【嫁いらず観音院】
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「樋尻觀音 大江村字梶草にあり。傳説によれば、*僧(僧)行基西國行脚の途次、
天平九年(737年)の頃當國(備中國)出部郷に滯留の時、當村山王の地に大伽藍を創立し、
天平寶字の年號に因みて寶寺と號す。本尊は行基自作の十一面觀音白檀木の
靈像なりしといふ。後寶寺一山は天台宗に歸したりが、遂に廢絶して塔頭の寺坊
離散せしも、其の鎮守
山王權現は今に存在せり。かくて其本尊も破損紛失せるにより、
之を模して梶草の大巖石に彫刻したるもの、*卽ち(即ち)樋尻觀音なりと。
毎年春秋彼岸の中日を縁日とし、近郷の參拝者雑沓を極む。」
「
小田郡誌
上巻(p.34)」より
「山王堂趾 本村(大江村)中央ヨリ十五町東ニ距砂山ノ頂上ニアリ 四方人跡ヲ絶シ
別ニ一村ヲ為セシ如ク
人戸二十二戸アリ、伝道此地往昔巨刹大伽藍アリ
比叡山ノ末寺ナリト、中古廃絶シ末寺退転離散ス 今下稲木村
西光寺本村
明星寺
後月郡高屋村
高山寺等当時ノ部分ナリ 鎮守山王権現今猶存在ス 故ニ山王ノ地名ヲ称フ
又寺屋敷ト呼フ地アリ 土人之ヲ掘リテ仏具数品ヲ得ル
本村池田氏今之ヲ蔵ス」
「笠岡市史 史料編上巻(p.242) 皇国地誌」より
山王權現は現 山王日吉神社。
備中国小田郡大江村については「笠岡市史 史料編上巻(pp.238-242) 皇国地誌
備中国第壱大区小田郡小五区村誌(明治9年編)」を参照
福聚殿
https://goo.gl/maps/vGB1z9iGXsL2
駐車場と売店
万人講供養碑群(牛供養碑等を含む)
以下向かって左から順に
供養碑a(地蔵菩薩坐像)
「奉供養◯◯◯◯◯ ◯◯四十二年四月◯◯ ◯◯◯◯◯◯」
供養碑b(地蔵菩薩坐像)
「奉供養 昭和舊九?年 三?月廿◯◯ 爲◯◯」
万人講供養碑c(地蔵菩薩坐像)
「万人講 ◯◯◯◯◯◯◯◯ ◯主 ◯◯◯◯」
万人講供養碑d(地蔵菩薩坐像)
「万人講 明治四十二◯ 明治四十三◯ ◯◯◯◯」
牛供養碑e(地蔵菩薩坐像)
「牛供養」
万人講供養碑f(地蔵菩薩坐像)
「万人講 ◯◯◯◯ ◯◯◯◯」
万人講供養碑g(地蔵菩薩坐像)
「*(地蔵菩薩の種子「カ」) 万人講」
万人講供養碑h(地蔵菩薩坐像)
「万人講 明治二年(1869年) 十二月二十◯」
地蔵菩薩坐像i
地蔵菩薩坐像j

案内図

記念碑
「南无佛陀耶(なむぶっだや) 百也七 倬太郎 敬書」
「題字は世界的木彫の巨匠從三位
平櫛田中先生が書かれたものである
先生は明治五年井原市で生まれ
明治大正昭和を木彫一筋に生き抜か
れ文化功労章文化勲章を受賞
數多くの名作を世に殘された
先生は又信仰心厚く「南無佛陀耶」を
唱えながら昭和五十四年十二月三十
日安らかに大往生された
昭和五十七年(1982年)十二月一日
井原市長 小野 強 識
(以下 記念碑設立委員
代表役員1名、責任役員8名、総代41名の芳名)」
平櫛田中(本名 倬太郎 1882-1979年)翁107歳の時の書
聖観音大菩薩像
『南無大慈大悲観世音菩薩』『おん あろりきゃ そわか』
樋之尻山嫁入らず観音院(真言宗単立)
本尊は十一面観世音菩薩
『おん まか きゃろにきゃ そわか』
瀬戸内三十三観音霊場第21番札所
御詠歌「のちのよを おもえばまいる よめいらず いだかせたまえ なむかんぜおん」
大祭: 春分の日、秋分の日
月例祭: 毎月17日
休館日: 火曜日
https://goo.gl/maps/UQGME3y8Rky

