【金浦四国八十八ヶ所霊場 画像集1(光明院・行者山)】





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光明院→行者山→八幡宮→中山周辺→金崎山周辺→地藏堂→西ノ山→古新開→新川平→地藏堂



  ◆金浦(西浜)四国八十八ヶ所霊場を巡る際の注意点


距離は6.6kmと短いですが、難易度は高いコースです。
遍路道には笹や竹が行く手を覆い隠していたり遮っている所があります。
お堂の周囲が笹や草に埋れてしまっている所もあります(西ノ山・行者山)。

通行や接近が困難なケースを想定し、茨や笹や雑草等を刈り払うための
道具を持参することをお勧めします。服装も軍手、トレッキングシューズ、
長袖長ズボン等、破れたり汚れたりすることを前提としたものがよいでしょう。


西ノ山の遍路道はルート上の殆どの場所が竹藪の中で、見通しが効きません。
遍路道には笹や竹が生えていて、どこが道なのか非常に判りにくい場所があります。
そしてGPSの電波も届きにくいので精度が落ちます。さらに谷側に下りていくと
衛星の捕捉条件が悪くなって急激に精度が落ちます。標高は最も高いところでも
66m程、不動堂下の入り口から北端の出口(県道)までの距離は約600mの区間ですが、
人通りも全く無く、民家から200m程離れているので叫び声も届きにくい場所です。
迷ったら谷に下るのではなく、来た道を引き返すべきです。
精度が高いGarmin社製GPS端末でトラックログをとりながら進み、
いざという時は軌跡を逆に辿って戻ることができるようにしておくと安心です。

GPS内蔵スマートフォンでも同様のことができますが、専用端末に比べて
精度が落ちる上に、常時GPS機能をONにしておかなければならないので
バッテリーの消費が早くなります。さらに該当地域の地図データをを予めキャッシュ
しておかないと、ネットに繋がらない場所では地図を表示できなくなります。

GPS端末がない場合は赤テープの目印をつけていく方法もあります。
遍路道の途中に2ヶ所、下におりる道がありますが、竹が倒れていたり、
雑草が生い茂っていたりするので県道まで下ることができるとは限りません。
どうか安全第一で事故が無い様に御参りください。




西浜の千歳橋

https://goo.gl/maps/2QUmuMvadx92

橋を渡って左折し、光明院へ




金毘羅神社

『南無金毘羅大権現』




この辺りから金毘羅参りの船が出ていた




光明院の山門

山門の手前に金浦四国2番の石仏がある

石階の親柱

「明治丗四年(1901年) 八月吉辰」




梵鐘

「南無大師遍照金剛」「光明院 光法代 平成十四年(2002年)四月吉日」
「高岡市 鑄物師 老子次右エ門(おいごじえもん)」




宝珠山光明院(高野山真言宗備中霊場第75番)

本尊は大日如来、脇仏は弘法大師。

『おん あびらうんけん ばざら だどばん』
『南無大師遍照金剛』

「御登極記念 小田郡誌(p.62 大正13年)」に「四、遍照庵 大字西濱にあり。
大覺寺派眞言宗にして本尊大日如來并に弘法大師を安置す。元大師堂と稱す。
弘法大師の尊像は元祿年中(1688-1704年)に於て西濱の漁業者山西與兵衛門、
或日同人の網へかゝりしを拜受して、當庵へ安置す、依つて同人の家を
今日に至る迄家号を弘法屋といふ。この庵は元祿九年(1696年)理休法尼堂となり、
それより數人を經て世導に至り、天保七年(1836年)大師堂を遍照庵と改稱す。
後世良智*敎房(教房)を經て現住藤原良導氏に至る。現在檀家無し。」とある

「小田郡誌 下巻(p.490 昭和16年)」に「光明院 西濱
 大覺寺派眞言宗 大日如来 弘法大師 不詳(建立年代) 本堂一〇・五十坪
 境域 四二・九八坪 ナシ(檀家数)」とある


https://goo.gl/maps/Kqeo3kyyQTp




露盤

露盤の正面の格狭間の中央に金剛界大日如来の種子(バン)、その向かって左に
不動明王の種子(カーン)、右に弥勒菩薩(弘法大師)の種子(ユ)、
左側面の格狭間に桐紋(五七桐)、背面の格狭間に卍、右側面の格狭間に菊花紋(十六菊)。




