【寄島西国三十三所観音霊場の画像集 1】

 
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◆寄島西国三十三所観音霊場の概要

開創は文政9年(1826年)頃(龍城院の境内南西にある33番の石仏の台座の紀年銘)か?
旧大島村四国八十八ヶ所霊場の開創(文政11年=1828年)とほぼ同時期。
寄島西国観音霊場については資料が無いに等しい。「寄島町誌(p.472)」に
「明治維新前後海楽寺の道広忠譲が、近隣の住職と協議の上、南備三十三箇所を
設定したという話が伝わっている。」と記されている。海楽寺は京都醍醐寺の
流れを汲むお寺で、明治初期に廃寺となっている。南備三十三箇所に関する資料も
皆無に等しいが、南備≒浅口群なので浅口西国三十三所観音霊場のことかもしれない。
 
現時点で寄島西国観音霊場の札所と確定しているのは中安倉の観音堂の3番札所のみ。
札所番号がある石仏は以下の7体

3番:中安倉の観音堂内                    .
7番(如意輪):早崎の金刀比羅宮の石鳥居の横。        .
如意輪観世音菩薩輪王坐像2体、
    千手観世音菩薩立像2体が祀られている。
13番(如意輪): 小山西国観音霊場にある大師堂(旧大島村四国12番焼山寺)内
18番(如意輪):片本の荒神社にある旧大島村四国10番切幡寺の小堂内
21番(聖観世音):柴木の清改池の東の十字路           .        
22番(千手):青佐八幡宮の南西の水路の脇           .
24番(十一面):尾焼のいけん堂の横              .
33番(十一面):龍城院の境内の南西              .

東安倉の観音様は未確認

             


天台宗圓珠院別堂 鳴瀧不動

お堂は大正12年(1923年)に建立
「寄島町史(pp.471-472)」を参照

南備四国37番奥之院  <不動ヶ滝 中安倉>

https://goo.gl/maps/oL8FvYpYKiQ2

 


観音堂(向かって右)

 


如意輪観世音菩薩輪王坐像

『おん はんどま しんだ まに じんば ら そわか』




旧観音堂の露盤

格狭間に十二菊

 


後ろの岩場に石仏がある

 


 


如来坐像

「文政七年(1824年) 一番 十一月吉日」

四国第1番霊山寺の石仏だとすると釈迦如来坐像。 
寄島にある新四国霊場は旧大島村四国霊場(文政11年=1828年開創)と
南備四国霊場(明治36年=1903年開創)以外は知られていない。
片本の小山西国観音霊場には八栗寺(四国85番)の聖天坐像(磨崖仏)と
立江寺(四国19番)の地蔵菩薩坐像がある。ただし、この2体の石仏には
札所番号が刻まれていない。昭和時代初期に単立で勧請されたものである可能性が高い。
私見だが、台座は寄島西国1番那智山 青岸渡寺(本尊は如意輪観世音菩薩)の
ものと思われる。手前にある観音堂内の如意輪観世音菩薩輪王坐像が本尊で
台座は祭壇に負荷がかかるため堂外に置かれていたと考えられる。

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中安倉の観音堂

https://goo.gl/maps/vUhUJ

 
 

 


鬼瓦には十三菊に抱き菊の葉、隅巴瓦の瓦当には椿の花、
四隅にある鳥衾には「観(北西)」「音(南東)」
「菩(北東)」「薩(南西)」の字がデザインされている


 

観音堂修繕費寄進者芳名録

日付は昭和56年3月吉日。大師講、石鎚講、淡島様の信者の方々の芳名が記されている。
堂内にある寄附者芳名録には「昭和貳年(1927年)参月吉良日建立」と記されている。

 


堂内中央に祀られている大師講の祭壇

向かって右に淡島様が祀られている祭壇がある

 


薬師如来像(向かって左端)

「藥師◯◯」

南備四国39番延光寺 (薬師) <アクラ 大師堂>
 赤亀山 寺山院 延光寺 [しゃっきざん てらやまいん えんこうじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「南無薬師 諸病悉除(しつじょ)の 願こめて 詣る我が身を 助けましませ」

観世音菩薩立像(左から2番目)

