【笠岡新四国八十八ヶ所霊場の画像集.7(田頭・追分)】

(旧笠岡西国・旧笠岡坂東・旧笠岡秩父観音霊場等を含む)




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笠岡中央病院の北の交差点から相生墓苑への車道を北へ520m上る





下田頭の荒神社

詳細は「おや こんなところにこんなものが(p.104)」を参照

https://goo.gl/maps/yshwsUHmnw32

疫神社の下、相生墓苑への車道から外れて脇道を20m程下った所にある





注連柱

「奉」「献」「大正二年十二月吉日」

自然石の燈籠には銘文なし




 

下田頭の疫神社

つかわしめ像1対が社殿内に安置されている

詳細は「おや こんなところにこんなものが(pp.101-102)」を参照

https://goo.gl/maps/35HHA7e2J7N2




疫神社前から車道を540m上って南昌院へ

  






光明山 南昌院

高野山真言宗備中霊場第66番

詳細は「おや こんなところにこんなものが(pp.104-106)」を参照

https://goo.gl/maps/dyLxAsqVkPK2

 



本尊は薬師如来

『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』『南無大師遍照金剛』




中国楽寿三十三観音霊場第11番札所

『南無大慈大悲観世音菩薩』





宝篋印塔

 



弘法大師坐像

「法界」

笠岡新四国4番大日寺 (大日) <南昌院>
 黒厳山 遍照院 大日寺 [こくがんざん へんじょういん だいにちじ]
 『おん あびらうんけん ばざら だどばん』
 「眺むれば 月白妙(しろたえ)の 夜半(よは)なれや ただ黒谷に 墨染めの袖」







南昌院本堂の向かって左(西)にある墓地の奥

https://goo.gl/maps/MOrQL





19番の千手観世音菩薩立像

「十九番」

『おん ばざら たらま きりく』

西国観音霊場のものか坂東霊場のものか未確認

旧笠岡西国19番は古城山の麓の雲碩庵(うんせきあん)跡にある





相生墓苑の南西にあるバス停付近

 



竜王山(龍王山)方面への道を上る

 





 

 



八大龍王善神社

陶山氏が建てた笠岡山城跡にある

詳細は「おや こんなところにこんなものが(pp.106-107)」を参照

https://goo.gl/maps/qVg6JxtNyi12





降三世夜叉明王社

八大龍王善神社の向かって右前にある





薬師如来立像(中央)

「十八番」

弘法大師坐像(向かって左)

「十八番」

笠岡新四国18番恩山寺 (弘法大師/薬師)
 母養山 宝樹院 恩山寺 [ぼようざん ほうじゅいん おんざんじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「子を生める その父母(ちちはは)の恩山寺 訪(とぶ)らひがたき ことはあらじな」

八大龍王善神社の前から10m程の南に下った所

https://goo.gl/maps/jQTcz





如意輪観世音菩薩輪王坐像(向かって右)

「七番 岡寺」

旧笠岡西国7番 東光山 岡寺 龍蓋寺 [とうこうざん おかでら りゅうがいじ] (如意輪)
 『おん はんどま しんだ まに じんば ら そわか』
 「けさ見れば 露(つゆ)岡寺の 庭の苔 さながら瑠璃の 光なりけり」





八大龍王善神社の南南西40m





聖観世音菩薩坐像?

「坂東 三十番」

旧笠岡浦坂東30番 平野山 高蔵寺 [へいやさん こうぞうじ] (聖観世音)
 『おん あろりきゃ そわか』
 「はるばると 登りて拝む 高倉や 富士にうつろう あさばなるらん」

https://goo.gl/maps/isBpq





南昌院から車道を北東へ220m下る
 



車道の脇から鉄塔巡視路に入り、180m程上る







鉄塔の前で右折して、北北東へ30m程進む

 








右折して巡視路を外れ、札所への道(獣道のような道)を10m程下る




薬師如来立像(向かって右)

