【茂平四国八十八ヶ所霊場 画像集3(銅山)】




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銅山の観音堂

本尊は千手観世音菩薩立像

『おん ばざら たらま きりく』

「御登極記念 小田郡誌(p.68 大正13年)」に「觀音堂 大字茂平銅山 千手觀世音菩薩
 境内一〇〇(坪) 文久元年(1861年)七月再建存置許可同前(明治十一年七月十二日)」とある




観音堂の向かって右にある29番、9番、64番

https://goo.gl/maps/kEE9SnCSMrK2




大師堂

お堂の向かって左前にある台座には「廿九番 土州 国分寺」と刻まれている

茂平四国29番国分寺 (千手千眼観自在/大師) <銅山の千手観音堂の横>
 摩尼山 宝蔵院 国分寺 [まにざん ほうぞういん こくぶんじ]
 『おん ばざら たらま きりく』
 「国を分け 宝をつみて たつ寺の 末の世までの 利益(りやく)のこせり」




大師堂の棟込(むなごみ)飾り瓦には牡丹の花(幸福・富貴の象徴)が、
 中央の1枚には牡丹ではなく財福祈願の巾着袋がデザインされている

小さなお堂に棟込瓦を使用するのは珍しい




釈迦如来坐像

「九番 阿州法輪寺」

茂平四国9番法輪寺 (涅槃釈迦/大師) <銅山の千手観音堂の横>
 正覚山 菩提院 法輪寺 [しょうかくざん ぼだいいん ほうりんじ]
 『のうまく さんまんだ ぼだなん ばく』
 「大乗の 誹謗(ひぼう)も科(とが)も ひるがえし 転法輪の 縁とこそきけ」







阿弥陀如来立像

「六十四番 いよ前神寺」

茂平四国64番前神寺 (大師/阿弥陀) <銅山の千手観音堂の横>
 石鈇山 金色院 前神寺 [いしづちざん こんじきいん まえがみじ]
 『おん あみりた ていせい からうん』
 「前は神 うしろは仏 極楽の よろずの罪を くだくいしづち」




観音堂の向かって右にある87番、28番

https://goo.gl/maps/JuuiCSwGbhu




聖観世音立像

「八十七番 さぬきながを寺」

茂平四国87番長尾寺 (大師/聖観世音) <銅山の千手観音堂の横>
 補陀洛山 観音院 長尾寺 [ふだらくさん かんおんいん ながおじ]
 『おん あろりきゃ そわか』
 「あしびきの 山鳥の尾の 長尾寺 秋の夜すがら 御名を唱えよ」




大日如如来坐像

「とさ 廿八番大日寺」 

茂平四国28番大日寺 (大日) <銅山の千手観音堂の横>
 法界山 高照院 大日寺 [ほうかいざん こうしょういん だいにちじ]
 『おん ばざら だどばん』
 「露霜と 罪を照らせる 大日寺 などか歩みを はこばざらまし」




六地蔵の後ろに88番、20番、19番

https://goo.gl/maps/12sYqsswfLp










薬師如来坐像

「八十八番 さぬき大くぼ寺」

 茂平四国88番大窪寺 (薬師/大師) <銅山の千手観音堂の横>
 医王山 遍照光院 大窪寺 [いおうざん へんじょうこういん おおくぼじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「なむ薬師 諸病なかれと 願いつつ 詣れる人は 大窪の寺」







地蔵菩薩立像

「廿番 阿◯鶴林寺」

茂平四国20番鶴林寺 (地蔵/大師) <銅山の千手観音堂の横>
 霊鷲山 宝珠院 鶴林寺 [りょうじゅざん ほうじゅいん かくりんじ]
 『おん かかかび さんまえい そわか』
 「しげりつる 鶴の林を しるべにて 大師ぞいます 地蔵帝釈」







地蔵菩薩坐像

「十九番 阿ハ立江寺」

茂平四国19番立江寺 (延命地蔵/大師) <銅山の千手観音堂の横>
 橋池山 摩尼院 立江寺 [きょうちざん まにいん たつえじ]
 『おん かかかび さんまえい そわか』
 「いつかさて西の住まいのわが立江 弘誓(ぐぜい)の舟に乗りていたらむ」