中興大法師良田のお墓

この弥勒菩薩坐像は神島の懺悔庵ある弥勒菩薩坐像に良く似ている。
文政10年(1827年)、塚本良田住職の代に現本堂が建立されている。

 向かって左にあるのは中興開山の藤原良道上人のお墓。

『おん まい たれいや そわか』




観音堂




十一面観世音菩薩立像(向かって左)

坂東2番 海雲山 岩殿寺 [かいうんざん がんでんじ] (十一面)
『おん まか きゃろにきゃ そわか』
「たちよりて 天の岩戸を 押し開き 仏を頼む 身こそたのしき」

観音堂内向かって右にあるのは高王(こうおう)観世音菩薩坐像

『おん あろりきゃ そわか』




釈迦如来坐像(向かって右)

「一ばん」

弘法大師坐像(同左)

金浦四国1番霊山寺 (大師/釈迦)<光明院の境内東
 竺和山 一乗院 霊山寺 [ぢくわざん いちじょういん りょうぜんじ]
 『のうまく さんまんだ ぼだなん ばく』
 「霊山の 釈迦の御前に めぐりきて よろずの罪も 消えうせにけり」

花立

「奉納」「塩飽◯◯ 塚原◯◯」「上杉◯◯ 柗成◯◯」

https://goo.gl/maps/qC9JcMsuVMQ2




宝篋印塔

「宝暦十一辛巳天(1761年)  二月吉辰 願主當山現住 ◯◯法師」

「◯◯◯◯◯ ◯◯◯◯◯◯ 光明真言講中」

宝篋印陀羅尼(基礎に刻まれている梵字)
『のうまく しっちりや じびきゃなん さらば たたぎゃたなん 
おん ぼびばんばだばり ばしゃり ばしゃたい そろ そろ 
だらだら さらばたたぎゃた だどだり はんどま 
ばんばち じゃやばり ぼだり さんまら たたぎゃた 
たらましゃきゃら はらばりたなう ばざら ぼうじまんだ 
りょうぎゃらりょうぎりてい さらばたたぎゃた じしゅちてい 
ぼうだやぼうだや ぼうじぼうじ ぼうじゃぼうじゃ 
さんぼうだに さんぼうだや しゃらしゃらしゃらんと 
さらばばだに さらばはんだびぎゃてい ころころ 
さらばしゅきゃびぎゃてい さるばたたぎゃた きりだや 
ばざらに さんばらさんばら さらばたたぎゃた ぐきや 
だらんじ ぼじり ぼでいそぼでい さらばたたぎゃた 
じしゅちた だどぎゃらべい そわか 
さんまやじしゅちてい そわか さらばたたぎゃた 
きりだや だどぼだり そわか そはらちしゅちたさとべい 
たたぎゃたじしゅちてい ころころ うんうん そわか 
おん さらばたたぎゃた うしゅにしゃ だどぼだらに 
さらばたたぎゃたんさだと びぼしたじしゅちてい うんうん そわか』




光明神咒八百萬遍彌勒眞言九百萬遍満誦行供養之記の石碑

「光明神咒八百萬遍彌勒眞言九百萬遍満誦行供養之記
経曰若有衆生𠙚(処)得聞此大灌頂光眞言二三七遍経耳根者即得除滅一
切罪障云云爰有一善女名波津法名榮壽院慈照妙觀曾聞神咒利益経
文如是従少壯(*少壮)之頃白淨信心崇敬佛陀平日不怠誦此神咒遂満八百萬遍
又願都率往生専念彌勒慈尊誦持眞言亦及九百萬遍終焉之々𥨸告此事
◯今?供養矣嗚呼竒哉善女全依唱咒之功現世安穏*𫔭(開)此◯為之榮華後生
善𠙚(処)結◯無比之妙果何可容◯乎父者大江治右衛門晴重母者長野八良
兵衛廣澄其為人貞順温厚慈周禽獣焉實文化九年丙戌四月廿有五日世
壽百歳正念示滅惜哉今年正當*七囬(七回)諱之追資於是◯卿奉遺嘱説?供養且
記細見於石碑永傳家族云爾        孝子栗家弥?輔◯卿敬建
天保三年(1832年)壬辰夏四月廿五日     安藝?比丘瑞明應需撰書」

