【美星七福神巡り 画像集.7】
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美星町東水砂
備中国小田郡東水砂村については「笠岡市史 史料編上巻(pp.293-297) 皇国地誌
備中国第壱大区小田郡小十二区村誌(明治9年編)」を参照
東水砂と西水砂には水砂西国観音霊場がある
県道408号線の米田バス停の南にあるY字路を右折
※一本松 → 米田に訂正(19/03/22)
南へ30m上る
牛供養碑兼道しるべ(地蔵菩薩坐像 + 臥牛)
「右 *髙末(高末)道 左 三山成羽道 施主」
https://goo.gl/maps/Dd3z28u3gUL2
右(東)へ3.6km進むと下高末の県道35号線(備中森林組合の西)に出る
県道408号線に戻り、北へ300m進む
県道408号線と県道48号線の交差点を右折
北へ33m進む
牛供養碑兼道しるべ(地蔵菩薩坐像 + 牛)
「右(西) 小田 左(南) 矢掛」
北から下って来た人用の道しるべ
https://goo.gl/maps/NfiEDHZoPpy県道48号線を北へ500m上る
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上堂地区の字 下田
県道48号線のY字路から右折して旧道へ
https://goo.gl/maps/sX4U5rpCXKA2
北へ180m上る
東水砂バス停
https://goo.gl/maps/Qk9mrQS3ekmさらに北へ93m上る
甘露大師堂(下田弘法大師堂)
昭和53年3月に修繕(寄付者25名)
https://goo.gl/maps/7aKpimUopNR2
弘法大師坐像(中央)
『南無大師遍照金剛』
不明の石仏(向かって右)
石香炉?
「矢掛町 川上◯◯◯」
西北西へ188m上る
北振バス(平谷行き)
矢掛→矢掛西町→矢掛中町→矢掛高校入口→矢掛高前→ネバーランド前
→井原線矢掛駅→矢掛病院前→田町→北田→川面農協→仏田→車谷→一本松
→東水砂→美砂橋→千の坂→中谷→上組→谷上→谷下→下田東→下田
→大元→美星支所前→美星農協前→美星診療所前→美星産直プラザ→中野→畑
→熊石上→熊石下→平谷
大倉川
妹尾上等兵之碑
県道48号線の丁字路にある。日露戦役で戦死(享年27才)。
「
明治三十七八年戦役岡山県出身従軍死歿者誠忠録(p.661 明治42年)」を参照
https://goo.gl/maps/NgMJorJhS2n
丁字路を右折して県道48号線を北へ113m上る
https://goo.gl/maps/QHR6HdQf8y62
北へ88m上る

美砂橋バス停
https://goo.gl/maps/oai67FKHKG22
北へ70m上る

美砂橋(みさごはし)
昭和48年(1973年)3月竣工。古尾川に架けられている。
https://goo.gl/maps/zTXxuqiWbB32
古尾川(高路川)と布東川の合流点(美砂橋の西)
「御登極記念 小田郡誌(p.137 大正13年)」に「高路川 川面川の上流にして
水源を龍王山脈に發し、大倉谷を南し、東水砂宮谷にて布東川を合せ、
之より南東に曲流して、川面村に至る。本村(※美山村)内流程約二十町(約2,181.8m)。
比較的急流にして、兩岸に狭き平野を作り、川身を深く刻みて峡谷をなし、
奇岩亂立激流奔湍(ほんたん)して、或は瀧となり、或は淵となり、
藍色の瑠璃を表す所、山中の風景と相和して、自ら別天地をなす。
眞に天與の壯美 實に美山地方に於ける一仙境たり。」とある
https://goo.gl/maps/gTWChRC2XaG2
美砂橋の北詰にある十字路を左折し、北北西へ55m下り、左折して橋を渡る
橋の西詰から細道を北へ10m進む
https://goo.gl/maps/vJ8DghWhJrB2
左折して石段を西へ10m程上る


小社
祭神未確認。毘沙門天?
「美星町史 通説遍(p.790)」に「東水砂の上堂、中尾、大和で祀る毘沙門様は
荒ら神だから水砂川渓流の断崖に鎮座している」とある
https://goo.gl/maps/Aa99uuQkrgt
石段を下って左折し、細道を北へ35m進む
布東川
「御登極記念 小田郡誌(p.137 大正13年)」に「布東川 高路川の支流にして、
五萬原高原に源を發し、布東平野を東に流れ、急轉直下して宮谷に至り、
高路川と相合す」と記されている
五萬原高原は中世夢が原の辺り