「◯◯ 十七番 ◯◯◯」

台座の側面の銘文は未確認

弘法大師坐像(同左)

笠岡新四国17番井戸寺 (大師/七仏薬師) <田頭の燧岳>
 瑠璃山 真福院 井戸寺 [るりざん しんぷくいん いどじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「面影を うつしてみれば 井戸の水 結べば胸の あかや落ちなん」

https://goo.gl/maps/UNSQrXUwBrm

 



17番札所から鉄塔巡視路に戻り、北へ70m程進んだ所にあるY字路を右へ進む

 


谷沿いの山道を北東へ50m程下る










地蔵菩薩立像(中央)

弘法大師坐像(向かって右)

「十九番 立江寺」

笠岡新四国19番立江寺 (延命地蔵/大師) <田頭の燧岳>
 橋池山 摩尼院 立江寺 [きょうちざん まにいん たつえじ]
 『おん かかかび さんまえい そわか』
 「いつかさて西の住まいのわが立江 弘誓(ぐぜい)の舟に乗りていたらむ」

地蔵菩薩像(同左)

https://goo.gl/maps/e9BiQbX8BhC2

来た道を車道まで戻り、笠岡中央病院の北にある交差点まで下って左折。
旧井笠鉄道の線路跡の道を北北東へ165m進み、丁字路を左折して北へ34m進む。
 

 





下田頭の地蔵堂

詳細は「おや こんなところにこんなものが(p.110)」を参照

https://goo.gl/maps/n1bUKNST8a32




地蔵菩薩像?(厨子内)

『南無地蔵大菩薩』

石仏(向かって右端)

「三崎大明神」

三崎大明神とは三重県桑名市にある桑名神社のこと。本地仏は十一面観世音菩薩。









首なし地蔵

『南無地蔵大菩薩』




廻国供養塔

「*(胎蔵界大日如来の種子「アーンク」) 奉納大乗妙典六十六部日本回國」

「安永七戊戌歳(1778年)四月一日」「願主 笠岡住西町 木村權?四郎」

『おん あびらうんけん ばざら だどばん』

地蔵堂から旧井笠鉄道の線路跡の道に戻り、北北東へ76m進んだ所にある丁字路を右折。
らーめん司の横を通って県道34号線に出る。県道を渡って左折し、北北東へ107m進む。




大久保の変電所の前を通過して県道34号線を北北東へ25m程進んで右折。
料理屋卯ノ花への道を東へ上る。




左折して北へ16m進み。右折して法面の階段を南南東へ20m程上る





加入堂山の観音堂

平成9年(1997年)3月18日に建立

「おや こんなところにこんなものが(pp.124-125)」を参照

https://goo.gl/maps/t2AfC




観世音菩薩菩薩坐像?

「長命寺 三十一番」

旧笠岡西国31番 姨綺耶山 長命寺 [いきやさん ちょうめいじ] (千手・十一面・聖)
 『おん ばざら たらま きりく/おん まか きゃろにきゃ そわか/おん あろりきゃ そわか』
 「八千年(やちとせ)や 柳に長き 命寺(いのちでら) 運ぶ歩みの かざしなるらん」

石香炉

「明治四十二年(1909歳) 五月吉日」

堂内向かって左にある千手観世音菩薩立像(銘文なし)は
旧笠岡秩父あるいは旧笠岡坂東の本尊か?