「文化九年丙戌」→文政九年(1826年)丙戌。
栗家五左衛門豊幸の娘 波津さんの光明神咒(光明真言)八百萬遍
彌勒眞言九百萬遍満誦行供養の記録が刻まれている。

應需とは求めに応じるという意味

『おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じんばら はらばりたやうん』

『おん まい たれいや そわか』




奉爲本尊界會理趣三昧耶倍増法樂塔(向かって右)

「一切善生主 妙用体無碍」「三界如大王 遍照我頂禮」
「于時(ときに)*𫞃咊(昭和)十一年(1936年)陰暦九月二十一日」

心略漢語が刻まれている

奉為弘法大師一千百年御遠忌法樂塔(中央)

「廻末資(まっし)燐愍之勝計(しょうげ)金剛定水湛龍臥」
「酬正法流傳之本誓鐵塔教風恢烏夘◯◯」
「維時大正九年(1920年) 三月吉祥日 寺格昇及記念 現住中興藤原良道◯◯

光明院は大正9年まで遍照庵と呼ばれていた。西浜村古地図(文久元年=1861年作成)には
「大師堂」と記されている(「笠岡市史 第二巻(裏表紙裏)」)。
当山第10世 藤原良道住職(阿闍梨)の代より宝珠山光明院と改号。


祖祠落成讀誦理趣經一千部塔(向かって左)

*(胎蔵界大日如来の種子「ア」)*(阿しゅく如来の種子「ウン」)  祖祠落成讀誦理趣經一千部」
「*(不空成就如来の種子「アク」) ◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯」
「*(宝生如来の種子「タラーク」) 經營◯◯祖祠◯◯◯◯」
「*(阿弥陀如来の種子「キリーク」) ********* ********* *********(梵字27字)
 文政六(1823年)年? 四月下◯ ◯◯◯◯◯◯◯◯」




山門の前




地蔵菩薩坐像(向かって左端)

「宝永六?(1709年)己?丑天 *(胎蔵界大日如来の種子「アーンク」)蓮覚 六月十三日」

法界地蔵(向かって左から3番目)

「法界」「◯◯◯◯◯ ◯◯◯◯◯ ◯◯◯◯◯◯」

「◯◯◯◯◯ ◯◯◯◯◯ ◯◯◯◯◯◯」

堂内にあるその他の小さな石仏は地蔵菩薩像

『おん かかかび さんまえい そわか』




薬師如来坐像?(向かって右から2番目)

弘法大師坐像?(同4番目)

金浦四国2番極楽寺 (阿弥陀) <光明院の山門脇
 日照山 無量寿院 極楽寺 [にっしょうざん むりょうじゅいん ごくらくじ]
 『おん あみりた ていせい から うん』
 「極楽の 弥陀の浄土へ 行きたくば 南無阿弥陀仏 口癖にせよ」

台座の銘文は判読困難

https://goo.gl/maps/6hjEgnhxL2s




千歳橋西詰にある石燈籠

「常夜燈」「金毘羅大權現」「講中」
「安永七戌天(1778年)四月吉旦」「當村 石工定吉」「◯◯◯◯◯


「世話人 山口屋 重良二 津百?屋 吉六 伏◯屋
 助?二良 小板屋 清藏 岸田屋 庄藏 伏越屋 宗兵衛」

金毘羅講によって建立




県道289号東大戸金浦線

「御登極記念 小田郡誌(p.63)」に「井原街道 大字西濱に於て濱街道より岐れ、
大井村を經て井原町に至る里道にして、本町内里程二十町なり」とある

千歳橋前から吉田川(新川)沿いの県道289号線を北へ142m進む




右折して吉田川1号橋(天神橋/たぬき橋)を渡る

https://goo.gl/maps/o5VScyqUac82




民家の脇にある細道(天神社の参道)を東へ65m進む




石段を東へ10m上る




天神社の石段の踊り場




釈迦如来坐像

「三番 ◯◯◯」

弘法大師坐像

「塚原 ◯◯郎」

金浦四国3番金泉寺 (大師/釈迦三尊) <天神社参道の脇
 亀光山 釈迦院 金泉寺 [きこうざん しゃかいん こんせんじ]
 『のうまく さんまんだ ぼだなん ばく』
 「極楽の 宝の池を おもえただ こがねの泉 すみたたえたる」

https://goo.gl/maps/3dxQzPa1Hf32




大日如来坐像(向かって右)

「四番 大日寺」

弘法大師坐像(同左)

