【金浦四国八十八ヶ所霊場 画像集4(西ノ山前半)】

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弘法大師坐像(向かって右)

「笠原○○」

薬師如来坐像(同左)

「五十九番 こくぶん寺」

金浦四国59番国分寺 (薬師瑠璃光/大師) <墓原のコンクリート法面>
 金光山 最勝院 国分寺 [こんこうざん さいしょういん こくぶんじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
「守護のため 建ててあがむる 国分寺 いよいよめぐむ 薬師なりけり」

https://goo.gl/maps/FL6ZhE8D1qm




墓原の墓地の東端にある観音堂




堂内向かって左に薬師如来坐像がある

『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』




千手観世音菩薩立像

坂東3番 祇園山 安養院 [きおんさん あんよういん] (千手)
『おん ばざら たらま きりく』
「枯木にも 花咲く誓い 田代寺 世を信綱の 跡ぞ久しき」

2番札所の西100m。金浦の墓原にある観音堂内。

https://goo.gl/maps/87ff2




観音堂の石段の横にある陰陽石神社




弘法大師坐像(向かって右)

「笠岡町 ◯◯◯◯ 周旋人 池田吉◯◯」

千手観世音菩薩立像(同左)

「されえ?さん」「五十八番」

金浦四国58番仙遊寺 (千手観世音/大師)  <墓原の墓地内下>
 作礼山 千光院 仙遊寺 [されいざん せんこういん せんゆうじ]
 『おん ばざら たらま きりく』
 「立ち寄りて 作礼の堂に やすみつつ 六字をとなえ 経を詠むべし」

陰陽石神社の後ろにある


https://goo.gl/maps/RdAKyBUyJts




お題目塔(南無妙法蓮華経)のところから墓地の最上段まで上がる



















弘法大師坐像(向かって左)

十一面観世音菩薩立像(同右)

「六十 二番 一の宮」

金浦四国62番宝寿寺 (十一面観世音) <墓原の墓地内上>
 天養山 観音院 宝寿寺 [てんようざん かんのんいん ほうじゅじ]
 『おん まか きゃろにきゃ そわか』
 「五月雨の あとに出でたる 玉の井は 白坪なるや 一の宮かわ」







弘法大師坐像(向かって左)

「笠岡町 ○野○太郎 周旋人 池田吉○◯」

大日如来坐像(同右)

「六十者゛ん(ばん) 横峰寺」

金浦四国60番横峰寺 (大日/大師) <墓原の墓地内上の61番の斜め上>
 石鈇山 福智院 横峰寺 [いしづちざん ふくちいん よこみねじ]
 『おん あびらうんけん ばざら だどばん』
 「たて横に 峰や山辺に 寺たてて あまねく人を 救うものかな」













弘法大師坐像(向かって左)

「◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯」

大日如来坐像(同右)

「六十一者゛ん(ばん) 香園?寺」

金浦四国61番香園寺 (大日) <墓原の墓地内上の62番の横>
 栴檀山 教王院 香園寺 [せんだんざん きょうおういん こうおんじ]
 『おん あびらうんけん ばざら だどばん』
 「後の世を 思えばまいれ 香園寺 止めて止まらぬ 白滝の水」










妙見山(西ノ山)の南端




石鎚神社

『南無石鎚大権現』『南無神変大菩薩』




不動堂(東向き)

『のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ
そわたや うんたらた かんまん』

https://goo.gl/maps/X4PKMHq6C4z




不動堂の西




不動堂の南




不動堂の南東(満潮時)




不動堂の南東(干潮時)




不動堂前から東へ15m、北北東へ40m下る




光明院の西にある不動堂の参道口

https://goo.gl/maps/mjeGDdnVAWM2

北へ7m進んで右折




井戸と水神様

https://goo.gl/maps/DqSBsx4Khrj

東へ20m進んで千歳橋を渡って左折







纜石

6基ある




久我邸の母屋は1750年頃に、その他は1876年(明治19年)に建築。邸内非公開。




久我邸の西にある土蔵(吉田川沿い)の基礎の石積み




生江浜の金浦公民館付近から見た金浦の連丘の全景がデザインされている

向かって左端から当摩山、吉田川(上に扇型の飾り石)、
行者山(扇型の飾り石を含む)、後山、テンジク山、アンビイ山、高坪山、
大平山、龍王山、ナミ山、ウシ山、セキトウ山、ヂンズウ山、ミ山

https://goo.gl/maps/7cFFPSAK3qM2


不動堂の参道口に戻り、南南西へ40m上る






東の眺望

光明院・新川(吉田川)・旧魚市場、西浜の町並みを貫く山陽本線・住吉神社・金崎連丘

「御登極記念 小田郡誌(p.59 大正13年)」に「二、山脈山岳 本町(※金浦町)には丘陵
起伏して山の著しきもの無く、随つて平野の大なるもの、河川の大なるものなし。
東笠岡町に境して、金崎の連丘を見、西に別れて陶山が岡となり当摩山となる。
北に走れるものは笠岡町と大井村との境にして、海抜六百八十九尺(約208.79m)餘、
本村第一の高峰たる大平山(※宮崎山)を起す。大平山の支脈は大河・木之目・西部落の
境を西南に走りて迎山の連丘となる。 金崎連丘中主なる山は海抜二百九十七尺
(90m)なるミ山、海抜三百六十三尺(110m)なるヂンズウ山、海抜三百六十三尺なる
セキトウ山、海抜四百二十九尺(130m)なるウシ山、海抜五百五十四尺(約167.88m)なるナミ山、
海抜五百九十四尺(180m)なる龍王山、海抜六百八十九尺餘の大平山なり。
陶山が岡の連丘中 主なる山は海抜三百九十六尺(120m)なる高坪山 其他アンビイ山、
テンジク山、後山、及び海抜二百九十尺(約87.88m)餘の行者山、
海抜二百三十一尺(70m)なる當摩山 其他西の山等あり」と記されている

龍王山(竜王山)の標高175m、当摩山の標高は77.9m

※昭和26年以前の文書に記されている地形図や標高データ等は
不正確なものが多いので要注意




北東の眺望

陶山が岡の連丘(陶山城址)

久我邸の上に行者山のヒッタカ設置場所が見えている




南の眺望

西浜港・金崎(ミ山)・金浦橋










生江浜の金浦公民館付近から見た陶山が岡の連丘

行者山(扇型の飾り石を含む)、後山、テンジク山、
アンビイ山、高坪山、大平山(宮崎山)、龍王山

https://goo.gl/maps/S5BxM9sWmnA2




西ノ山(当摩山)と行者山



参道を北北西へ10m程上る




「へんろ道→」の看板がある所で右折し、山道を北へ進む

https://goo.gl/maps/sexULKwtsQy













どこが遍路道の入り口なのかさっぱり判らない状態。とにかく竹藪の中を北へ進む。




尾根道のような所を選んで北へ進んでいく







途中に「へんろ道→」の看板がある




竹が行く手を阻んでもすり抜けながら直進。
見通しがきかないのでGPS端末無しだと厳しい。




棕櫚が生えている所を通り過ぎると西ノ山のヒッタカ設置場に出る



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