観音堂(31番札所)の前にあるお堂

看板に「西国六番 壺阪寺 五拾年 願 ◯◯◯◯(願主名)」と記されている

https://goo.gl/maps/nFfFE




石仏は観音像ではなく地蔵菩薩坐像か薬師如来のように見える。
持物は薬壺なのか如意宝珠なのか判断しかねる。台座に銘文なし。

旧笠岡西国6番の千手観世音菩薩立像は玄忠寺の鐘楼の後ろの観音堂内にある。

「神島史誌(pp.219-223)」に、東大戸を起点にして神島八十八ヶ所を巡拝する様を
七五調の歌にした「神島道志る遍」という題の歌が記されている。
その中に「時之坊行かば 追分の 新池遙か 眺むれば 西に高きぞ 石鉄山 東に高きは 鳶の峰
 南に見ゆる 金龍堂」という部分がある。その金龍堂について「大久保変電所の東
二番目の中電鉄柱の南北にまたがる10メートルほど下りたる堀池(井戸)のある辺りらしい。
ここにあった堂宇は、園井池之平にあった建物を縮小した薬師如来堂。当時の建築材料
そのままである。仏像三体も同様」と記されている。

参道を下って県道に戻り、右折して県道を北北東へ144m進む。
十字路を左折して横断歩道を渡り、西南西へ42m進む。
十字路からさらに西南西へ23m上ってつきあたりの丁字路を右折し、
旧道を北北東へ70m進む。




下田頭の観音堂(2013年に解体)

https://goo.gl/maps/Qn8ptMT6FpF2





新築された観音堂(屋根なし)

向かって左に弘法大師坐像




十一面観世音菩薩立像

「十一面観音」「辛天保十二歳(1841年) 丑九月吉日」「願主 ◯◯◯ 胡屋◯◯」

『おん まか きゃろにきゃ そわか』





旧笠岡秩父の観世音菩薩立像?



 

下田頭の観音堂の横





 

地蔵菩薩立像(中央奥)

「二十番 鶴林寺」

弘法大師坐像(向かって左端)

「二十番」

笠岡新四国20番鶴林寺 (大師/地蔵) <下田頭>
 霊鷲山 宝珠院 鶴林寺 [りょうじゅざん ほうじゅいん かくりんじ]
 『おん かかかび さんまえい そわか』
 「しげりつる 鶴の林を しるべにて 大師ぞいます 地蔵帝釈」

https://goo.gl/maps/Qn8ptMT6FpF2


 

向かって右から

牛供養碑a(地蔵菩薩坐像 + 牛2頭)

「明治四十二年(1909年) 八月十日 亡牛菩薩」

万人講供養碑(地蔵菩薩坐像 + 牛)

「◯◯◯ 万人◯」

牛供養碑b(地蔵菩薩坐像 + 牛)

銘文は判読困難

 


下田頭の観音堂から旧道を北東へ215m進んだ所で左折し、細道を西北西へ48m進む

 



上田頭の荒神社の境内にある観音堂





千手観世音菩薩立像

「*(千手観世音菩薩の種子「キリーク」) 十番 三室寺」

旧笠岡西国10番 明星山 三室戸寺 [みょうじょうざん みむろとじ] (千手)
 『おん ばざら たらま きりく』
 「夜もすがら 月を三室戸 わけゆけば 宇治の川瀬に 立つは白波」

https://goo.gl/maps/sevwl





旧笠岡秩父の観世音菩薩立像?

 



上田頭の荒神社

詳細は「おや こんなところにこんなものが(pp.113-115)」を参照

https://goo.gl/maps/CRnxQRA7Dpt





荒神社の横にある正一位岩塚稲荷大明神




下田頭の地神

「地神」

 


云 尼子十勇士の墓碑

荒神社から旧道まで戻り、北へ52m進む




十字路を左折し、車道を西北西へ200m上って広域農道に出る
 






上田頭公会堂前

 


広域農道の向かって左上に観音堂がある




相生トンネルの東口の東約150mの所(竹藪の横)から畑道を北東へ60m程上る。
雑草に覆われて通行困難となっているかもしれない。




観音堂

山の斜面にある畑の横

観音堂の後ろにある道は相生越えの旧道

https://goo.gl/maps/uZbv6pqoenL2




聖観世音菩薩立像?