樋之尻山にある札所めぐりの所要時間は約10分。
4番は妙見平、11番は見之上山、23番は三ツ岩、32番は西中山にある。
以下順路とは逆に(時計回りに)巡拝
十一面観世音菩薩立像
「十一面」「西国二番 紀州 紀三井寺 施主 妹尾◯◯」
西国2番 紀三井山 金剛宝寺
[きみいさん こんごうほうじ] “紀三井寺” (十一面)
『おん まか きゃろにきゃ そわか』
「古郷を はるばるここに 紀三井寺(きみいでら) 花の都も 近くなるらん」
修行大師像
「弘法大師 平成17年(2005年)12月吉日」
『南無大師遍照金剛』
千手観世音菩薩立像
「千手」
西国3番 風猛山 粉河寺 [ふうもうざん こかわでら] (千手)
『おん ばざら たらま きりく』
「父母(ちちはは)の 恵みも深き 粉河寺 ほとけの誓ひ
頼母(たのも)しの身や」
聖観世音菩薩立像
「正観音」「西国廿八番 丹後成相寺 施主 梶草講中」
西国28番 成相山 成相寺 [なりあいさん
なりあいじ] (聖観世音)
『おん
あろりきゃ そわか』
「波の音 松のひびきも 成相の 風ふきわたす 天(あま)の橋立」

聖観世音菩薩立像
「聖観音」
西国21番 菩提山 穴太寺 [ぼだいさん あなおうじ] (聖観世音)
『おん あろりきゃ そわか』
「かかる世に 生(むま)れあふ身の
あな憂(う)やと 思はで頼め 十声一声(とこえひとこえ)」

如意輪観世音菩薩輪王坐像
「如意輪」
西国18番 紫雲山 頂法寺 六角堂 [しうんざん ちょうほうじ
ろっかくどう] (如意輪)
『おん はんどま しんだ まに じんば ら そわか』
「わが思ふ 心のうちは 六つの角 ただ円かれと
祈るなりけり」

如意輪観世音菩薩輪王坐像
「如意輪」
西国1番 那智山 青岸渡寺 [なちさん せいがんとじ] “那智山寺” (如意輪)
『おん はんどま しんだ
まに じんば ら そわか』
「補陀洛や 岸うつ波は 三熊野の 那智のお山に ひびく滝津瀬」

如意輪観世音菩薩輪王坐像
「如意輪」
西国7番 東光山 岡寺
龍蓋寺 [とうこうざん おかでら りゅうがいじ] (如意輪)
『おん はんどま しんだ まに じんば ら そわか』
「けさ見れば
露(つゆ)岡寺の 庭の苔 さながら瑠璃の 光なりけり」

十一面観世音菩薩立像(※)
「十一面」
西国6番 壺阪山 南法華寺 [つぼさかさん みなみほっけじ]
“壺阪寺” (千手)
『おん ばざら たらま きりく』
「岩をたて 水をたたえて 壺阪の 庭の砂(いさご)も 浄土なるらん」

如意輪観世音菩薩輪王坐像
「如意輪」
西国14番 長等山 園城寺 [ながらさん おんじょうじ] “三井寺” (如意輪)
『おん はんどま しんだ まに じんば ら そわか』
「いで入るや 波間の月は 三井寺(みいでら)の 鐘のひびきに あくる湖」

六角堂休憩所
https://goo.gl/maps/jxpheTGHKg42
如意輪観世音菩薩輪王坐像
『おん ばだら はんどめい うん』
六角堂の如意輪観世音菩薩なので西国18番?

十一面千手千眼観世音菩薩(清水型)
「*楊𫞉(楊柳) 千手」
西国16番 音羽山
清水寺 [おとわさん きよみずでら] (千手)
『おん ばざら たらま きりく』
「松風や 音羽(おとわ)の滝の 清水(きよみず)を むすぶ心は
涼しかるらん」
一番上の両脇手を頭上に挙げて組み、その上に化仏をのせる清水型の特徴を具えている。
また上から2番目の右脇手に柳の葉のようなものを持っている。
楊柳は楊柳観音(
三十三観音の一)の持物であり、千手観世音菩薩の持物のひとつでもある。
楊柳(ようりゅう): かわやなぎと、しだれやなぎ。また、やなぎの総称。
清水寺の次回本尊開帳は2033年