毘沙門瀧?
「小田郡誌 下巻(p.616 昭和16年)」に「毘沙門瀧 大字東水砂字 宮谷に在りて、
布東川のかゝれるなり。大岩巨石の河底河岸に横たはれるが、
水蝕作用によりて、或は猛虎の俯するが如き、或は恐れる獅子の仰いで吠ゆるが如き、
又は狛犬の横臥したるがごとき、種々の奇岩怪石の間を奔流するものにて、
四邊の風景と共に、四時の眺め美しく、名勝として誇るべきものあり。」とある
https://goo.gl/maps/MmUZQQ3tRUF2
美砂橋に戻り、Y字路を南へ195m上って左折
注連柱
「奉」「獻」
「昭和四十二年(1967年)四月 氏子中建之」
石鳥居
「妙見宮」「奉造立鳥居一宇備中國小田郡東水砂村惣*𫞕子(氏子)中」
「元文二(1737年)丁巳 九月日」
玉垣
昭和22年(1947年)10月に竣工

唐獅子(向かって右)と狛犬(同左)
「奉献」「寄付者 中尾表 安部◯◯◯」
「奉献」「寄付者 中尾表 安部◯◯」
石燈籠ab
「奉燈」「天保九戊戌歳(1838年) 林鐘吉日」「惣産子中」
林鐘(りんしょう): 旧暦の6月
手水鉢a
「願主 安部圓治郎宗◯」「願主 安部愛五郎」「文化三年(1806年) 寅九月日」
手水鉢b
拝殿

随神像1対
磐裂神社
東水砂農村公園の横にある
「御登極記念
小田郡誌(p.138)」に「五、磐裂神社 大字東水砂にあり。
村社たり。創立不詳。元三体妙見宮と稱す。本村の氏神たり。明治五年
神佛混淆御引分の*節(節)、明劔社と改稱す。明治年間社格御定めの時
村社に列せらる。同十年磐裂神社と改稱す。
祭神磐裂神・根裂神・經津主神 氏子數百三十戸。」とある
※文中の「神」の字は旧字の*神、同じく「社」の字は旧字の*社
https://goo.gl/maps/vv5N8XEFsBH2
本殿
境内社a(本殿の向かって左)
祭神未確認
境内社b
祭神未確認
車道に戻り、左折して東へ350m上る
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東水砂の東前地区
十字路(左折すると古尾)から東南東へ192m上る
https://goo.gl/maps/5tpWeD9uDa92
守脇堂
自然石の燈籠の横にある
十一面観世音菩薩立像
「八番」
台座「発起者 *
橋本◯◯◯ 妹尾◯◯ 仝
◯◯ 川上◯◯
外前組中 明治丗六年(1903年)六月吉日」
水砂西国8番 豊山 長谷寺 [ぶさん はせでら] (十一面)
『おん まか
きゃろにきゃ そわか』
「いくたびも 参る心は 初瀬寺(はつせでら) 山もちかひも 深き谷川」
https://goo.gl/maps/bn4VA1LEthz
車道に戻り、東南東へ150m上る
東前公民館
https://goo.gl/maps/6XgKgUAYBGK2東へ200m、南南東へ74m上る
五叉路から南南東へ48m進む
東前調整池の前
向かって右にある道は神社への参道
細道を南南東へ15m上る
阿字観石
「*(種子「ア」) 講中」

原ノ堂
昭和四拾年(1965年)貳月の本堂改築(屋根)寄附者の芳名録あり
向かって右の厨子の中には弘法大師坐像が安置されている
『南無大師遍照金剛』
不空羂索観世音菩薩立像?
「九番」
台座「川上◯◯ *
橋本◯◯ 妹尾◯◯◯ 外前組中 明治丗六年(1903年)六月」
水砂西国9番 興福寺 南円堂 [こうふくじ なんえんどう] (不空羂索)
『おん あぼきゃ びじゃしゃ うん はった』
「春の日は 南円堂に かがやきて 三笠の山に 晴るるうすぐも」
右手は施無畏印、左手には未開敷蓮華を持っているので聖観世音菩薩像か?
https://goo.gl/maps/qY1tkQwaVhL2
万人講供養碑兼道しるべ(牛)
「万人講 右 小田 左 矢掛」
お堂の向かって左にある
東前調整池の前から車道を南へ480m下る
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東水砂の琴の峠(ことのたわ)地区