風化により台座の銘文判読不可

旧笠岡西国11番 深雪山 上醍醐寺 [みゆきやま かみだいごじ] (准胝)
 『のうぼ さったなん さんみゃくさんぼだ くちなん たにやた おん しゃれい しゅれい そんでい そわか』
 「逆縁も もらさで救ふ 願なれば 准胝堂は 頼母しきかな」

向かって右にある聖観世音菩薩立像は旧笠岡坂東11番の本尊
(台座は旧笠岡西国11番 深雪山 上醍醐寺のもの)




如意輪観世音菩薩輪王坐像?

台座「坂東 七番」

旧笠岡坂東7番 金目山 光明寺 [かなめさん こうみょうじ] (聖観世音)
 『おん あろりきゃ そわか』
 「なにごとも 今はかないの 観世音 ニ世安楽と 誰か祈らん」




旧笠岡秩父の観世音菩薩坐像?

墓地の西端から参道を西南西へ25m、南へ13m下る




広域農道の十字路を横断し、南東へ33m下る。
Y字路を右折して西へ110m程上る。





水落の相生トンネル東口手前







旧笠岡西国番外 華頂山 元慶寺 [かちょうざん がんけいじ] (薬師如来)
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「待てといわば いともかしこし花山(はなやま)に しばしと啼(な)かん 鳥の音もがな」

https://goo.gl/maps/8cVDFpgbeR12







旧笠岡秩父の観世音菩薩立像?




千手観世音菩薩坐像

「*(千手観世音菩薩の種子「キリーク」) 十二番 岩間寺」

旧笠岡西国12番 岩間山 正法寺 [いわまざん しょうほうじ] “岩間寺” (千手)
 『おん ばざら たらま きりく』
 「水上(みなかみ)は いづくなるらん 岩間寺(いわまでら) 岸うつ波は 松風の音」

https://goo.gl/maps/8cVDFpgbeR12





聖観世音菩薩立像

「○○ 坂○」

旧笠岡坂東8番 妙法山 星谷寺 [みょうほうさん しょうこくじ] (聖観世音)
 『おん あろりきゃ そわか』
 「障りなす 迷いの雲を 吹き払い 月もろともに 拝む星の谷」




水落の相生トンネル東口の真上




 


如意輪観世音菩薩輪王坐像

「*(如意輪観世音菩薩の種子「キリク」) ◯◯◯ ◯◯◯」

札所番と寺号は地中に埋もれているので判読困難読困難

旧笠岡西国13番 石光山 石山寺 [せっこうざん いしやまでら] (如意輪)
 『おん はんどま しんだ まに じんば ら そわか』
 「後(のち)の世を 願ふ心は かろくとも 仏の誓ひ おもき石山」

https://goo.gl/maps/JsJVQ




千手観世音菩薩坐像

「九番 坂東」

坂東9番 都幾山 慈光寺 [ときさん しこうし/じこうじ] (十一面千手千眼)
 『おん ばざら たらま きりく』
 「聞くからに 大悲大慈の 慈光寺 誓いも共に 深き岩殿」




旧笠岡秩父の観世音菩薩立像?

東へ50m、南西へ100m程上る




水落の竹藪の中




お堂は昭和51年(1976年)6月に建立されたもの




如意輪観世音菩薩輪王坐像

「*(如意輪観世音菩薩の種子「キリク」)十四番 三井寺」

旧笠岡西国14番 長等山 園城寺 [ながらさん おんじょうじ] “三井寺” (如意輪)
 『おん はんどま しんだ まに じんば ら そわか』
 「いで入るや 波間の月は 三井寺(みいでら)の 鐘のひびきに あくる湖」

https://goo.gl/maps/VQObm




如意輪観世音菩薩輪王坐像

「十番 坂東」

旧笠岡坂東10番 巌殿山 正法寺 [いわどのさん しょうほうじ] (千手)
 『おん ばざら たらま きりく』
 「後の世の 道を比企見の 観世音 この世を共に たすけたまえや」

坂東10番の本尊は千手観世音菩薩




旧笠岡秩父の観世音菩薩立像?