十一面観世音菩薩立像
「十一面」
西国15番 新那智山 観音寺 [しんなちさん かんのんじ] “今熊野観音寺” (十一面)
『おん まか きゃろにきゃ そわか』
「昔より 立つともしらぬ 今熊野(いまぐまの) 仏の誓ひ あらたなりけり」

十一面観世音菩薩立像
「十一面」
西国17番 補陀洛山 六波羅蜜寺 [ふだらくさん ろくはらみつじ] (十一面)
『おん まか きゃろにきゃ そわか』
「重くとも
五つの罪は よもあらじ 六波羅堂(ろくはらどう)へ 参る身なれば」

千手観世音菩薩坐像
「如意輪(※)」
西国5番 紫雲山 葛井寺 [しうんざん ふじいでら] (千手)
『おん ばざら たらま きりく』
「まいるより 頼みをかくる 葛井寺 花のうてなに 紫の雲」
月見堂
https://goo.gl/maps/jMbogmCprJn
さすり観音(如意輪観世音菩薩輪王坐像)
「西国◯◯◯◯ ◯◯ 書写山 施主 山村◯◯◯」
西国27番 書寫山 圓教寺 [しょしゃざん えんぎょうじ] (如意輪)
『おん はんどま しんだ まに じんば ら そわか』
「はるばると のぼれば書写の 山おろし 松のひびきも 御法(みのり)なるらん」
展望所
月見堂の後ろにある
https://goo.gl/maps/huUeqMTGDuH2
北西の眺望
正面に相原池
東の眺望
車道を東北東へ760m程上ると山王地区
参道を下る

千手観世音菩薩坐像
「千手」
西国20番 西山 善峯寺 [にしやま よしみねでら] (千手)
『おん ばざら たらま きりく』
「野をもすぎ 山路に向ふ 雨のそら
善峯よりも 晴るる夕立」

千手観世音菩薩坐像(※)
「千手」
西国25番 御嶽山 清水寺 [みたけさん きよみずでら] (十一面)
『おん まか きゃろにきゃ
そわか』
「あはれみや 普(あまね)き門(かど)の 品々に なにをかなみの ここに清水」
Y字路を左折して参道を北西へ10m進み、左折して南南西へ45m下る
https://goo.gl/maps/WYzjwj2gtnG2
西へ20m進み、参道を西へ60m程登る
https://goo.gl/maps/R8v6wLEfKPP2
見之上山の頂上付近

准胝観世音菩薩坐像(磨崖仏)
「准提観音」
「西国十一番 山城 上醍醐 施主 中山◯◯◯」
西国11番 深雪山 上醍醐寺 [みゆきやま かみだいごじ]
(准胝)
『のうぼ さったなん さんみゃくさんぼだ くちなん たにやた おん しゃれい しゅれい そんでい そわか』
「逆縁も
もらさで救ふ 願なれば 准胝堂は 頼母しきかな」
https://goo.gl/maps/VbGPdHNjz5kY字路に戻り、参道を下る

千手観世音菩薩立像
「千手」
西国22番 補陀洛山
総持寺 [ふだらくさん そうじじ] (千手)
『おん ばざら たらま きりく』
「おしなべて おいもわかきも 総持寺の 仏の誓ひ
頼まぬはなし」

如意輪観世音菩薩坐像
「◯◯如意輪」「西国十三番 ◯◯ 石山寺 施主 門田◯ ◯◯◯◯」
西国13番 石光山 石山寺 [せっこうざん いしやまでら] (如意輪)
『おん はんどま しんだ
まに じんば ら そわか』
「後(のち)の世を 願ふ心は かろくとも 仏の誓ひ おもき石山」

馬頭観世音菩薩坐像
「馬頭観音」
西国29番 青葉山 松尾寺
[あおばさん まつのおでら] (馬頭)
『おん あみりとう どはんば うんぱった そわか』
「そのかみは 幾世(いくよ)経ぬらん
便りをば 千歳をここに 松の尾の寺」

奥の院
https://goo.gl/maps/ZiuUUwmeHZU2
岩間に十一面観世音菩薩立像が安置されている
『おん まか きゃろにきゃ そわか』

奥の院前から
車道から見上げた奥の院
三つ岩
西国23番札所がある
宝篋印塔a
「*(宝篋印陀羅尼経の種子「シッチリヤ」)」
「若有衆生 能於此塔 一香一華 禮拜供養 八十億劫」
「生死重罪 一時消滅 生免災殃 死生佛家 寶暦四甲」
「戌年(1754年)十月 施主 田中◯ ◯◯◯ 山村
◯兵衛久善 當村中本◯ 田邊◯泰◯」