自然石地神
「地神」
https://goo.gl/maps/HgL92LGC5R52
東南東へ150m下る
琴の峠の十字路
十字路から北東へ2.7km下ると下高末の県道35号線(備中南森林組合付近)に出る。
南西へ835m下ると県道408号線(一本松バス停の南)に出る。
南へ3.8km下ると大通寺(矢掛町小林)の裏に出る。
十字路から東へ25m上る
大師堂
https://goo.gl/maps/1ZLNR1Fwnoy
弘法大師坐像
『南無大師遍照金剛』
祭神未確認
万人講供養碑兼道しるべ(牛)
「万人講 右 やかげ(矢掛) 左 かうず江(高末)」
牛供養碑兼道しるべ(地蔵菩薩坐像 + 臥牛)
「右 *髙末(高末)道 左 三山成羽道 施主」
一本松バス停の南のY字路にある
https://goo.gl/maps/Dd3z28u3gUL2
県道48号線まで戻り、右折して県道を北へ143m、西へ176m、北へ200m上る。
丁字路を右折し、西へ88m上り、丁字路を右折。
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大和地区
自然石地神
https://goo.gl/maps/v3EFxVGg99o
丁字路まで戻り、右折して県道48号線を南へ86m下る。
Y字路から南南西へ22m下り、橋を渡って南南西へ257m下る。
Y字路から南東(左)へ52m下る。
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中尾地区

お堂
字 上堂にある
https://goo.gl/maps/wmmWjKr9HyR2
木造観世音菩薩坐像(中央)
『南無大慈大悲観世音菩薩』
十一面観世音菩薩か聖観世音菩薩
地蔵菩薩立像(向かって右)
『南無地蔵大菩薩』『おん かかかび さんまえい そわか』
十一面観世音菩薩立像(同左)
「二番」
水砂西国2番 紀三井山 金剛宝寺 [きみいさん こんごうほうじ] “紀三井寺” (十一面)
『おん まか きゃろにきゃ そわか』
「古郷を はるばるここに 紀三井寺(きみいでら) 花の都も 近くなるらん」
注連柱
「奉」「氏子中」
「献」「昭和丗七年(1962年)十月吉日建之」
自然石の燈籠
手水鉢
「安政五(1858年)◯ ◯◯ 施?予?」
荒神社
https://goo.gl/maps/bZWVkqDmSMG2
お堂の後ろにある細道を東へ21m上り、右折して南へ11m進む。
左折して北東95m進む。
水砂西国3番 風猛山 粉河寺
[ふうもうざん こかわでら] (千手)
『おん ばざら たらま きりく』
「父母(ちちはは)の 恵みも深き 粉河寺 ほとけの誓ひ
頼母(たのも)しの身や」
https://goo.gl/maps/8ydzGZd2U5U2
2番札所前に戻り、左折して南へ170m下り、丁字路を右折して南へ262m下る

清水堂
https://goo.gl/maps/p2bPnXfdsny
木造地蔵菩薩立像a(向かって右端)
『南無地蔵大菩薩』『おん かかかび さんまえい そわか』
木造地蔵菩薩像b?(向かって右から2番目)
木造如来坐像a(同3番目)
木造如来坐像b(同4番目)
木造如意輪観世音菩薩輪王坐像(同5番目)
石造如意輪観世音菩薩輪王坐像
「第一番」
水砂西国1番 那智山
青岸渡寺 [なちさん せいがんとじ] “那智山寺” (如意輪)
『おん はんどま しんだ まに じんば ら そわか』
「補陀洛や
岸うつ波は 三熊野の 那智のお山に ひびく滝津瀬」
水砂西国観音霊場については「美星町史 通説編(pp.768-769)」、
「全国三十三カ所観音霊場および全国八十八カ所霊場資料集(pp.261-262)」を参照
自然石の燈籠