水落から田頭の旧道の十字路まで戻り、左折して旧道を北東へ261m進み、県道に出る




藤花苑(4月下旬)

藤花苑前で県道を渡り、東へ60m進んで左折し、旧井笠鉄道の線路跡の道を北へ414m進む

 



下追分の新池の南端

 


下追分の地神社

https://goo.gl/maps/UJ7Mjt6kRBC2

地神社から井笠鉄道の線路跡の道を北へ171m進んだ所で右折し、
細道を北東へ38m上る。下追分団地の西端から南へ30m進み、
墓地への参道を上る。
 



観音堂

下追分の新池の北にある丘の上の墓地内

観音堂の向かって左にあるのは道通神社の小社




千手観世音菩薩立像

「*(千手観世音菩薩の種子「キリーク」)」

台座の銘文は水鉢があるので確認できない

旧笠岡西国32番 繖山 観音正寺 [きぬがさやま かんのんしょうじ] (千手)
 『おん ばざら たらま きりく』
 「あなとうと 導きたまへ 観音寺(かんおんじ) 遠き国より 運ぶ歩みを」

花立

「三十二番 観音寺」

水鉢

「觀音寺」

https://goo.gl/maps/24U5E

 


千手観世音菩薩坐像

「十二番 坂東」

旧笠岡坂東12番 華林山 慈恩寺 [かりんさん じおんじ] (千手)
 『おん ばざら たらま きりく』
 「慈恩寺へ まいるわが身も たのもしや 浮かぶ夏島を みるにつけても」

 


旧笠岡秩父の観世音菩薩立像?

観音堂の向かって左脇にある

墓地の参道を下って下追分団地内の道を東へ103m進む。
つきあたりの丁字路を右折し、南へ73m進む。




空き地の東端から参道を東へ150m程上る









木野山神社

詳細は「おや こんなところにこんなものが(pp.120-121)」を参照

https://goo.gl/maps/cfFqwLFQ4tK2




拝殿と幣殿

拝殿内に奉納絵馬あり




本殿

向かって右にある石祠は荒神社




春日燈籠1対と自然石の燈籠1対がある

木野山神社から鉄塔巡視路を南東へ150m程上る





鳶ノ子城址(標高145m)から西の眺望

追分、新池、宮崎山(標高208m)と日野山(標高208m 高細山、石鉄山ともいう)

「神島史誌(pp.219-223)」に、東大戸を起点にして神島八十八ヶ所を巡拝する様を
七五調の歌にした「神島道志る遍」という題の歌が記されている。
その中に「時之坊行かば 追分の 新池遙か 眺むれば 西に高きぞ 石鉄山 東に高きは 鳶の峰
 南に見ゆる 金龍堂」という部分がある。

https://goo.gl/maps/CyqXSVsiiS62




北の眺望

小平井。団地がある辺りは時之坊。




北北東の眺望

園井




東の眺望

向かって左に今立、右に広浜、虚空蔵山(標高258m)





南の眺望

正面に加入堂山(206.5m)、向かって右に石鎚山(約190m)




南南西の眺望

笠岡市街、その向かって右に竜王山、奥に笠岡湾干拓地、仙酔島、沼隈半島

井笠鉄道の線路跡の道まで戻り、右折して北へ57m進む。
十字路を左折して西へ47m進み、下追分交差点の横断歩道を西へ渡る。
左折して南へ40m進み、右折して墓地への参道を北北西へ37m上る。




観音堂

下追分交差点の南西にある墓地

https://goo.gl/maps/8EQvY
 



千手観世音菩薩立像(向かって左奥)

「三十番 ◯◯◯」「施主 住吉屋○○」

旧笠岡西国30番 厳金山 宝厳寺 [がんこんざん ほうごんじ] “竹生島” (千手)
 『おん ばざら たらま きりく』
 「月も日も 波間に浮かぶ 竹生島 舟に宝を 積むここちして」