観音堂前から車道を西へ37m進み、丁字路からさらに西へ南西へ50m進む







戎神社

社殿は天保9年(1838年)に建立、平成3年(1991年)に修復。

「御登極記念 小田郡誌(p.68) 大正13年」に「*戎神社(戎神社) 字 銅山にある。
祭神は事代主命にして勸請年月不詳、明治十年十月の再建、明治六年十二月
屬社に列せらる。境内は本殿一棟 祭日は六月十八日なり。」とある

https://goo.gl/maps/tY7avpVkY8m

丁字路を右折し、北西へ23m進む




石燈籠

「正八幡宮」「世話人 大坂 丹波屋善助」「當村氏子中」

「天明四甲辰年(1784年)八月吉日」

社稷碑

「社稷」

西ノ谷と銅山を結ぶこの道は茂平の第2次干拓の堤防跡(新土手)。

道の東側が第2次干拓、西側が吉原干拓(1811年の3次干拓)。

「笠岡市史 第二巻(pp.489-490)」を参照。

https://goo.gl/maps/c1PDn2hapLk

丁字路に戻り、車道を南へ185m進み、左折して東へ31m進む




茂平八幡神社

法面工事はほぼ完了(2017年3月)




いちじくの里 茂平




銅山の荒神社前

向かって右の旧堤防の端にあるのは22番札所







石段の途中にある踊り場の少し下







聖観世音菩薩坐像

「十六番 阿ハ觀音寺」

茂平四国16番観音寺 (千手観世音/大師) <銅山の荒神社の石段の途中>
 光耀山 千手院 観音寺 [こうようざん せんじゅいん かんのんじ]
 『おん ばざら たらま きりく』
 「忘れずも 導き給え 観音寺 西方(さいほう)世界 弥陀(みだ)の浄土へ」

https://goo.gl/maps/tC7R4bvsh8k













前列向かって右が21番、左が25番




虚空蔵菩薩坐像

「廿一番 阿◯太龍寺」

茂平四国21番太龍寺 (大師/虚空蔵) <銅山の荒神社の石段の踊り場の横>
 舎心山 常住院 太龍寺 [しゃしんざん じょうじゅういん たいりゅうじ]
 『のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん ありきゃ まりぼり そわか』
 「太龍の 常に住むぞや げに岩屋 捨心聞持(しゃしんもんじ)は 守護のためなり」




地蔵菩薩坐像

「廿五番 土佐津寺」

茂平四国25番津照寺 (揖取地蔵) <銅山の荒神社の石段の踊り場の横>
 宝珠山 真言院 津照寺 [ほうしゅざん しんごんいん しんしょうじ]
 『おん かかかび さんまえい そわか』
 「法(のり)の船 入るか出ずるか この津寺(つでら) 迷うわが身を 乗せて給えや」




後列向かって左から31番、33番、35番、26番




弘法大師坐像(向かって左)

薬師如来坐像?(同右)

「廿六番 土佐西寺」

茂平四国26番金剛頂寺 (薬師) <銅山の荒神社の石段の踊り場の横>
 龍頭山 光明院 金剛頂寺 [りゅうずざん こうみょういん こんごうちょうじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「往生に望みをかくる極楽は 月のかたむく西寺の空」




東160mの所に26番の大師像がある

https://goo.gl/maps/AEEHZXDFuQn




薬師如来坐像

「三十五番 土佐きよたき寺」

茂平四国35番清滝寺 (薬師/大師) <銅山の荒神社の石段の踊り場の横>
 醫王山 鏡池院 清滝寺 [いおうざん きょうちいん きよたきじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「澄む水を 汲むは心の 清瀧寺 波の花散る 岩の羽衣」




薬師如来坐像

「三十三番 土佐高福寺」

茂平四国33番雪蹊寺 (大師/薬師) <銅山の荒神社の石段の踊り場の横>
 高福山 雪蹊寺 [こうふくざん せっけいじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「旅の道 うえしも今は 高福寺 のちのたのしみ 有明の月」




文殊菩薩坐像

「丗一番 土佐五だい山」

茂平四国31番竹林寺 (大師/文殊) <銅山の荒神社の石段の踊り場の横>
 五台山 金色院 竹林寺 [ごだいざん こんじきいん ちくりんじ]
 『おん あらはしゃ のう』
 「南無文殊 三世(みよ)の仏の 母と聞く 我も子なれば 乳(ち)こそほしけれ」




札所群がある所からさらに南へ3m程進んで斜面を2m程下る










千手観世音菩薩立像(向かって右)

「八番 阿波くま谷寺」

弘法大師坐像(同左)

