【備中吉浜西国三十三所観音霊場 画像集2】
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土手の西(西排水水門の前)
丁字路を左折して南西へ34m進む
石段を北西へ上る
法界地蔵
「法界」「笠岡◯」「昭和七年(1932年)◯◯ 笠岡町 竹本◯◯」
石燈籠
「奉燈」「◯◯◯◯◯◯◯」「明治十四辛巳年(1881年)」「海上安全」
https://goo.gl/maps/BuMTam2VAoT2
生江浜
金浦湾
向かって左の建物は金浦排水機場
土手
土手下道集会所
集会所の後ろに金比羅様が祀られている
万世橋(まんせいばし)

金毘羅様
万世橋の東にある土手下道集会所の裏にある
https://goo.gl/maps/Pxtx9WKR4J62
金浦機械排水竣工記念碑
「昭和二十七年(1952年)六月」
万世橋の北西10mの所
向かって左から8番、10番、11番、12番

十一面観世音菩薩立像
「八ばん はせ寺」
吉浜西国8番 豊山 長谷寺 [ぶさん はせでら] (十一面)
『おん まか きゃろにきゃ そわか』
「いくたびも 参る心は 初瀬寺(はつせでら) 山もちかひも 深き谷川」

千手観世音菩薩立像(向かって右から3番目)
「十ばん みむろ寺」
吉浜西国10番 明星山 三室戸寺 [みょうじょうざん みむろとじ] (千手)
『おん ばざら たらま
きりく』
「夜もすがら 月を三室戸 わけゆけば 宇治の川瀬に 立つは白波」
三面准胝観世音菩薩坐像(同2番目)
「十一ばん かみだいご寺」
吉浜西国11番 深雪山 上醍醐寺 [みゆきやま かみだいごじ] (准胝)
『のうぼ さったなん
さんみゃくさんぼだ くちなん たにやた おん しゃれい しゅれい そんでい そわか』
「逆縁も もらさで救ふ 願なれば 准胝堂は 頼母しきかな」
千手観世音菩薩立像(向かって右端)
「十二ばん いはま寺」
吉浜西国12番 岩間山 正法寺 [いわまざん しょうほうじ]
“岩間寺” (千手)
『おん ばざら たらま きりく』
「水上(みなかみ)は いづくなるらん 岩間寺(いわまでら) 岸うつ波は
松風の音」
https://goo.gl/maps/1yjm48DoxKK2福山往来を北西へ231m進んで左折
興業校趾
明治5年(1872)設立
詳細は「孫たちに語りつぎたい金浦(p.24)」を参照
「御登極記念
小田郡誌(p.61 大正13年)」 に「一、小學教育 沿革
現在の金浦尋常高等小學校は明治十一年(1878年)九月の創設に係り、爾來學制の改革と共に
其の編成を異にし、或は上等下等の二種とし、或は初等・中等・高等科の三種とし、
或は尋常高等科の二種としたり。 明治十一年興業校・至誠校・黄明校を合併して
吉濱小學を置く。(以下略)」とある
https://goo.gl/maps/kgbgmH1yymM2
北西へ62m進む
恵比寿神社
字 吉濱平にある。祭神は事代主命。
https://goo.gl/maps/y41PfVdpVDn
恵比寿神社の前にある岩
「享保十七壬子天(1732年)此道成就」
「此道」とは濱街道(福山往来)のこと。「下道」ともいう。
灯明台(火袋)?
油皿を置き、和紙を貼った窓枠で蓋をする構造か

西浜の行者山の重ね岩の側面にも同じような穴が穿たれている
https://goo.gl/maps/vpa7PUDVUqQ2

如意輪観世音菩薩輪王坐像
「十三ばん いし山寺」「施主 西江富治郎」
吉浜西国13番 石光山 石山寺 [せっこうざん いしやまでら] (如意輪)
『おん
はんどま しんだ まに じんば ら そわか』
「後(のち)の世を 願ふ心は かろくとも 仏の誓ひ おもき石山」
恵比寿神社の前(東)
https://goo.gl/maps/yG3EFBJa66z


寶性地蔵菩薩立像(向かって左)
「昭和十四年(1939年) ◯◯◯◯◯」
無縁仏供養のために建立されることが多い
延命地蔵菩薩立像(同左)
『南無地蔵大菩薩』『おん かかかび さんまえい そわか』

十一面観世音菩薩立像
「十五ばん いまくまの」「施主 ◯◯◯◯」
吉浜西国15番 新那智山 観音寺 [しんなちさん かんのんじ] “今熊野観音寺” (十一面)
『おん まか きゃろにきゃ そわか』
「昔より 立つともしらぬ 今熊野(いまぐまの) 仏の誓ひ あらたなりけり」
恵比寿神社の横(南)
https://goo.gl/maps/qFQFTfG556o


如意輪観世音菩薩輪王坐像
「十四ばん かん◯ん寺」「施主 岡原初恵」
吉浜西国14番 長等山 園城寺 [ながらさん おんじょうじ] “三井寺” (如意輪)
『おん はんどま しんだ まに じんば ら そわか』
「いで入るや 波間の月は 三井寺(みいでら)の 鐘のひびきに あくる湖」
恵比寿神社の上(南)
https://goo.gl/maps/dqDPDMPDfFB2
福山往来に下り、西へ145m進む

