【大谷西国三十三観音霊場(門田町) 画像集.4】

ルート: https://yahoo.jp/oBWnD6



画像集.1画像集.2画像集.3画像集.4画像集.5

HOME







19番札所からY字路に戻り、北北東へ40m進む










「21番へ へんろ道」と刻まれている道しるべのところで右折し、南へ230m程下る。
岩滝観音までの道は基本徒歩のみ。自転車を押して通過することは可能だが、
竹が倒れて道を塞いでいる場合もあるので通れないこともある。







猪の足跡あり



 

竹林の中の道の脇







旧20番跡地

台座のみ

https://goo.gl/maps/NRiMFeiYJA92

山道をさらに185m程下る




倒れた竹が道を塞いでいる箇所あり













岩滝観音

https://goo.gl/maps/9wo9nUcLNHv




「第二十一番 岩瀧山 穴太寺 本尊 ◯◯音菩薩
 かヽるよに うまれ あふみの あ奈(な)うやと
 おもはて たのめ とこゑ ひと古(こ)ゑ
 施主 後月郡木之子村 ◯◯◯◯◯」





聖観世音菩薩立像(旧像)

「第廿一番 木之子村 廣沢坂次良 岩田要藏 藤枝磯兵エ 大月儀助」








聖観世音菩薩立像(新像)

「第二十一番穴太寺 大正十二年(1923年)四月再建之」
「發起者 木之子 圓地 縣主村 門田 両観音 講眞? 門田 大谷中」

大谷西国21番 菩提山 穴太寺 [ぼだいさん あなおうじ] (聖観世音)
 『おん あろりきゃ そわか』
 「かかる世に 生(むま)れあふ身の あな憂(う)やと 思はで頼め 十声一声(とこえひとこえ)」








岩滝観音の参道を下る(車道に出るまでの画像は逆方向から撮影したもの)














井原と笠岡の市境

旧後月郡門田村と旧小田郡走出村の村境

郷土先哲後月の人人(pp.76-80)」に「此の大谷の地域は、海抜百米乃至百四十米の
高台地で、昔は秣山(まぐさやま)とも秣場(まぐさば)とも言つて一面の茅原であり、
附近村落の百姓の草刈場であつた。場面が東北に傾いて全域の水は集まって
大谷川となり、急流となり、北川村大字走出に流れ出る。走出の地名もこれから
出たのであらう。從つて門田と走出との間に昔から境域の爭が絶えなかつた。」とある

車道に出たら左折して北東へ17m進む







牛供養碑兼道しるべ(地蔵菩薩坐像 + 牛)

「爲亡牛供養 昭和八年(1933年)二月十三日 施主 北田伯士 野路熊太郎
東 走出ヲ經テ小田町ニ至ル 北 岩瀧觀音道 西 稲倉ヲ經テ福山ニ至ル」

https://goo.gl/maps/KVp9hgzunoD2




車道を西南西へ80m進む











千手観世音菩薩立像

「第廿二番 ○○○ 平木○○ ◯◯」

大谷西国22番 補陀洛山 総持寺 [ふだらくさん そうじじ] (千手)
 『おん ばざら たらま きりく』
 「おしなべて おいもわかきも 総持寺の 仏の誓ひ 頼まぬはなし」

https://goo.gl/maps/3uU9Qdccu2m







大砂留池の土手の北端で右折




民家の脇の細道を北北西へ25m上る







千手観世音菩薩立像

「第廿三番 木之子村 佐能吉三郎 同 勘助」

大谷西国23番 応頂山 勝尾寺 [おうちょうざん かつおうじ] (千手)
 『おん ばざら たらま きりく』
 「重くとも 罪にはのりの 勝尾寺(かちおでら) 仏を頼む 身こそやすけれ」

https://goo.gl/maps/LHwrYyQsfcm

車道に戻り右折





大砂留池

門田村の大谷山開墾の際に大谷川下流にある走出村によって造られた2ヶ所の砂留のうちの一つ。
走出村側ではさらに井立池(大池)から小田川に至る河川の改修を行って、
開墾に伴って予想された洪水対策を行った。

「大谷山開墾と嘉永の百姓たち(昭和50年6月)」を参照

https://goo.gl/maps/1vqvBWvC1PK2

車道を南西へ154m進む




里山工房 和菓子たむら

https://goo.gl/maps/8bmKu7qQivm




南南西へ29m進んで左折










十一面観世音菩薩立像

「第廿四番 新丁 ◯瀬栄◯ 同◯ 長尾◯◯」

大谷西国24番 紫雲山 中山寺 [しうんざん なかやまでら] (十一面)
 『おん まか きゃろにきゃ そわか』
 「野をもすぎ 里をもゆきて 中山の 寺へ参るは 後の世のため」

新丁は西江原の新町

https://goo.gl/maps/DPadtZwxLh52




車道を南西へ187m進む







十八神社

https://goo.gl/maps/mRiP4aQMsBT2

車道を西南西へ110m進む






丁字路(左折すると岡山西ゴルフ倶楽部)から西南西へ225m上り、十字路を左折







自然石地神

「地神」

https://goo.gl/maps/byAFB6Fiyxu





十字路に戻り、北へ48m上って右折し、東へ30m進む








鐘楼堂

梵鐘は明治十四年(1881年)辛巳十月吉祥日
 小田郡矢掛村 鑄工 高草信太郎さんと藤原盛芳さんの作





大師堂

https://goo.gl/maps/HVR9NpGWPnx




本尊は弘法大師坐像

『南無大遍照金剛』


丁字路(左折すると岡山西ゴルフ倶楽部)に戻って右折


----------------------------------------------------------------------------------




南へ30m程上って左折




井原市消防団県主分団第2部分機庫と火の見櫓の横

この辺りの字を夕日ヶ原という





地蔵菩薩坐像(向かって右)

「明治廿六(1893年)巳○ 野宮○○」




聖観世音菩薩立像

「第二十六番」「木之子村 ◯◯◯◯ 三宅◯◯」

大谷西国26番 法華山 一乗寺 [ほっけさん いちじょうじ] (聖観世音)
 『おん あろりきゃ そわか』
 「春は花 夏は橘(たちばな) 秋は菊 いつも妙なる 法(のり)の華山(はなやま)」

https://goo.gl/maps/doQimDGFf6C2

26番札所の横から墓地への参道を東へ90m程上る










墓地の前




十一面千手観世音菩薩坐像※

「第廿五番 木之子村 岡田兼助 同 妻」

大谷西国25番 御嶽山 清水寺 [みたけさん きよみずでら] (十一面)
 『おん まか きゃろにきゃ そわか』
 「あはれみや 普(あまね)き門(かど)の 品々に なにをかなみの ここに清水」

https://goo.gl/maps/23bZMGy5Rrt



画像集.1画像集.2画像集.3画像集.4画像集.5

HOME