弘法大師坐像
右手には五鈷杵ではなく金剛鈴を持っているように見える。
周囲に光明真言が刻まれている。
『おん
あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じんばら はらばりたやうん』
石燈籠
「◯◯」「延享元年(1744年) 子十月吉日 東大江村中 建?之」

千手観世音菩薩立像
「千手」「西国十二番◯◯ 岩間寺 施主 ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯」
西国12番 岩間山 正法寺 [いわまざん
しょうほうじ] “岩間寺” (千手)
『おん ばざら たらま きりく』
「水上(みなかみ)は いづくなるらん 岩間寺(いわまでら)
岸うつ波は 松風の音」

宝篋印塔b
「*(宝篋印陀羅尼経の種子「シッチリヤ」)」「若有衆生 能於此塔 一香一華 」
「
禮拜供養 八十億劫 生死重罪」「一時消滅 生免災殃 死生佛果(※佛家)」
「樋之尻山観音院 昭和五十九年(1984年)七月吉日 信徒総代一同」

Y字路を右折して参道を上る

右折してすぐの所に31番と33番、高王観音がある。
さらに上って見之上山の頂上付近に11は番がある。
十一面観世音菩薩立像
「十一面」
西国33番 谷汲山 華厳寺
[たにぐみさん けごんじ] (十一面)
『おん まか きゃろにきゃ そわか』
「万世(よろずよ)の 願ひをここに 納めおく 水は苔より
出(いづ)る谷汲」
「世を照らす 仏の験(しる)し ありければ まだ灯(ともしび)も 消えぬなりけり」
「今までは 親と頼みし
笈摺(おいずる)を 脱(ぬぎ)て納むる 美濃(みの)の谷汲」
千手観世音菩薩立像
「千手」
西国31番 姨綺耶山 長命寺 [いきやさん ちょうめいじ]
(千手・十一面・聖観世音)
『おん ばざら たらま きりく/おん まか きゃろにきゃ そわか/おん あろりきゃ そわか』
「八千年(やちとせ)や 柳に長き 命寺(いのちでら) 運ぶ歩みの かざしなるらん」
高王白衣観世音菩薩像
「高王白衣觀世音」
台座「南無華嚴衆息甘露※苦(等)王觀世音菩薩
南無七寶林中一十◯面觀世音菩薩
南無光藏法王白◯妙徳觀世音菩薩
南無大慈悲救苦難霊感觀世音菩薩
南無◯◯◯◯◯大聖觀世音菩薩
南無◯◯◯◯◯觀世音菩薩
南無◯◯◯◯◯◯眼觀世音菩薩
南無◯◯◯◯◯觀世音菩薩
南無◯◯◯◯◯觀世音菩薩
◯◯院
南無◯◯◯◯◯苦難觀世音菩薩
南無◯◯◯◯◯十二面觀世音菩薩
南無◯◯◯◯◯滿願觀世音菩薩
南無◯◯◯◯◯觀世音菩薩
南無◯◯◯◯觀世音菩薩
南無◯◯◯惠?徳觀世音菩薩
南無◯◯◯◯觀世音菩薩
南無◯◯◯◯月觀世音菩薩
南無清涼◯◯自在觀世音菩薩」

千手観世音菩薩立像
「千手」
西国19番 霊ゆう山 行願寺 革堂 [れいゆうざん
ぎょうがんじ こうどう] (千手)
『おん ばざら たらま きりく』
「花を見て いまは望みも 革堂の 庭の千草も 盛りなるらん」

不空羂索観世音菩薩坐像
「不空羂索」「西国九番 ◯◯ 南円堂 施主 ◯◯◯◯」
西国9番 興福寺 南円堂 [こうふくじ なんえんどう] (不空羂索)
『おん あぼきゃ びじゃしゃ うん はった』
「春の日は 南円堂に かがやきて 三笠の山に 晴るるうすぐも」
千手観世音菩薩立像(※)
「千手」
西国26番 法華山 一乗寺 [ほっけさん いちじょうじ]
(聖観世音)
『おん あろりきゃ そわか』
「春は花 夏は橘(たちばな) 秋は菊 いつも妙なる 法(のり)の華山(はなやま)」