天冠台の上に阿弥陀如来の化仏を戴く

地蔵菩薩坐像?(左から3番目)

左手に数珠のようなものを持ち、蓮華台の上に座っている。

地蔵菩薩立像(左から4番目)

『南無地蔵大菩薩』『おん かかかび さんまえい そわか』


 

「寄島西國第参番 粉川寺」

観世音菩薩立像(左から2番目)は千手観世音菩薩像かもしれない

寄島西国3番 風猛山 粉河寺 [ふうもうざん こかわでら] (千手)
 『おん ばざら たらま きりく』
 「父母(ちちはは)の 恵みも深き 粉河寺 ほとけの誓ひ 頼母(たのも)しの身や」


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 国頭(くにとう)の恵比寿宮の横にある石仏群

https://goo.gl/maps/Y8sVA


 




石燈籠

「金毘羅大權現常夜燈」「享和三(1803年)癸亥七月建之」「當浦中」

 


恵美須宮

「恵美須大神」
 






地蔵菩薩立像a

『南無地蔵大菩薩』『おん かかかび さんまえい そわか』

 


地蔵菩薩坐像b

「明治三十二年(1899年)」「◯◯ 市井 東 ◯一郎」



 
牛供養碑(大日如来坐像? + 牛)

「◯◯四十年 ◯◯原五郎」

 


地蔵菩薩坐像c

 


千手観世音菩薩立像

『おん ばざら たらま きりく』

 


地蔵菩薩立像?

 


法界地蔵

「法界 明治四十年(1907年)九月建立 *㔺話人(世話人)「竹本藤三◯ 三宅友◯
 中濱藤◯ 三宅半◯ 中濱富◯ ◯藤房太郎 三宅幸四郎 三宅代助 村上彦左ヱ門」

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国頭の幸神社

https://goo.gl/maps/BuXcAC5B4gF2

 


観音堂の千手観世音菩薩坐像

『おん ばざら たらま きりく』

https://goo.gl/maps/bkbJX

 


観音堂の南の墓地からの眺望

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早崎地区

 


金刀比羅宮前

石鳥居a

「金刀比羅宮」「奉」「寄進者 村上◯◯◯」

「献」「昭和七年(1932年)十月建之」

https://goo.gl/maps/JwOAi



 

石鳥居の向かって左後方

 


観音堂
 


地蔵菩薩立像?

 


日切地藏尊の石碑

『南無地蔵大菩薩』『おん かかかび さんまえい そわか』

 


不動明王立像

『のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ
そわたや うんたらた かんまん』


 

如意輪観世音菩薩輪王坐像a

「七番」
西国7番 東光山 岡寺 龍蓋寺 [とうこうざん おかでら りゅうがいじ] (如意輪)
 『おん はんどま しんだ まに じんば ら そわか』
 「けさ見れば 露(つゆ)岡寺の 庭の苔 さながら瑠璃の 光なりけり」

 


千手観世音菩薩立像a

『おん ばざら たらま きりく』

台座なし

 


千手観世音菩薩立像b

台座なし

 


如意輪観世音菩薩輪王坐像b

『おん はんどま しんだ まに じんば ら そわか』

台座なし。西国観音の石仏群の元あった場所については未確認。

石段を上る




石燈籠a(向かって右)

「献燈」「昭和七年 十月吉日建之」
「大阪市◯区◯町 ◯◯商會 ◯◯◯◯ 妻 ◯」

石燈籠b(同左)

「金毘羅大權現」「万延元庚申年(1860年)」







 

自然石の燈籠

「金毘羅大權現」







注連柱

「齋」「十月建之」
「庭」「昭和七年 寄附者 頃末◯◯◯」










木野山神社

金刀比羅神社の向かって右にある

https://goo.gl/maps/HBMZa2oXhm52









手水鉢

「世話人 新屋百八 ◯◯屋友?吉 藏本屋◯吉
奉寄進 宮通若連中」




石鳥居b

「金刀比羅神社」「嘉永七寅年(1854年)十月吉日」
「東◯ 本?新屋宗右エ門 同 ◯◯◯*菊 ◯◯ 西屋伸?二」




金刀比羅神社

https://goo.gl/maps/xe7V8LvwKW42





石段を下って車道に戻る




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