「塚原 ◯七」

金浦四国4番大日寺 (大師/大日) <天神社参道の脇
 黒厳山 遍照院 大日寺 [こくがんざん へんじょういん だいにちじ]
 『おん あびらうんけん ばざら だどばん』
 「眺むれば 月白妙(しろたえ)の 夜半(よは)なれや ただ黒谷に 墨染めの袖」

https://goo.gl/maps/D8JSBpu5Aay


 

参道の脇には桜




天神社(天神宮)

注連柱

「人?徳霊庇」「天神*甼(町) 氏子中 若連中」「(23人の芳名)」

「海?送祥風」「明治廿九年(1896年)六月建之」
「(17人の芳名)」「(發起人10人の芳名)」

玉垣

「大正十年(1921年)六月吉日」「(周旋人6人の芳名)」
「天神宮新築寄附者 (寄附者40人の芳名)」

「(周旋人6人の芳名)」(寄附者44人?の芳名)
「(周旋人6人の芳名)」「(周旋人1人の芳名 + 寄附者3人の芳名)」

https://goo.gl/maps/Vh5HkpCvSrK2


 

自然石の燈籠

「天神町中 明治廿九年(1896年)六月◯」

*植𡬾(植樹)記念碑

何が植樹されたのかは未確認。天神社なので梅かもしれない。

金浦要覧(p.61 昭和11年)」に「行者山の西方岩石多し青蛙の句に
 岩山に 松風はげし ひめ小松 城趾を 尋ぬる梅の 小道かな」と記されている


天神社前から南へ10m進む







稲荷神社

https://goo.gl/maps/tRx5igZSKgy







稲荷神社の横にある大木の根本にもお稲荷様が祀られている。

御神木とされている大木の根本には豊穣の神であるお稲荷様が祀られていることが多い。




大木の前から南へ10m程進み、 丁字路を左折して東へ5m程上る







道通様

「東山 十六番道通神霊」

東山(行者山)に祀られている三十番神(毎日交代で守護する30柱の神々)については未確認。
住吉神社、金毘羅大権現、恵美寿神社、天神社、稲荷神社、荒神社、行者様、妙見宮、七面大明神、
於伎與宮、祇園宮、八幡神社(境内社に地神社、木野山神社、御子神様、若草稲荷、日御崎十二神霊、
牛神様、大峰山蔵王大權現、石鎚大権現社、その他)などが候補。








弘法大師坐像(向かって右)

地蔵菩薩坐像(同左)

「五番 地蔵寺」

金浦四国5番地蔵寺 (地蔵/大師) <天神社の横の祠群の脇
 無尽山 荘厳院 地蔵寺 [むじんざん しょうごいん じぞうじ]
 『おん かかかび さんまえい そわか』
 「六道の 能化(のうげ)の地蔵 大菩薩 導きたまえ この世のちの世」

https://goo.gl/maps/8WsxpbpwKJU2










天神社の桜




妙見山(西ノ山)

真正面の山肌の空き地がヒッタカ設置場所




5番札所の横から岩場に向かって7m程登る。

道らしいものはなく、雑草・雑木が行く手を遮り、どこに次の札所があるのか
下からは判らない。落ち葉がある急斜面を登ることになるので要注意。

行者山なので行者道なのかもしれない




岩と岩の間にあるので判りにくい










弘法大師坐像(向かって左)

薬師如来坐像(同右)

「六番 安樂寺」

金浦四国6番安楽寺 (大師/薬師) <天神社の横の祠群の脇 5番の少し斜め上
 温泉山 瑠璃光院 安楽寺 [おんせんざん るりこういん あんらくじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「かりの世に 知行争う 無益(むやく)なり 安楽国の 守護をのぞめよ」

https://goo.gl/maps/mQyqVkUsaMu




6番札所がある岩よりさらに上。7番札所の周囲も雑木に覆われているので判りにくい。







弘法大師坐像(向かって右)

「◯◯◯ ◯◯◯◯」

阿弥陀如来坐像(同左)

「七番 十樂寺」

金浦四国7番十楽寺 (阿弥陀) <天神社の横の祠群の脇 6番の少し斜め上
 光明山 蓮華院 十楽寺 [こうみょうざん れんげいん じゅうらくじ]
 『おん あみりた ていせい からうん』
 「人間の 八苦を早く 離れなば 至らん方は 九品十楽(くぼんじゅうらく)」

https://goo.gl/maps/goMC3hchkxK2

さらに東に向かって登っていく













大きな岩の前から向かって右上へ進む

























弘法大師坐像(向かって左)