観音寺への道しるべ
「觀音寺道 是ヨり三町(約327.27m)」
清水堂の向かって右にある
清水堂の前
「美星町史 通説編(p.810)」に「宝積院は、美砂橋から毛野に登る途中に
辻堂が建っているが、そのあたりにあったものである。辻堂の西北
約二〇〇メートルのところには宝積院の古い墓地が残っている。」とある
「御登極記念 小田郡誌(p.138 大正13年)」に「九、寳積院 大字東水砂字中尾にあり。
山城國愛宕郡聖護院村聖護院の末。天台宗寺門派にして、本尊は大仙地藏菩薩なり。
創立は寛政二己◯(※寛政元年は己酉、同2年は庚戌)四月廿四日なり。
開山壽性院源春。檀家僅かに一戸」と記されている
自然石地神
「地神」
自然石の燈籠
https://goo.gl/maps/JhcpLGFegKo

清水堂の前の丁字路から北へ171m上る
Y字路から北西(左)へ160m上る
水砂西国2番札所のお堂と荒神社

智光山觀音寺(真言宗御室派)
「御登極記念 小田郡誌(p.138 大正13年)」に「七、觀音寺 大字東水砂字向川にあり。
元は觀應寺と稱せしも、寛永年中(1624-1644年)故の大法印弘元師に因つて、觀音寺と改稱す。
本山は紀伊國伊都郡高野山金剛峯寺。本寺は山城國葛野郡御室仁和寺にて、
中本寺は備中國小田郡三成村の捧澤寺の末なり。古義眞言宗御室派にて、
本尊は聖觀自在菩薩たり 創立は聖武天皇の御宇天平年中(729-749年)にして、
行基菩薩の開山なり。檀家百七十戸。」とある。
水砂西国観音霊場の開基は觀音寺の住職 高志真正さん。開創は明治36年(1903年)頃。
地蔵菩薩像群
入り口の向かって右にある
『南無地蔵大菩薩』『おん かかかび さんまえい そわか』
如意輪観世音菩薩輪王坐像
「十四番」
水砂西国14番 長等山 園城寺 [ながらさん おんじょうじ] “三井寺”
(如意輪)
『おん はんどま しんだ まに じんば ら そわか』
「いで入るや 波間の月は 三井寺(みいでら)の 鐘のひびきに
あくる湖」
千手観世音菩薩立像※
「十五番」
水砂西国15番 新那智山 観音寺 [しんなちさん かんのんじ] “今熊野観音寺” (十一面)
『おん まか
きゃろにきゃ そわか』
「昔より 立つともしらぬ 今熊野(いまぐまの) 仏の誓ひ あらたなりけり」
聖観世音菩薩坐像
「三十一はん」
水砂西国31番 姨綺耶山
長命寺 [いきやさん ちょうめいじ] (千手・十一面・聖観世音)
『おん ばざら たらま きりく/おん まか きゃろにきゃ そわか/おん
あろりきゃ そわか』
「八千年(やちとせ)や 柳に長き 命寺(いのちでら) 運ぶ歩みの かざしなるらん」
水砂西国31番奥の院
千手観世音菩薩立像
「三十二はん」
水砂西国32番 繖山 観音正寺 [きぬがさやま かんのんしょうじ] (千手)
『おん ばざら たらま きりく』
「あなとうと
導きたまへ 観音寺(かんおんじ) 遠き国より 運ぶ歩みを」
十一面観世音菩薩立像
「三十三番」
水砂西国33番 谷汲山 華厳寺 [たにぐみさん けごんじ] (十一面)
『おん まか きゃろにきゃ そわか』
「万世(よろずよ)の 願ひをここに 納めおく 水は苔より 出(いづ)る谷汲」
「世を照らす
仏の験(しる)し ありければ まだ灯(ともしび)も 消えぬなりけり」
「今までは 親と頼みし 笈摺(おいずる)を 脱(ぬぎ)て納むる
美濃(みの)の谷汲」
https://goo.gl/maps/fxJJWpPT8Tw

觀音寺から清水堂前の丁字路まで戻り、右折して西へ214m進む。
南へ282m上り、ゴミステーションがある丁字路から南西(左)へ28m進む。
Y字路から南西へ20m進む。
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