山 鏡池院 清滝寺 [いおうざん きょうちいん きよたきじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「澄む水を 汲むは心の 清瀧寺 波の花散る 岩の羽衣」

https://goo.gl/maps/sSPH237jEHm





35番札所前から車道を西へ105m進み、丁字路を右折して北へ100m進む。
ここからY字路をさらに北へ226m進む。

https://goo.gl/maps/BJN1UFS7aRJ2





丁字路を左(西へ)進み、大之平口まで680m上る

https://goo.gl/maps/yyATbXFuXa32





大之平口で車道から外れて右上の山道を北東へ50m上る

https://goo.gl/maps/hQtAX1VJTYt











不動明王座像

銘文は判読困難

笠岡新四国36番青龍寺 (波切不動) <大之平>
 独鈷山 伊舎那院 青龍寺 [どっこざん いしゃないん しょうりゅうじ]
 『のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや
 うんたらた かんまん』
 「わずかなる 泉に住める 青龍は 仏法守護の 誓いとぞ聞く」

https://goo.gl/maps/Jy1bzBYZW2L2





36番札所からさらに北東へ20m上った所







阿弥陀如来坐像

「三十七番」

笠岡新四国37番岩本寺 (不動・聖・阿弥陀・薬師・地蔵) <大之平>
 藤井山 五智院 岩本寺 [ふじいさん ごちいん いわもとじ]
 『のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや
 うんたらた かんまん』
 『おん あろりきゃ そわか』
 『あん あみりた ていせい から うん』
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 『おん かかかび さんまえい そわか』
 「六つのちり 五つの社 あらわして ふかき仁井田(にいだ)の 神のたのしみ」

https://goo.gl/maps/DABQQCvnvYo

大之平から来た道を下って丁字路まで戻り、左折して池の横を北へ762m進み、




大之平から来た道を下って丁字路まで戻り、左折して池の横を北へ762m進む。
池の北の土手の下で右折し、山際の車道を南東へ440m進む。

https://goo.gl/maps/hnAmAVfR7ZN2




石鳥居

「*六社(六社)大權現」「平成十年(1998年)六月吉日」

六社大権現前の十字路で右折し、参道を北西へ30m上る

https://goo.gl/maps/uTeHAYHYnuJ2





大師堂

昭和43年(1968年)12月建立




千手観世音菩薩立像

笠岡新四国38番金剛福寺 (三面千手観世音) <田平の六社大権現前>
 蹉跎山 補陀洛院 金剛福寺 [さださん ふだらくいん こんごうふくじ]
 『おん ばざら たらま きりく』
 「ふだらくや ここは岬の 舟のさお とるもすつるも 法(のり)のさだ山」

https://goo.gl/maps/X1RkG3VXXn62





田平の六社大権現

鳥居、唐獅子、燈籠は明治43年(1910年)に箱田山神社に移設。
拝殿内に奉納絵馬あり。

「ふるさと よしだの史跡(p.5)」を参照




手水鉢

拝殿の向かって右前にある。天保5年(1834年)9月。

https://goo.gl/maps/8qGUtfo2qhy








行者堂

https://goo.gl/maps/kucUzQaeFGz











護摩堂稲荷

行者堂前の丁字路を左折し、細道を南へ90m進み、丁字路を右折。

龍王さんへの参道を北へ上る。





龍王山の山頂(標高134m)





龍王さん

「ふるさと よしだの史跡(p.8)」を参照

https://goo.gl/maps/Hg31VMxw8Zy





展望は正面(南方向)のみ



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