【三成四国八十八ヶ所霊場 画像集8】


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車の場合は圀勝寺の駐車場の入り口から林道を上る








 




徒歩の場合は18番札所への参道(捧澤寺参道)入口に戻る




捧澤寺参道の丁石地蔵(一丁=約109.09m)

https://goo.gl/maps/Y4GJy2nkXMC2




丁石地蔵(二丁=約218.18m)

https://goo.gl/maps/nURsWavJzom




https://goo.gl/maps/GA2qU541TAy




丁石地蔵(五丁=約545.45m)

https://goo.gl/maps/f5Z94wFFrmB2




水路を渡る




右折して圀勝寺からの参道(林道)を上る




若宮様御崎様への分岐

https://goo.gl/maps/g8keuxAiE3n





https://goo.gl/maps/DhAnmwaTPRr




分岐




丁石地蔵(七丁=約763.63m/?丁)

https://goo.gl/maps/RXD6d1zdD772










牛神様

https://goo.gl/maps/eriHra17fM12


 



















丁石地蔵(十一丁=約1199.99m)

https://goo.gl/maps/zkAfQ6NAyMp













丁石地蔵(十二丁=約1309.08m)

https://goo.gl/maps/puocFNocYTS2













丁石地蔵(十三丁=約1418.17m)

https://goo.gl/maps/FyocHxGVa9k







塵無池の南




塵無池竣工記念碑

「矢掛町長 山野通彦書」

弁財天の碑

『おん そら そばていえい そわか』

https://goo.gl/maps/MSgcHGL4uNt







塵無池







丁石地蔵(十五丁=約1636.35m)

https://goo.gl/maps/yp5GDw8WiYL2




車両が通行可能なのはここまで。これより先、仁王門前まで(約500m)は
徒歩、もしくは自転車を押して通る。







丁石地蔵(十六丁=約1745.44m)

https://goo.gl/maps/RGSDcUgWKJB2







ここから10m程の道は常時ぬかるんでいる

https://goo.gl/maps/41HHLq1WUUA2




丁石地蔵(十七丁=約1854.53m)

https://goo.gl/maps/Wj8hBbp6Qaq




砂防指定地の石柱













丁石地蔵(十八丁=約1963.62m)




阿弥陀如来立像(向かって右)

「七十八はん(番) みた(弥陀) そうちやう寺(道場寺) 後月郡 ◯◯◯」

弘法大師坐像(中央)

「◯◯八はん」

三成四国78番郷照寺 (大師/阿弥陀) <鷲峯山 ねぢれ松南>
 仏光山 広徳院 郷照寺 [ぶっこうざん こうとくいん ごうしょうじ]
 『おん あみりた ていせい からうん』
 「踊り跳ね 念仏唱う 道場寺 拍子を揃え 鐘を打つなり」

https://goo.gl/maps/mz924ZavNMJ2










向かって右の道を上った所に卵塔場がある

https://goo.gl/maps/iHMgkjxJDTz










捧澤寺の仁王門前




丁石地蔵(廿丁=約2181.8m)

https://goo.gl/maps/m3xhPw4o46w







聖観世音菩薩立像(向かって左)

「八十五番 觀音」

弘法大師坐像(同右)

「八十五番 やくり寺」

三成四国85番八栗寺 (聖観世音) <鷲峯山 仁王門前>
 五剣山 観自在院 八栗寺 [ごけんざん かんじざいいん やくりじ]
 『おん あろりきゃ そわか』
 「煩悩を 胸の智火にて 八栗をば 修行者ならで 誰か知るべし」

https://goo.gl/maps/JrwYiyXXQ5Q2

仁王門前から南へ50m進む





南参道と東参道(赤矢印)

矢掛町東三成藤の棚からの参道(南参道)、真備町妹大武からの参道(東参道)
総社市新本庭木からの参道(北参道)、矢掛町東三成市場からの参道(西参道)がある

https://goo.gl/maps/Q2m518nfvZfeWC6u7




東参道沿いにも丁石地蔵が点在している




東参道の起点

琴弾橋の北、国道486号線の丁字路から北西へ95m、北へ25m進んだ所




捧澤寺への道しるべ

「從是北鷲峯山道山門江二十五町(約2727.25m)」
「きた志(し)ゆふうせんみちこれより二十五丁」

https://goo.gl/maps/3xhrqKiGwEt1wZ8T7


仁王門前に戻る




仁王門







門内に仁王像(町指定重要文化財)なし。岡山県立博物館で展示管理されている。

「矢掛のお寺巡礼(p.54)」を参照







仁王門から北へ140m進む




右折して石段を東へ10m上る




阿育王塔(矢掛町重要文化財)

