【備中吉浜西国三十三所観音霊場 画像集3】



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大宜踏切を渡って西へ37m進む



懸樋(金属製)

https://goo.gl/maps/eQ63izGiwx32

橋を渡って西へ61m進む




丁字路を右折して北へ88m進む




民家の横の小さな十字路を左折し、墓地への参道を西へ72m上って左折




墓地の参道脇にある小さな溜池の東




「廿ニばん そうぢじ」「施主 佐藤◯◯◯」

吉浜西国22番 補陀洛山 総持寺 [ふだらくさん そうじじ] (千手)
 『おん ばざら たらま きりく』
 「おしなべて おいもわかきも 総持寺の 仏の誓ひ 頼まぬはなし」

https://goo.gl/maps/B2226gmZz4F2

墓地の参道を南へ56m上り、墓地の東端の十字路を左折




参道を東へ50m上る




供養塔(地蔵菩薩坐像)

「奉供養六十六部 天下泰平 国土安全 願主 定心」
「天明五乙巳天(1785年)」「◯月◯日」

廻国行者の供養塔

https://goo.gl/maps/kntatRGFRa72

北村家の墓地の東端へ進む




菅沼斐雄記念碑(歌碑)

「苗代 山さとの 垣根の小田の なはしろは 懸樋の水を まかせてそせく

 平成五年(1993年)八月吉日 施主 ◯◯ ◯◯◯◯」

 菅沼斐雄(すがぬまあやお)氏は吉浜生まれの歌人(1786-1834年)。号は芦渚、桔梗舎。
吉浜の十二頭のひとつである新庄屋の北村次賢近氏の長男。

「笠岡市史 第二巻(pp.539-540)」、「よしはま物語(pp.114-116)」を参照。

https://goo.gl/maps/5AdYUsLXghH2




歌碑の後ろからの展望

正面に用之江川、大宜踏切、山陽本線




墓地の参道を下りて左折し、北へ39m進む。
広域農道の十字路を渡って北へ25m進み右折。
北東へ242m進む。













千手観世音菩薩立像

「廿三ばん かつを寺」「施主 神原利◯◯郎」

吉浜西国23番 応頂山 勝尾寺 [おうちょうざん かつおうじ] (千手)
 『おん ばざら たらま きりく』
 「重くとも 罪にはのりの 勝尾寺(かちおでら) 仏を頼む 身こそやすけれ」

https://goo.gl/maps/98yo5iUMEVH2

23番札所の東にある丁字路を左折し、北北東へ41m進む。




丁字路を右折し、東北東へ105m進む







橋を渡り、北北東へ67m進む




有田川







字 銀山





千手観世音菩薩立像

「廿◯ばん ◯◯◯寺」「施主 枝廣◯◯」

吉浜西国25番 御嶽山 清水寺 [みたけさん きよみずでら] (千手)
 『おん ばざら たらま きりく』
 「あはれみや 普(あまね)き門(かど)の 品々に なにをかなみの ここに清水」

https://goo.gl/maps/mwNqakzD7kB2

25番札所前の丁字路を左折し、西北西へ112m進む




石州往来(石州街道銀の道の笠岡道)










十一面観世音菩薩立像

「廿◯ばん ◯◯◯寺」「施主 松◯◯◯」

吉浜西国24番 紫雲山 中山寺 [しうんざん なかやまでら] (十一面)
 『おん まか きゃろにきゃ そわか』
 「野をもすぎ 里をもゆきて 中山の 寺へ参るは 後の世のため」

https://goo.gl/maps/DRZjGZNrxJv

東へ196m進む




銀山集会所の前を通過




広域農道を東へ247m進む




丸大醤油の煙突(向かって左)

笠岡市の醤油醸造については「笠岡市史 第三巻(pp.648-658)」を参照




金浦中入口バス停




西の堂(大堂)