千手観世音菩薩立像?(同右)

「八番 熊谷寺」

金浦四国8番熊谷寺 (大師/千手観世音) <天神社の横の祠群の脇 7番の少し斜め上
 普明山 真光院 熊谷寺 [ふみょうざん しんこういん くまたにじ]
 『おん ばざら たらま きりく』
 「薪(たきぎ)とり 水熊谷の 寺に来て 難行するも 後の世のため」

天衣が舟形光背からはみ出している像は珍しい。

https://goo.gl/maps/Ldw4CYtDCWH2




8番札所の横から東に向かって直登してみる





 





ヒッタカ設置場の下の岩場

11番と12番札所の前に出る。あまり安全なルートとは言えないので
8番札所から来た道を5番札所前まで戻り、迂回ルートをとる。




5番札所前から10m程下って丁字路を左折し、竹藪の中の細道を南へ60m程進む










丁字路を左折して北へ55m程登る




行者山のヒッタカ設置場の前に出る







弘法大師坐像(向かって左)

涅槃釈迦如来像(同右)

「九番 ◯◯ ◯◯ ◯◯」

金浦四国9番法輪寺 (大師/涅槃釈迦) <行者山ヒッタカ設置場の下
 正覚山 菩提院 法輪寺 [しょうかくざん ぼだいいん ほうりんじ]
 『のうまく さんまんだ ぼだなん ばく』
 「大乗の 誹謗(ひぼう)も科(とが)も ひるがえし 転法輪の 縁とこそきけ」

涅槃釈迦如来が寝姿の石仏は珍しい

https://goo.gl/maps/p9waweGLyqT2




弘法大師坐像(向かって左)

「二十九◯◯」

千手観世音菩薩坐像?(同左)

「◯◯ きり はた ◯◯」

金浦四国10番切幡寺 (大師/千手観世音) <行者山ヒッタカ設置場の下
 得度山 灌頂院 切幡寺 [とくどざん かんぢょういん きりはたじ]
 『おん ばざら たらま きりく』
 「欲心を ただ一筋に 切幡寺 後の世までの 障りとぞなる」

https://goo.gl/maps/p9waweGLyqT2







南南東の眺望

向かって左は金崎山

金浦要覧(pp.60 昭和11年)」に「「陶山岡」西濱の北部にあり、羊腸たる經路を
登れば山頂平にして廣潤 今は全く畑と化せるも、元弘(1331-1334年)以後
永正年間(1504-1521年)まで陶山氏の居城たりし西濱城の跡にして 西丸本丸の跡は
定かに見ることを得、殊に西丸行者山には石垣の殘壘今尚存せり、此邊の風光殊に美しく
東に金崎山突兀として聳え、西北は眼下遠く備後の諸峯を望むべく俯して金浦灣を望めば、
矢走の歸船に優る勝景と甍の儼然たる殷賑の市街を寸眸におさめ、山紫水明
風光無比と稱するも敢て過言にあらざるを信ず、此の城は洲山岡城(※原文ママ)とも
稱し備中南部の名城たりしものなり(以下略)」とある

羊腸(ようちょう): 羊の腸の意から、曲がりくねったもののたとえ

突兀(とつこつ): 山・家などが高く突き出てそびえるさま
矢走(やばせ)の帰船: 近江八景のひとつ
殷賑(いんしん): 繁盛していてにぎわしいこと
寸眸(すんぽう): 小さなひとみ




南の眺望(金浦橋、笠岡総合スポーツ公園、笠岡湾干拓地、神島)




南西の眺望(手前は西浜、金浦湾の向こうは生江浜)




西の眺望(向かって左に光明院と山陽本線、右端に西ノ山=妙見山のヒッタカ設置場)




重ね岩

かつて岩の側に2本の大松があった




重ね岩の側面にある穴(長方形)

穴は岩の南西(光明院がある方角)の面に穿たれている

おそらく燈明を入れる穴(火袋)