「阿育王塔」「施主 淺野源兵衛忠明」
「本*州(備州)實成邑(実成村)居士淺
 野忠明捐貲造此 
*塔*摹倣(模倣)阿育王塔
其塔見在江州蒲生
 郡石塔寺即八萬四
 千之一也*𫝆(今)*視(視)*
*髙濶(高濶)六分減二制置
 相*狀(状)寫本様* 
 明和五年(1768年)戊子三月
 甲辰(旧3月16日=4月21日)成焉
鷲峰山捧澤寺二十
 四*世法惠 誌
 石工片山光重 鐫」




*世


近江國蒲生郡の阿育王山石塔寺(滋賀県東近江市)にある
阿育王塔(国指定重要文化財。阿育王が全世界に建立した八万四千基の
仏舎利塔のひとつと云われている。)を模倣した石造三重層塔。
石塔寺にある阿育王塔の6分の4の大きさ。

『南無釈迦牟尼佛』『のうまく さんまんだ ぼだなん ばく』

https://goo.gl/maps/D5NJah1qpMo







「*(金剛界大日如来の種子 バーンク)爲自他法界七世四恩也 法印増親立之」

阿育王塔の後ろにある。
七世四恩とは七代にわたる四恩のこと。
四恩とは父母の恩・国王の恩・衆生の恩・三宝(仏・法・僧)の恩。





阿育王塔の向かって右にある石仏群




千手観世音菩薩坐像(向かって右)

「八嶋寺 八十四番 千手觀音」
「◯◯村 内?田氏 ◯◯ 幸?之助 ◯吉 ◯◯ ◯◯」

三成四国84番屋島寺 (十一面千手観世音) <鷲峯山 塔ノ段>
 南面山 千光院 屋島寺 [なんめんざん せんこういん やしまじ]
 『おん ばざら たらま きりく』
 「梓弓 屋島の宮に 詣でつつ 祈りをかけて 勇むもののふ」




十一面観世音菩薩坐像?(中央)

「施主 江良村 七拾九番 崇徳天王◯」

弘法大師坐像(向かって左)

「七十九番 ◯◯◯◯」「横谷村 ◯◯◯ 仁八 ◯◯」

三成四国79番天皇寺高照院 (十一面観世音) <鷲峯山 塔ノ段>
 金華山 高照院 天皇寺 [きんかざん こうしょういん てんのうじ]
 『おん まか きゃろにきゃ そわか』
 「十楽の 浮き世の中を 訪(たず)ぬべし 天皇さえも さすらいぞある」

阿育王塔の前から北へ38m進む




石門前で左折


 

道から西へ約15m進む。藪漕ぎすることになるのでそれなりの服装で。
見通しがきかないので周囲をよく観察しながらゆっくり進む




椿の根本にある




十一面千手観世音菩薩立像(向かって右)

「国分寺 千手 ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ 竹本◯◯ ◯◯◯◯」

弘法大師坐像(同左)

「八十番」

三成四国80番国分寺 (大師/十一面千手観世音) <鷲峯山 照寂院跡>
 白牛山 千手院 國分寺 [はくぎゅうざん せんじゅいん こくぶんじ]
 『おん ばざら たらま きりく』
 「国を分け 野山をしのぎ 寺々に 詣れる人を 助けましませ」

https://goo.gl/maps/yngG97ezeuz




捧澤寺石門




町指定重要文化財

矢掛町教育委員会の解説には一箇所誤記がある(誦→喝)




石門正面の銘

「阿遮弌睨業壽風定 多隷三喝𣟒明𣴫涸」

「遮」の字はれっか(*灬)の部分が火の字。
「壽」の字は画像を参照。壽の異字体と思われるが該当漢字未確認。

「阿遮(不動明王)一睨すれば業寿の風定まり、
多隷(降三世明王)三喝すれば無明の波涸れぬ」

出典は空海の著作「秘密曼荼羅十住心論」の略本である「秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)」





石門背面の銘

「連禍鎮防」「高基願満」




鷲峯山捧澤寺中之院(矢掛町鷲峰山中腹)