十一面観世音菩薩立像
「十一面」「西国二十四番 ◯◯ 中山寺 施主 ◯◯◯◯」
西国24番 紫雲山 中山寺 [しうんざん なかやまでら] (十一面)
『おん まか きゃろにきゃ そわか』
「野をもすぎ
里をもゆきて 中山の 寺へ参るは 後の世のため」

千手観世音菩薩立像
「千手」
西国30番 厳金山 宝厳寺 [がんこんざん ほうごんじ]
“竹生島” (千手)
『おん ばざら たらま きりく』
「月も日も 波間に浮かぶ 竹生島 舟に宝を 積むここちして」

聖観世音菩薩立像
「秩父 十二番 野坂寺」
大江・稲倉秩父12番 仏道山 野坂寺 [ぶつどうさん のさかじ] (聖観世音)
『おん あろりきゃ そわか』
「老いの身に 苦しきものは 野坂寺 いま思い知れ 後の世の道」

十一面観世音菩薩立像
「十一面」「西国八番◯◯ 長谷寺 施主 ◯◯ ◯◯◯◯」
西国8番 豊山 長谷寺 [ぶさん はせでら] (十一面)
『おん まか きゃろにきゃ そわか』
「いくたびも 参る心は
初瀬寺(はつせでら) 山もちかひも 深き谷川」

千手観世音菩薩立像
「千手」「西国 十番 山城 三室戸寺 施主 當村
◯◯◯◯」
西国10番 明星山 三室戸寺 [みょうじょうざん みむろとじ] (千手)
『おん ばざら たらま きりく』
「夜もすがら 月を三室戸 わけゆけば 宇治の川瀬に 立つは白波」

念佛堂
手水鉢
「*(地蔵菩薩の種子「カ」)」「平成八年(1996年) 三月吉日」
水向地蔵尊
「水向地藏尊」「昭和五十一年(1976年)三月建◯」「施主 石原◯◯◯」
『南無地蔵大菩薩』『おん かかかび さんまえい そわか』
https://goo.gl/maps/aWnsTXrTne22
六地蔵尊
向かって左端は阿弥陀如来立像?

鐘楼
石燈籠
「奉納」「昭和五十四年(1979年)一月吉日」「東京都 ◯◯◯◯」
https://goo.gl/maps/gYTCWJLzEEo
梵鐘
「卍 幸福乃鐘」「願主施主 ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯
◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ ◯◯◯◯ 維時昭和五十三年(1978年)一月吉祥日
井原市大江町 樋之尻山 嫁いらず観音院」
「卍
観音妙音力 京都 三和梵鐘株式会社謹鋳」
「朝聞音則 四魔殄滅 夕應響而 三寶擁護」
「卍 南無観世音菩薩」
「一打鐘聲 當願衆生 脱三界苦 必得成仏」
「卍 念彼観音力」
「願主施主 (42人の芳名) 十方信者」
宝篋印塔
「*(宝篋印陀羅尼経の種子「シッチリヤ」)」「若有衆生 能於此塔 一香一華」
「禮拜供養 八十億劫 生死重罪」「一時消滅 生免災殃 死生佛家」
「此塔ハ奈良時代 天平九年(七三七) 行基菩薩 本尊十一面観音
開基一千二百五十年 昭和六十二年九月(一九八七) 為寶篋印塔建立」
「十方信心 法界衆生 承此善根 登 彼岸」
「施主 大阪 ◯◯◯◯屋 橋本 ◯ 當所 ◯◯屋 橋本 ◯」
鐘楼の横から参道を南へ230m登る
字 妙見平

千手観世音菩薩立像(磨崖仏)
「西国四番和泉 巻尾山 池田◯◯◯◯」
西国4番 槇尾山 施福寺 [まきおさん せふくじ] “槇尾寺” (千手)
『おん ばざら たらま きりく』
「深山路(みやまじ)や
ひばら松原 わけ行けば 槇の尾寺に 駒ぞいさめる」
https://goo.gl/maps/XtLL4jPQtNn

延命地蔵菩薩半跏踏み下げ坐像(磨崖仏)
『南無地蔵大菩薩』『おん かかかび さんまえい そわか』
参道をさらに南へ70m進む
妙見神社
向かって左にある瓦質の小祠は稲荷神社
https://goo.gl/maps/f5p3HH2sXMT2
自然石の燈籠
妙見神社の向かって左後方にある
妙見神社前から南へ105m、南西へ175m進むと車道に出る
https://goo.gl/maps/fXaTzFVSMf92