准胝観世音菩薩坐像(同右奥)

「坂東十一番」

台座の側面の銘文は判読困難

旧笠岡坂東11番 岩殿山 安楽寺 [いわどのさん あんらくじ] (聖観世音)
 『おん あろりきゃ そわか』
 「吉見よと 天の岩戸を 押し開き 大慈大悲の 誓いたのもし」

准胝観世音菩薩は旧笠岡西国11番の本尊。
台座は旧笠岡坂東11番 岩殿山 安楽寺のもの。

『のうぼ さったなん さんみゃくさんぼだ くちなん たにやた おん しゃれい しゅれい そんでい そわか』

 



旧笠岡秩父の観世音菩薩立像?




弘法大師坐像?

銘文判読困難


 


地蔵堂




法界地蔵(向かって右)

「文政十一年(1828年) 子八月吉日」

『南無地蔵大菩薩』

弘法大師坐像(同左)

『南無大師遍照金剛』





墓地から下追分交差点に戻り、ガソリンスタンドの前から県道沿いに歩道を北へ100m進む。
Y字路から春日台団地への車道を北へ106m上り、右折して北東へ22m進む。
最初の丁字路を右折して南東へ55m進む。




神功の井

追分団地造成記念碑(昭和四十六年六月完成)のとなりにある

詳細は「おや こんなところにこんなものが(p.122)」を参照

https://goo.gl/maps/igkfEuxwFS52

県道に戻り、歩道を北西へ200m上る。
Y字路から旧道に入り、北北西へ37m進む。


 


追分の地蔵堂

向かって左にあるのはえびす宮

詳細は「おや こんなところにこんなものが(p.123)」、
「笠岡の歴史散見集(p.68)」を参照

https://goo.gl/maps/MavCBeuRKUq

 



法界地蔵

「法誉性徹信士 法界 松誉妙身信女」「六親眷属 七世父母」
「施主 龜川氏一夢」

亀川氏は玄忠寺の楼門の寄進者

石香炉

「追分若?◯◯」「天保十五(1844年)辰◯◯◯」

棟木の墨書

「奉再建?◯◯堂 諸願成就祈」

『南無地蔵大菩薩』

地蔵堂の横から県道沿いの歩道に戻り、北西へ173m上って右折。
横断歩道を渡って歩道を南東へ100m下る。

 



県道34号線から鉄塔巡視路を南南東へ75m上る

https://goo.gl/maps/wMQabyfVYwL2

 



観音堂




十一面観世音菩薩立像

「*(聖観世音菩薩の種子「サ」) 十一面観世音」

「天保◯◯◯(1830-1844年)」「願主 仁科◯◯」

『おん まか きゃろにきゃ そわか』

https://goo.gl/maps/9S32uYx8Bet




観音堂前から鉄塔巡視路を南へ85m上る




巡視路の標識がある所を右折して、西北西へ100m程上る








岩の上に建てられている




弘法大師坐像(向かって右)

「廿二番」

薬師如来坐像?(同左)

「○本尊」

頭は円頂で合掌している。頭光あり。

笠岡新四国22番平等寺 (薬師/大師) <>
 白水山 医王院 平等寺 [はくすいざん いおういん びょうどうじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「平等にへだてのなきと聞くときは あら頼もしき仏とぞみる」

https://goo.gl/maps/o8Ldz4FJczP2

来た道を県道まで戻り、県道沿いの歩道を北西へ126m進む。
Y字路を左(西北西)へ64m上って左折し、駐車場に入る。




追分の金毘羅宮の石燈籠

「安政四(1857年) ◯◯ 奉燈金毘羅宮 ◯◯ 巳九月吉◯」

https://goo.gl/maps/rdxywJGPDUz

駐車場前から西へ77m進んで丁字路を右折し、北へ33m進む。車道を横断して北北西へ
92m進み、丁字路を右折して北へ105m進む。給水塔の前で右折して東へ30m進む。

 
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