本尊は聖観世音菩薩と聖天尊。真言宗御室派。

『おん あろりきゃ そわか』
『おん きりく ぎゃくうん そわか』
『南無大師遍照金剛』

備中国(小田郡・後月郡・浅口郡)三十三所観世音菩薩霊場 旧第26番札所

御詠歌「秋はまた 夕ぎりわけて わしの峯 のぼれば晴るる 寺の月かげ」

「在田軒道貞(吉岡信元)著作全集(p.146)」に「二十六番 同郡同所(小田郡実成村)
 鷲峰山捧澤寺 本尊聖観音 たけ三尺(約90.909cm)ばかり 弘法大師一刀三呪の作 秘仏なり
 開基は聖徳太子 中高は覚義上人 大檀那毛利元清の再興なり 十五石を知る 真言宗仁和寺派
是より舟木山(※27番 舟木山洞松寺)へ三十丁(約3327.245m)」とある


「御登極記念 小田郡誌(p.148 大正13年)」に「五、捧澤寺 眞言宗にして末寺三十五寺あり。
東三成民家を隔つること二十町餘なる鷲峯山中にあり。古義眞言宗御室仁和寺末の
古刹なり。中本寺格にして、鷲峯山と号す。本尊は聖觀音 弘法大師一刀三呪之靈佛なり。
寺域一千零三十八坪。堂宇は本堂以下五棟ありて、規模頗る壯麗を極め、
庭園には櫻樹の古木ありて、古刹の由來を語れるが如く、捧澤寺の蓮花は
脱俗の趣あり。北嶺には老松蓊鬱として、實に優雅を極む。尚寺寶として秘藏せるものゝ内、
現今國寶となれるものは左の如し。絹本著色愛染明王像 二幅 絹本四所明神像 一幅
 絹本著色地藏菩薩像 一幅 絹本著色五大尊像 一幅 鷲峯山捧澤寺とは一山の
惣寺号なり 昔は八坊甍を列し 本坊を中院と稱し 照寂坊・禪光坊・戒善坊・寶幢坊
・東光坊・寂靜坊・*敎泉坊(教泉坊)の七坊を寺家坊と稱し、孰れも後寺なり。
年を經るに從ひ、是等は次第に衰滅し、維新前までは照寂坊・寶幢坊
・東光坊・寂靜坊の名跡存在せるも到底經續の目途なきを以て廢名す。此の四坊の内、
照寂坊は檀家あり、近年に至り呉妹村照寂院之なり。中院は院名を以て維新まで通稱せるも、
明治初年の頃より寺號を以て公稱となす。往時の書類に何れも中院とある異名の義は
即ち此の理由に由りてなり。(附)傅説によれば*聖德(聖徳)太子の開基し給ふ所にして、
弘法大師修繕の巖崛なりと。」とある

蓊鬱(おううつ): 草木がさかんにしげるさま

本堂(五間四面)は 1957年3月の山火事により全焼。
ありし日の本堂の写真が「小田郡誌 上巻(p.32)」、
「御登極記念 小田郡誌(p.148 大正13年)」に掲載されている。

詳細は「矢掛町史(pp.967-969)」、「小田郡誌 上巻(pp.31-32)」、
吉備郡史 巻上(pp.946-961 昭和12年)」を参照

https://goo.gl/maps/oRPsUEbKcbo




庫裡




石燈籠

「常夜燈」「天保十四癸卯歳(1843年) 吉祥日建之」
「施主 *尾﨑(尾崎)村」「◯◯◯◯◯◯」




お堂(護摩堂?)

堂内には解体された護摩壇があるのみ。改修前は瓦葺屋根だった。




お堂の向かって左


 

法界地蔵

「法界」「享和三年(1803年)癸亥 十月造立之 願主行円」

『おん かかかび さんまえい そわか』




千手観世音菩薩坐像(向かって左)

「雲邊寺」
「六十六番」「矢掛村」「江木儀助 同 龍助 同 四郎衛門」

弘法大師坐像(同右)