「明治廿八(1895年)歳次乙未 五月再建之」

昭和初年頃まで茶接待が行われていたという

「よしはま物語(p.113)」、「語り継ぐ金浦(p.36)」、「民俗資料選集39 pp.34-37」を参照

https://goo.gl/maps/kWNwo






大堂の後ろにある観音堂

「昭和三十一年(1956年)二月 觀音堂再建 大堂屋根修◯」

大堂の屋根修理は平成元年(1989年)にも行われている




聖観世音菩薩立像

「廿六ばん ほつけ」「施主 枝木善造」

吉浜西国26番 法華山 一乗寺 [ほっけさん いちじょうじ] (聖観世音)
 『おん あろりきゃ そわか』
 「春は花 夏は橘(たちばな) 秋は菊 いつも妙なる 法(のり)の華山(はなやま)」




十一面観世音菩薩坐像

「鎌倉 四番 長谷寺」

坂東4番 海光山 長谷寺 [かいこうざん はせでら] (十一面)
『おん まか きゃろにきゃ そわか』
「長谷寺へ まいりて沖を ながむれば 由比のみぎわに たつは白波」




西の堂の横にある牛供養碑群




文殊菩薩坐像(向かって右)

「文殊菩薩」「法界」「明治四十一年(1908年) 戊申四月吉日」「施主 西北組?」

吉浜西国観音霊場開創の年に建てられている

西国番外 天橋山 智恩寺(切戸文殊) [てんきょうざん ちおんじ(きれどのもんじゅ)] (文殊)
 『おん あらはしゃ のう』
 「久世の戸や 松の葉越しに 沖みれば いつもたえせぬ あまのつりぶね」

https://goo.gl/maps/PKRezo19XJx




牛供養碑a(地蔵菩薩 + 牛)




牛供養碑b(地蔵菩薩 + 親子牛)

「供養」




牛供養碑c(地蔵菩薩 + 牛)





山陽本線有田踏切の南にある五角柱地神

「天照大神」「倉稲魂命」「大己貴命」「少彦名命」「埴山姫命(=埴安姫命)」(北東正面 時計回り)

埴安姫命(はにやすひめのみこと)ではなく埴山姫命(はにやまひめのみこと)

https://goo.gl/maps/GfoEBPjFCKN2

西の堂の前から新池の南の土手道を北東へ120m進む




新池

明治22年(1889年)竣工




2017年現在、新池の蓮は消滅している




新池の東にある五角柱地神

「天照皇大神」「倉稲魂命」「大己貴命」「少名彦命(少彦名命)」「埴安姫命」(南東正面 時計回り)

https://goo.gl/maps/3bbxyhqffZw




新池の土手の細道を北へ107m進む







如意輪観世音菩薩輪王坐像

「廿七ばん しよしや山寺」「施主 ◯◯◯◯ ◯◯◯◯◯」

吉浜西国27番 書寫山 圓教寺 [しょしゃざん えんぎょうじ] (如意輪)
 『おん はんどま しんだ まに じんば ら そわか』
 「はるばると のぼれば書写の 山おろし 松のひびきも 御法(みのり)なるらん」

https://goo.gl/maps/HJSsKTfp2jk




27番札所前から細道を北へ68m進む




丁字路に出たら右折







三面馬頭観世音菩薩坐像

「廿九ばん まつ◯◯◯」「施主 ◯◯◯◯」

吉浜西国29番 青葉山 松尾寺 [あおばさん まつのおでら] (馬頭)
 『おん あみりとう どはんば うんぱった そわか』
 「そのかみは 幾世(いくよ)経ぬらん 便りをば 千歳をここに 松の尾の寺」

https://goo.gl/maps/jRRZ1fiMY3Q2




29番札所から北へ270m上る










丁字路を右折して橋を渡る







聖観世音菩薩立像

「廿八ばん な◯あ◯」「施主 三宅光大郎」

吉浜西国28番 成相山 成相寺 [なりあいさん なりあいじ] (聖観世音)
 『おん あろりきゃ そわか』
 「波の音 松のひびきも 成相の 風ふきわたす 天(あま)の橋立」