「ヒッタカ -笠岡市指定無形民族文化財記録保存報告-(p.11)」を参照




吉浜の恵比寿神社の前にある岩

https://goo.gl/maps/y41PfVdpVDn




重ね岩の穴と同じ用途の穴

油皿を入れて和紙を貼った窓枠を取り付ける




甲山八幡神社(井原市西江原町)にある石燈籠の火袋




行者様の祠

昭和五十五年六月建之。 以前は木造の小祠だった。
石祠の中に役行者像が祀られている。

『南無神変大菩薩』

注連柱

「奉」「明治三十四年(1901年)」「納」「旧九月八日」

https://goo.gl/maps/N2PCTjrfsLU2










弘法大師坐像(向かって右)

薬師如来立像(同左)

「十一番 ふじい寺」

金浦四国11番藤井寺 (薬師/大師) <行者山ヒッタカ設置場の西
 金剛山 一乗院 藤井寺 [こんごうざん いちじょういん ふじいでら]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「色も香も 無比中道(むひちゅうどう)の 藤井寺 真如の波の たたぬ日もなし」

https://goo.gl/maps/UUDjgy4Qxbq




弘法大師坐像(向かって右)

虚空蔵菩薩坐像(同左)

「十二番 焼山寺」

金浦四国12番焼山寺 (虚空蔵/大師) <行者山ヒッタカ設置場の西
 摩廬山 正寿院 焼山寺 [まろざん しょうじゅいん しょうさんじ]
 『のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん ありきゃ まりぼり そわか』
 「後の世を おもえば恭敬(くぎょう) 焼山寺 死出や三途の 難所ありとも」

https://goo.gl/maps/UUDjgy4Qxbq

ヒッタカ設置場から北へ43m上る




石垣の遺構?

https://goo.gl/maps/5CA9VMTN6hP2





行者山の頂上付近

陶山城(西浜城)の西丸跡

周囲は雑木に囲まれているため眺望なし

https://goo.gl/maps/kJq4ZCMmcPk



 

ヒッタカ設置場から丁字路まで下り、左折して細道を東へ30m程下る










弘法大師坐像(向かって左)

薬師如来立像(同右)

「十三番 一之宮」

金浦四国13番大日寺 (大師/十一面観世音) <荒神社の脇
 大栗山 花蔵院 大日寺 [おぐりざん けぞういん だいにちじ]
 『おん まか きゃろにきゃ そわか』
 「阿波の国 一の宮とは ゆうだすき かけて頼めや この世のちの世」

https://goo.gl/maps/rA2hty8T9Go




弘法大師坐像(向かって左)

「◯◯◯◯」

弥勒菩薩坐像(同右)

「十四番 ◯◯◯」

金浦四国14番常楽寺 (大師/弥勒) <荒神社の脇
 盛寿山 延命院 常楽寺 [せいじゅざん えんめいいん じょうらくじ]
 『おん まい たれいや そわか』
 「常楽の 岸にはいつか 至らまし 弘誓(ぐぜい)の船に 乗りおくれずば」

https://goo.gl/maps/rA2hty8T9Go










石燈籠

「常夜燈」「文政九丙戌年(1826年)」「九月吉日」
「庄屋 八杉 杢治良」
「◯◯◯ ◯◯◯ ◯◯◯ ◯◯◯ ◯◯◯ ◯◯◯ ◯◯◯ ◯◯◯ ◯◯屋 三○◯」

西濱の庄屋については「小田郡誌 上巻(p.562)」を参照

注連柱

「教人意」「帰?正路」




荒神社

https://goo.gl/maps/5BfkbCj1mpG2




荒神社の向かって右から竹藪の中の細道を北東へ55m進む





 

竹藪を抜け、さらに北東へ35m進むと舗装された細道に出る




右折して東へ29m下る




民家の横の十字路からさらに東へ進む




觀音寺の墓地

妙乗寺第19世日俊上人の徒弟で観音堂の法灯を40年間守った日潮法師のお墓等がある

墓地の前を通って妙見宮と観音堂の境内へ




妙見宮と観音堂

ふたつあわせて妙観堂と呼ばれている。「よしはま物語(p.18)」を参照。

観音堂については「小田郡誌 下巻(p.490)」に「金浦町 西濱 觀音堂 (本山
笠岡妙乘寺 (本尊)觀世音菩薩  (建立時代)弘化元年  本堂一四坪 境内七二坪」と記されている。
弘化元年(甲辰)は1844年。14坪は約46.28平方メートル、72坪は約238平方メートル。陶山山觀音寺跡。

https://goo.gl/maps/6Nt8XKirYMr




妙見宮

お題目塔(向かって左)