「◯◯◯◯ ◯○ 享和元(1801年)辛酉 六月吉日」
「施◯◯◯村 江木○◯○○ 同 ◯◯◯◯ 同 ◯◯◯◯」

三成四国66番雲辺寺 (千手観世音/大師) <鷲峯山 捧沢寺境内>
 巨鼇山 千手院 雲辺寺 [きょごうざん せんじゅいん うんぺんじ]
 『おん ばざら たらま きりく』
 「はるばると 雲のほとりの 寺に来て 月日を今は ふもとにぞみる」

https://goo.gl/maps/jwevQ2mA8BN2





お堂の横のY字路から磨崖仏街道を北へ30m程上る。
向かって左の道は車道(小型車限定)。




祇園社(祇園牛頭天王宮)跡

祇園社は捧澤寺の鎮守。二間四面の建物だったらしい。


石燈籠b(向かって右)

「燈籠一基」
「施主東三成邑 森脇◯◯◯◯法名◯◯◯◯
 元文二丁巳?天(1737年)七月八日長逝」


石燈籠c(同左)

「奉獻燈籠」「為般若臺」「遍照法界」「度普衆生」



丁巳?




宝篋印塔(町指定重要文化財)

塔身の正面に*阿閦(あしゅく)如来の種子(ウン)、向かって右に不空成就如来の種子(アク)、
左に宝生如来の種子(タラク)、背面に阿弥陀如来の種子(キリーク)が刻まれている

https://goo.gl/maps/AKP8QfwHXoy







弘法大師坐像(宝篋印塔の北東4m)

「八十三番 一宮 ◯◯◯ ◯三良」

三成四国83番一宮寺 (聖観世音) <鷲峯山 祇園社庭>
 神毫山 大宝院 一宮寺 [しんごうざん たいほういん いちのみやじ]
 『おん あろりきゃ そわか』
 「讃岐一 宮の御前に 仰ぎ来て 神の心を 誰かしら言ふ」

https://goo.gl/maps/MTtqi3wx2WQ2

83番札所から北へ70m程上って左折




金比羅屋敷の石垣




82番札所はヒノキの根本にある




千手観世音菩薩立像

「八十二番 千手 根?ころ寺」

三成四国82番根香寺 (千手観世音) <鷲峯山 金比羅屋敷>
 青峰山 千手院 根香寺 [あおみねざん せんじゅいん ねごろじ]
 『おん ばざら たらま きりく』
 「宵の間の たえふるしもの 消えぬれば あとこそ鐘の 勤行の声」

https://goo.gl/maps/ZAxvEqr5vrL2








82番札所前にある手水鉢

「當村土井 世話人多賀亀松 金二百疋 同 順◯」「奉獻」
「天保十四卯年(1843年) 七月◯◯」

金200疋=金2分。金4分=金1両。天保14年は本堂が再建された年

磨崖仏街道をさらに北へ120m程上る



















千手観世音菩薩坐像

「白峯寺」「八十一番 矢掛村 高草定兵衛」

三成四国81番白峰寺 (千手観世音) <鷲峯山 毘沙門前>
 綾松山 洞林院 白峯寺 [りょうしょうざん どうりんいん しろみねじ]
 『おん ばざら たらま きりく』
 「霜寒く 露白妙の 寺のうち 御名を唱ふる 法の声々」

https://goo.gl/maps/qrA48R36spm




毘沙門天浮彫(磨崖仏)

『おん べい しらまんだや そわか』

銘文(毘沙門天立像の向かって右)

「施主◯◯小田郡東實成村淺野又三郎珍治◯同◯
 ◯◯謹彫造◯                .
 毘沙門天三尊像願休斯徳佛日長明法輪恒轉國泰
◯◯◯◯◯者現増福◯◯當證菩提云     .
安永丁酉歳八?月捧澤寺住持◯院法印◯◯譜」

「南無阿弥陀佛」「石工 片山新助光忠」

安永丁酉歳=安永六年=1777年

毘沙門天三尊像は中央に毘沙門天、両脇に吉祥天と善膩師童子が持する

https://goo.gl/maps/4dQjajth3sj





町指定重要文化財




弘法大師坐像(磨崖仏の足元)

「◯◯◯◯◯◯」

『南無大師遍照金剛』

弘法大師御詠歌第一番「ありがたや 高野の山の岩かげに 大師はいまだ おわしますなる」



  

磨崖仏街道を南へ約2km下る




右折して北西へ62m進み、堀大師の88番札所にお参りして結願







三成四国88番大窪寺 (薬師/大師) <東三成 藤ノ棚 堀大師堂>
 医王山 遍照光院 大窪寺 [いおうざん へんじょうこういん おおくぼじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「なむ薬師 諸病なかれと 願いつつ 詣れる人は 大窪の寺」



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