https://goo.gl/maps/r8pnQgDpLNs




28番札所前から山際の細道(墓地への参道)を南へ165m下る













千手観世音菩薩坐像

「丗一ばん ちようめい寺」「施主 増成治三郎」

吉浜西国31番 姨綺耶山 長命寺 [いきやさん ちょうめいじ] (千手・十一面・聖)
 『おん ばざら たらま きりく/おん まか きゃろにきゃ そわか/おん あろりきゃ そわか』
 「八千年(やちとせ)や 柳に長き 命寺(いのちでら) 運ぶ歩みの かざしなるらん」

https://goo.gl/maps/D16EEHWSYuC2




31番札所前から南東へ250m下って車道に出る
















車道に出たら左折して東南東へ527m進む




五角柱地神

「天照大神」「倉稲魂命」「大己貴命」「少彦名命」「埴山姫命」(南正面時計回り)

https://goo.gl/maps/5prvTiL8fyw

東へ123m進み、慈恩寺前の丁字路を右折して南へ236m進む。
広域農道横断して左折し、東へ56m進む。




箱島

稲荷神社への参道を西へ上る







箱島の稲荷神社

https://goo.gl/maps/7KvwQ84rAtP2













千手観世音菩薩立像?

「三十ばん ちくぶしま」

吉浜西国30番 厳金山 宝厳寺 [がんこんざん ほうごんじ] “竹生島” (千手)
 『おん ばざら たらま きりく』
 「月も日も 波間に浮かぶ 竹生島 舟に宝を 積むここちして」

宝厳寺は琵琶湖の竹生島(ちくぶしま)にある

慈恩寺前の丁字路に戻る




慈恩寺の参道を北へ51m進む




慈恩寺

「御登極記念 小田郡誌(p.62) 大正13年」に「三、慈恩寺 大字吉濱にあり。
淨土眞宗本願寺派に属し、本尊阿彌陀如來を安置す。此の寺は天保年間火災にかゝり
一物も残さず焼失す。後安政六年に至り備後國芦品郡新市村靈嚴寺諦呑之次男
諦觀氏住職となり、本堂を再建し、それより圓明・大巖氏を經て今日に及ぶ。
現在檀家なし」とある

南無阿弥陀仏

番外 定額山 善光寺 [じょうがくさん ぜんこうじ] (一光三尊阿弥陀如来像)
 『おん あみりた ていせい からうん』
 「身はここに 心は信濃の 善光寺 導き給まへ 弥陀の浄土へ」




扁額

「禮佛而退」

「仏を礼して退けり」。「妙法蓮華経 方便品第二」の中の偈。







慈恩寺の境内の東










地蔵菩薩坐像

「*(地蔵菩薩の種子「カ」) 講中」

『南無地蔵大菩薩』『おん かかかび さんまえい そわか』




千手観世音菩薩立像?

「丗二ばん ◯◯◯ん寺」「◯◯◯◯ ◯◯◯◯」

吉浜西国32番 繖山 観音正寺 [きぬがさやま かんのんしょうじ] (千手)
 『おん ばざら たらま きりく』
 「あなとうと 導きたまへ 観音寺(かんおんじ) 遠き国より 運ぶ歩みを」

https://goo.gl/maps/tgbVpPfXxRp




十一面観世音菩薩坐像

「丗三ばん たにぐみ寺」「施主 ◯◯◯◯」

吉浜西国33番 谷汲山 華厳寺 [たにぐみさん けごんじ] (十一面)
 『おん まか きゃろにきゃ そわか』
 「万世(よろずよ)の 願ひをここに 納めおく 水は苔より 出(いづ)る谷汲」
 「世を照らす 仏の験(しる)し ありければ まだ灯(ともしび)も 消えぬなりけり」
 「今までは 親と頼みし 笈摺(おいずる)を 脱(ぬぎ)て納むる 美濃(みの)の谷汲」

https://goo.gl/maps/xNQUJ6b3XS12




吉濱西国三拾三ヶ所紀念碑

「吉濱西国 三拾三ヶ所紀念碑」「周旋人 谷組総代有志者」
「明治四拾壱年(1908年)五月建立 發起人 河相傳治郎 石工 石井千代吉」

石井千代吉氏は吉浜の菅原神社にある附眼鏡橋碑も手がけている


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