「南無妙法蓮華経 日蓮大士」「明治丗九(1906年)丙午◯建之」
「旧一月◯日 施主 ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯」

笠岡市中央町にある大覚山妙乗寺の管理下にある。ちなみに妙乗寺の境内にも妙見宮がある。
妙見菩薩は七面明神と同じく日蓮宗系の寺院で祀られることが多い。大士=大菩薩。

『おん そぢりしゅた そわか(妙見菩薩)』


お題目塔(同右)

「南無妙法蓮華経 日蓮大菩薩」「明治廿五年(1892年)辰十月八日」
「念?願主 ◯◯◯◯ ◯◯◯◯」


石燈籠(向かって左)

「妙見宮」「戸長 久我 源三良」「明治七甲戌歳(1874年)二月吉辰」
「◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯」
「◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯「◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯」
「世話人 ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯」




妙見菩薩坐像(中央)

『南無妙見大菩薩』

加藤清正公坐像(向かって左)

加藤清正公は日蓮宗の信徒




観音堂

石燈籠

「御寶前」「明和四(1767年)丁亥 正月吉日」「施主 ◯本」「石工 定吉」

西浜の千歳橋西詰にある金毘羅大權現の石燈籠(安永7年=1778年)に
「當村 石工定吉」の銘が、金崎にあるお題目塔(安永11年)、
有田の教積院の宝篋印塔(安永7年)に「石工定吉」の銘がある





本尊は聖観世音菩薩

『南無大慈大悲観世音菩薩』




石祠a(向かって左端)

「◯◯明神」

七面大明神の小社(向かって左から2番目)

七面大明神(七面天女)は法華経の守護神

石祠b(同3番目)

水神様?




お題目塔(七面大明神の小社の後ろ

南無妙法蓮華経 日蓮大菩薩」「陶山山觀音寺 中興 妙修◯◯尼」
「文久四甲子歳(1864年)月日 當村信者中 爲繁栄」




境内を出て十字路に戻り、右折して 細道を北へ65m程上る。
つきあたりの丁字路を左折し、西へ15m程上る。





15番札所前の道を西へ上っていくと行者様が
祀られている場所(ヒッタカ設置場)に出る。










弘法大師坐像(向かって左)

「笠岡 ◯◯◯◯」

薬師如来坐像(同右)

「十五番 子くぶん寺」

金浦四国15番国分寺 (薬師) <荒神社の脇道を北東方向へ進んだ所 山の斜面
 薬王山 金色院 國分寺 [やくおうざん こんじきいん こくぶんじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「うすく濃く わけわけ色を 染めぬれば 流転生死(るてんしょうじ)の 秋のもみじ葉」

https://goo.gl/maps/mYVHj1MHSsr





丁字路に戻り、北東(左上)に30m程進む。
人通りがなく、ササが生い茂っているので判りにくい。
ササを刈り払う道具を持っていないと接近困難。

https://goo.gl/maps/YKUSHgdjpXx










弘法大師坐像(向かって右)

「笠岡 ◯◯正雄」

千手観世音菩薩坐像?(同左)

「十六番 觀音寺」

金浦四国16番観音寺 (千手観世音/大師) <荒神社の脇道を北東方向へ進んだ所 山の斜面
 光耀山 千手院 観音寺 [こうようざん せんじゅいん かんのんじ]
 『おん ばざら たらま きりく』
 「忘れずも 導き給え 観音寺 西方(さいほう)世界 弥陀(みだ)の浄土へ」

https://goo.gl/maps/ujccXvw91UQ2

16番札所から東に進んで17番札所へ向かう道は通行困難。
雑草に覆われた畑か道か判らないような所を通らなければならない。


 

16番札所前から東へ15m程下って左折




畑の端に沿って北へ15m程上る


 

右折して東へ20m程進む

https://goo.gl/maps/9ddXWHcTqL92




細道に出たら右折して南に90m程下る
 









弘法大師坐像(向かって左)

薬師如来坐像(同右)

「十七番 井戸寺」

金浦四国17番井戸寺 (大師/七仏薬師) <金浦八幡神社の脇道を100m程上った山際
 瑠璃山 真福院 井戸寺 [るりざん しんぷくいん いどじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「面影を うつしてみれば 井戸の水 結べば胸の あかや落ちなん」

https://goo.gl/maps/LS7EvYfP5Xt

細道を南へ60m程下り、左折して八幡神社の境内に入る



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