「八番」

茂平四国8番熊谷寺 (大師/千手観世音) <銅山の荒神社の石段の踊り場の横>
 普明山 真光院 熊谷寺 [ふみょうざん しんこういん くまたにじ]
 『おん ばざら たらま きりく』
 「薪(たきぎ)とり 水熊谷の 寺に来て 難行するも 後の世のため」

https://goo.gl/maps/jbe6eaiwr5v

荒神社の参道に戻り、石段を上る










虚空蔵菩薩坐像

「十二番 焼山寺」

茂平四国12番焼山寺 (大師/虚空蔵) <銅山の荒神社の石段の踊り場の上-左>
 摩廬山 正寿院 焼山寺 [まろざん しょうじゅいん しょうさんじ]
 『のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん ありきゃ まりぼり そわか』
 「後の世を おもえば恭敬(くぎょう) 焼山寺 死出や三途の 難所ありとも」




茂平四国15番国分寺 (大師/薬師) <銅山の荒神社の石段の踊り場の上-左>
 薬王山 金色院 國分寺 [やくおうざん こんじきいん こくぶんじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「うすく濃く わけわけ色を 染めぬれば 流転生死(るてんしょうじ)の 秋のもみじ葉」




石段の踊り場の上、向かって右







釈迦如来坐像

「三番 阿◯金せん寺」

茂平四国3番金泉寺 (釈迦三尊) <銅山の荒神社の石段の踊り場の上-右>
 亀光山 釈迦院 金泉寺 [きこうざん しゃかいん こんせんじ]
 『のうまく さんまんだ ぼだなん ばく』
 「極楽の 宝の池を おもえただ こがねの泉 すみたたえたる」




千手観世音菩薩坐像

「十番 阿◯切◯◯」

茂平四国10番切幡寺 (千手観世音) <銅山の荒神社の石段の踊り場の上-右>
 得度山 灌頂院 切幡寺 [とくどざん かんぢょういん きりはたじ]
 『おん ばざら たらま きりく』
 「欲心を ただ一筋に 切幡寺 後の世までの 障りとぞなる」




14番の向かって左。後ろは荒神社の神庫。




十一面観世音菩薩立像

「三十二番 土◯禅師峯寺」

茂平四国32番禅師峰寺 (十一面観世音) <荒神社の倉庫の裏>
 八葉山 求聞持院 禅師峰寺 [はちようざん ぐもんじいん ぜんじぶじ]
 『おん まか きゃろにきゃ そわか』
 「静かなる 我がみなもとの 禅師峰寺 浮かぶ心は 法(のり)の早船」

https://goo.gl/maps/NDGHbZf8L1E2







弥勒菩薩坐像

「十四番 阿波常楽寺」

茂平四国14番常楽寺 (弥勒) <荒神社の倉庫の裏>
 盛寿山 延命院 常楽寺 [せいじゅざん えんめいいん じょうらくじ]
 『おん まい たれいや そわか』
 「常楽の 岸にはいつか 至らまし 弘誓(ぐぜい)の船に 乗りおくれずば」

https://goo.gl/maps/NDGHbZf8L1E2




手水鉢

「慶応三(1867年)丁卯 晩冬◯ 願主堂山 産子中」「獻霊漱」

水溜は宝珠形




銅山の荒神社

笠岡市内の多くの荒神社(特に仏教色が強い三宝荒神社)が明治初期に大歳神社(大年神社)と
改号して廃仏毀釈を回避している(「神島史誌(pp.391-393)」を参照)。

太平洋戦争後、旧号の荒神社に戻している場合もあれば、そのままの場合もある。

「御登極記念 小田郡誌(p.68) 大正13年」に「大年神社 字 銅山にあり。
祭神は大年神御年神 相殿は若年神なり。勸請年月不詳 文政三年(1820年)四月再建し
明治六年(1873年)十二月屬社に列せらる。境内は本殿一棟 祭日は陰暦十月二十八日なり。」とある

https://goo.gl/maps/pnEPQgq6Uu82

石段を下って車道に戻り、左折して東へ26m進む




右折して茂平球技場へ




自然石の燈籠(向かって左)

「大正十三年(1924年)九月建之」

手水鉢(同右)

水溜は宝珠の形

https://goo.gl/maps/RZQiR18Xwnr



注連柱

「衆?合?信仰」「必*㒸(=遂)感應」

「大正六(1917年)丁巳九月吉辰建之」

感応(かんのう): 信心が神仏の霊に通ずること

注連柱の前から南へ7m進み、右折して西へ5m進む







玉垣に囲まれた斎庭に8柱の自然石(八大龍王の御神体)が並んでいる




茂平球技場

銅山海岸(砂浜)だった場所

国土地理院の衛星画像で確認

車道(とんまん土手の道)に戻り、右折して東へ75m進む







社稷碑

https://goo.gl/maps/BoKUhdgbhjn

産業道路を横断し、さらに東へ56m進む




とんまん土手の東端にある十字路

https://goo.gl/maps/AEEHZXDFuQn




牛供養碑(不明の坐像 + 牛)