鐘楼の前に戻り、北へ10m下る
畜魂碑
「畜魂碑 岡山縣知事 加藤武徳書」
「昭和四十年(1965年)三月二十一日建立
◯◯肥育牛組合 組合長 ◯◯ ◯」
念佛堂の向かって右にある

念佛堂
https://goo.gl/maps/AtQC5zEvkpM2
十一面観世音菩薩(本尊)、白衣高王観世音菩薩、如意輪観世音菩薩、
地蔵菩薩、不動明王、七福神等々
『おん まか きゃろにきゃ
そわか』
布袋、恵比寿、福禄寿、寿老人、大黒天、白衣観世音菩薩、聖観世音菩薩等々
北へ50m上り、丁字路を右折して車道を東へ230m上る
西中山
西国32番 繖山 観音正寺
[きぬがさやま かんのんしょうじ] (千手)
『おん ばざら たらま きりく』
「あなとうと 導きたまへ 観音寺(かんおんじ) 遠き国より 運ぶ歩みを」
https://goo.gl/maps/fbG3Y1d9cV92
車道を西へ285m下り、丁字路を右折して北へ45m下る
観音茶屋の前にある丁字路を右折し、北へ30m上る

右折して階段を東へ5m上り、左折して北へ7m進む
三つ岩

奥の院から見た三つ岩
千手観世音菩薩立像(磨崖仏)
「津国 勝尾寺 山村◯◯」
西国23番 応頂山 勝尾寺 [おうちょうざん かつおうじ] (千手)
『おん ばざら たらま きりく』
「重くとも 罪にはのりの
勝尾寺(かちおでら) 仏を頼む 身こそやすけれ」
https://goo.gl/maps/FZyAWSiYMBs車道に戻り、右折して西へ33m進む
阿弥陀堂
寺標
「阿弥陀堂」「施主 梶草会 平本◯◯ 平成二年(1990年)六月吉日」
棟札a
「*(阿彌陀如来の種子「キリーク」) 奉再建阿彌陀一宇奉爲 金輪聖王 天長地久 當所安穏所
一念弥陀佛 即滅無量罪 現無比楽 後生清浄土
天保十二歳(1841年)辛丑 九月吉祥日
大願主 講中 大工 下稲木 佐藤富吉」
棟札b
「*(阿彌陀如来の種子「キリーク」) 奉再建阿彌陀一宇奉爲 金輪聖王 天長地久 當所安穏所
一念弥陀佛 即滅無量罪 現無比楽 後生清浄土
昭和七壬申年(1932年) 四月三日
大願主 平本長六 大工 當所 石原登*㐂(喜)一」
阿弥陀堂由緒
「平成六年(1994年)六月吉日記
當あみだ堂は抑(そもそも)當所より巽(南東)の方、旧出雲街道に沿う大畑に
在りしが
棟札が示す二四〇年余(1754年=宝暦四年頃?)の往古より行路人の憩いと
法縁の堂となりし。星霜移り 訪う人なく 山中に威容を損う 時熟し
當地に移転新築し
再び莊厳整うに至るは佛祖(釈迦牟尼仏)の加護と梶草講中竝(ならびに)平本◯◯氏の
懇念に依らねば叶わず。 今、瑞風四方より至り ねがわくば法水の流れ
末代に光輝し 三寶大いに深く 大悲を垂れて 且納受し給え。」
https://goo.gl/maps/xMfiVyFk1Dr

本尊の脇にある石仏は地蔵菩薩像
『南無地蔵大菩薩』『おん かかかび さんまえい そわか』

阿弥陀如来立像(向かって右から4番目)
「元禄十六年?(1703年) 未十一月十五日」
『南無阿弥陀佛』『おん あみりた ていせい から うん』
円頂のように見えるが、頭頂部に僅かな突起がある。
親指と人差し指で輪を作っているので地蔵菩薩ではない(来迎印 下品上生)。
石碑
「此の地に昔より六体の地蔵を祀った四面の堂があったが
老朽した為樋之尻山の麓に移して供養する」
「大畑堂六地蔵移設跡地に石碑を建立す
昭和六十二年(1987年)八月三十日 梶草会」
大畑峠の入定墓の前にある
https://goo.gl/maps/bha2xXm612T2⇒HOME