荒馬稲荷神社
「御登極記念 小田郡誌(p.62)」に「一〇.荒馬稲荷神社 大字吉濱宮の前の鎭座にして
勸請は明治の初年なり。無格社、祭日は陰暦三月十日、氏子五十四戸、境内反別三十歩、
建物本社梁行九尺、桁行二間半、社有財産田九畝十三歩、現金◯◯◯◯圓なり。
明治初年(1868年)の頃
松浦竹次郎なるもの京都伏見稲荷の荒馬稲荷を勸請
明治二年本社を建築 たるものなり。丘高く位し神位靈かにして參詣の人多し。」とある

福山往来から左折して細道に入り、南東へ11m進んで左折し、民家の裏にまわる


観音堂


千手観世音菩薩立像
「十六ばん きよみづ寺」「施主 やぶのはな組」千手観世音菩薩立像
「十六ばん きよみづ寺」「施主 やぶのはな組」
吉浜西国16番 音羽山 清水寺 [おとわさん きよみずでら] (千手)
『おん
ばざら たらま きりく』
「松風や 音羽(おとわ)の滝の 清水(きよみず)を むすぶ心は 涼しかるらん」
https://goo.gl/maps/ofu23bSFuZk
福山往来に戻り、 西南西へ107m進む
吉浜の菅原神社の参道入口
⇒吉浜の菅原神社の画像集
出雲大社の参道の石段を中ほどまで上がる
注連柱
「神依人尊」「人依神榮」
観音堂
https://goo.gl/maps/PuUqBVKV6Q12

薬師如来坐像(向かって右)
「日光菩薩 十二神将 一畑藥師如来 日光菩薩 七千夜叉」
一畑薬師(薬師瑠璃光如来)
『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
十一面観世音菩薩立像(中央)
「十七ばん ろくはら寺」
吉浜西国17番 補陀洛山 六波羅蜜寺 [ふだらくさん ろくはらみつじ] (十一面)
『おん まか きゃろにきゃ
そわか』
「重くとも 五つの罪は よもあらじ 六波羅堂(ろくはらどう)へ 参る身なれば」
如意輪観世音菩薩輪王坐像(向かって左)
「十八ばん ろくかく寺」
吉浜西国18番 紫雲山 頂法寺 六角堂 [しうんざん ちょうほうじ ろっかくどう] (如意輪)
『おん はんどま
しんだ まに じんば ら そわか』
「わが思ふ 心のうちは 六つの角 ただ円かれと 祈るなりけり」
福山往来に戻り、左折して西へ46m進み、丁字路から車道を西南西へ130m進む
袖解の籠池の北の土手の下
万人講供養碑(中央)
「万人供養」「願主 小笠原清一? 世話方 舟隠組一同」
牛供養碑(向かって右端)
「大正四年◯◯◯四日 松浦◯◯」

千手観世音菩薩立像
「十九ばん かう堂?」
吉浜西国19番 霊ゆう山 行願寺 革堂 [れいゆうざん ぎょうがんじ こうどう] (千手)
『おん ばざら
たらま きりく』
「花を見て いまは望みも 革堂の 庭の千草も 盛りなるらん」
https://goo.gl/maps/NWs2RnNU14D2
西国19番札所前から東へ20m戻り、右折して籠池の土手道を南西へ100m上る
籠池の西の土手
金毘羅大權現の石燈籠(向かって右端)
「金毘羅大權現」「常夜燈」「講中」「文化四丁卯歳(1807年) 七月吉辰」

千手観世音菩薩立像
「二十ばん よしみね」「施主 袖解組」
吉浜西国20番 西山 善峯寺 [にしやま よしみねでら] (千手)
『おん ばざら たらま
きりく』
「野をもすぎ 山路に向ふ 雨のそら 善峯よりも 晴るる夕立」
https://goo.gl/maps/FnLyrCsBToE2

聖観世音菩薩立像
「◯ばん ◯のほ寺」
吉浜西国21番 菩提山 穴太寺 [ぼだいさん あなおうじ(「or あのうじ」)] (聖観世音)
『おん あろりきゃ そわか』
「かかる世に 生(むま)れあふ身の あな憂(う)やと 思はで頼め 十声一声(とこえひとこえ)」
https://goo.gl/maps/6ikJABkeMiE2
観音堂前から土手の細道を北西へ30m下って福山往来に戻り、左折して南西へ52m進む
袖解(そでとき)の大師堂
https://goo.gl/maps/g7D3Dh7mokG2
籠池の西の福山往来沿いにある
大師堂前から福山往来を西へ131m進む
延命地蔵尊(宝暦十一年=1761年)
『おん かかかび さんまえい そわか』
向かって左にあるのは奉納大乗妙典六十六部日本廻国供養塔
https://goo.gl/maps/1EdpNxeJyGo
延命地蔵尊前から福山往来を西へ34m進む
大宜踏切のお地蔵様(東)
「爲通行安全 供養」「大冝村 ◯◯ 昭和二年(1927年)一月建◯」
『おん かかかび さんまえい
そわか』
死亡事故が多発したため建立された
https://goo.gl/maps/NFPReJEDtTA2
大宜踏切のお地蔵様(西)
「三界萬霊」「福山通運新和会 昭和三十三年(1958年)三月二十一日」
三界萬霊供養とは有縁・無縁の隔てなくすべての精霊を供養すること
『おん かかかび さんまえい そわか』
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