「大正六年(1917年) ◯◯ ◯◯◯◯」

弘法大師坐像(向かって左)

「廿六番」

茂平四国26番金剛頂寺 (薬師) <銅山の荒神社の石段の踊り場の横>
 龍頭山 光明院 金剛頂寺 [りゅうずざん こうみょういん こんごうちょうじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「往生に望みをかくる極楽は 月のかたむく西寺の空」

本尊は銅山の荒神社の境内(ここから西へ160mの所)にある




26番札所から北へ16m進む




砂川改修記念碑

「砂川改修記念碑 大正十年(1921年)八月 工事着工 仝十二年二月 完了

笠岡町関藤謙治氏寄贈工事費内 茂平耕地整理組合 組合長 松浦亀壽 外 八十七人」

関藤謙治氏(1875-1964年)は元井笠鉄道代表取締役社長。

https://goo.gl/maps/dAxJBj7zsuE2

銅山の荒神社前に戻り、左折して吉原新田堤防に上る




弘法大師坐像(向かって左)

「廿二番」

薬師如来坐像(同右)

「廿二番 阿波平どう寺」

茂平四国22番平等寺 (大師/薬師) <銅山の荒神社の前にある吉原新田堤防の北端>
 白水山 医王院 平等寺 [はくすいざん いおういん びょうどうじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「平等にへだてのなきと聞くときは あら頼もしき仏とぞみる」

https://goo.gl/maps/3Nb5DfgKAZ32




石燈籠

「金刀比羅*神社(神社)」「茂平村中」「明治十二卯(1879年)*旹四月築之」

*旹の字は「山」の下に「二」の字。




茂平護岸工事記念碑

「茂平護岸工事記念碑」

「昭和二十八年(1953年)九月十六日建之

 建立委員長石井◯◯ 議会議員一同」

「城見村長 松浦 ◯」

「城見村議会議長 山本◯◯ 土木常任委員 高田◯◯ 土木常任委員 高田◯◯」

「着工昭和二十四年 竣工昭和二十八年 総工事額壱千萬圓
 銅山海岸補強 防波堤復旧 笘無堤塘補強 干拓堤塘補強 干拓堤塘捨石
砂川水門敷置 排水磯?敷置 防波堤補強 砂川堤塘復旧 國繁堤塘浚渫」

「太田◯◯ 小川◯◯ 城戸◯◯ 坂本◯◯ 仝 ◯◯ 藤原◯◯
 塩出◯◯ 寺田◯◯ 鳥越◯◯ 藤川◯◯ 伏見◯◯ 松浦◯◯ 仝 ◯◯ 仝 ◯◯」

この記念碑が完成した昭和28年に城見村は笠岡市に合併




茂平港跡




茂平港跡から23番札所まで吉原新田堤防の上の道を南南西へ156m進む










纜石(銘なし)








吉原新田堤防から県道3号線へ下る道の脇

「ようこそ! いちじくの里 茂平へ」




弘法大師坐像(向かって左)

「廿三番」

薬師如来坐像(同左)

「廿三番 薬王寺」

茂平四国23番薬王寺 (大師/薬師) <>
 医王山 無量寿院 薬王寺 [いおうざん むりょうじゅいん やくおうじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「みな人の 病みぬる年の 薬王寺 瑠璃の薬を 与えまします」

https://goo.gl/maps/z2EU18JYDn92


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◆用之江にある札所

茂平だけでなく何故か用之江にも札所がある。
石仏の大きさ、書式、風化の程度がほとんど同じ。




縣界の石碑がある平塚の三踏切の東北東56mの所







聖観世音菩薩坐像(向かって左)

「八十五番 さぬき 八くり寺」

弘法大師坐像(同右)

「八十五番」

茂平四国85番八栗寺 (聖観世音/大師) <>
 五剣山 観自在院 八栗寺 [ごけんざん かんじざいいん やくりじ]
 『おん あろりきゃ そわか』
 「煩悩を 胸の智火にて 八栗をば 修行者ならで 誰か知るべし」

https://goo.gl/maps/FBok6a3F9z12




用之江菅原神社の前にある大師堂の中には66番と81番の大師像が、
堂外に本尊の千手観世音菩薩像が安置されている




弘法大師坐像

「白峰寺 八十一番 用之江村」

四国81番白峰寺 (大師/千手観世音)
 綾松山 洞林院 白峯寺 [りょうしょうざん どうりんいん しろみねじ]
 『おん ばざら たらま きりく』
 「霜寒く 露白妙の 寺のうち 御名を唱ふる 法の声々」




弘法大師坐像(刻字なし)




弘法大師坐像

「雲邊寺 六十六番 用之江村」
「村中氏」「◯◯ 三◯ 年」「六月吉日」

四国66番雲辺寺 (大師/千手観世音)
 巨鼇山 千手院 雲辺寺 [きょごうざん せんじゅいん うんぺんじ]
 『おん ばざら たらま きりく』
 「はるばると 雲のほとりの 寺に来て 月日を今は ふもとにぞみる」




千手観世音菩薩立像2体

「千手 觀音」

『おん ばざら たらま きりく』


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◆所在不明の札所

茂平四国11番藤井寺 (薬師) <>
 金剛山 一乗院 藤井寺 [こんごうざん いちじょういん ふじいでら]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「色も香も 無比中道(むひちゅうどう)の 藤井寺 真如の波の たたぬ日もなし」


茂平四国13番大日寺 (十一面観世音) <>
 大栗山 花蔵院 大日寺 [おぐりざん けぞういん だいにちじ]
 『おん まか きゃろにきゃ そわか』
 「阿波の国 一の宮とは ゆうだすき かけて頼めや この世のちの世」


茂平四国17番井戸寺 (七仏薬師) <>
 瑠璃山 真福院 井戸寺 [るりざん しんぷくいん いどじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「面影を うつしてみれば 井戸の水 結べば胸の あかや落ちなん」



茂平四国24番最御崎寺 (虚空蔵) <>
 室戸山 明星院 最御崎寺 [むろとざん みょうじょういん ほつみさきじ]
 『のうぼう あきゃしゃきゃらばや おんありきゃ まりぼり そわか』
 「明星の 出でぬる方の 東寺 くらき迷いは などかあらまじ」


茂平四国27番神峯寺 (十一面観世音) <>
 竹林山 地蔵院 神峯寺 [ちくりんざん じぞういん こうのみねじ]
 『おん まか きゃろにきゃ そわか』
 「みほとけの 恵みの心 神峯(こうのみね) 山も誓いも 高き水音」


茂平四国34番種間寺 (薬師) <>
 本尾山 朱雀院 種間寺 [もとおざん しゅじゃくいん たねまじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「世の中に 蒔ける五穀の 種間寺 深き如来の 大悲なりけり」


茂平四国38番金剛福寺 (三面千手観世音) <>
 蹉跎山 補陀洛院 金剛福寺 [さださん ふだらくいん こんごうふくじ]
 『おん ばざら たらま きりく』
 「ふだらくや ここは岬の 舟のさお とるもすつるも 法(のり)のさだ山」


茂平四国40番観自在寺 (薬師) <>
 平城山 薬師院 観自在寺 [へいじょうざん やくしいん かんじざいじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「心願や 自在の春に 花咲きて 浮世逃れて 住むやけだもの」


茂平四国47番八坂寺 (阿弥陀) <>
 熊野山 妙見院 八坂寺 [くまのざん みょうけんいん やさかじ]
 『おん あみりた ていせい からうん』
 「花を見て 歌読む人は 八坂寺 三仏じょうの 縁とこそ聞け」


茂平四国66番雲辺寺 (千手観世音) <>
 巨鼇山 千手院 雲辺寺 [きょごうざん せんじゅいん うんぺんじ]
 『おん ばざら たらま きりく』
 「はるばると 雲のほとりの 寺に来て 月日を今は ふもとにぞみる」


茂平四国77番道隆寺 (薬師) <>
 桑多山 明王院 道隆寺 [そうたざん みょうおういん どうりゅうじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「願いをば 仏道隆に 入り果てて 菩提の月を 見まくほしさに」


茂平四国83番一宮寺 (聖観世音) <>
 神毫山 大宝院 一宮寺 [しんごうざん たいほういん いちのみやじ]
 『おん あろりきゃ そわか』
 「讃岐一 宮の御前に 仰ぎ来て 神の心を 誰かしら言ふ」


茂平四国86番志度寺 (十一面観世音) <>
 補陀洛山 志度寺 [ふだらくさん しどじ]
 『おん まか きゃろにきゃ そわか』
 「いざさらば 今宵はここに 志度の寺 祈りの声を 耳に触れつつ」



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