【川面四国八十八ヶ所霊場の画像集.3】
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宇内の平矢地区
県道48号線の五叉路から未舗装路を西南西へ180m上る
https://goo.gl/maps/kkHkbarQ3cL2
柿の木がある丁字路から細道を南西へ90m上る
Y字路を左折して参道を北東へ25m上る
自然石の燈籠

平之内(へいのうち) 荒神社
「矢掛町史 民俗編(p.208)」を参照
https://goo.gl/maps/hY7yU9MZ5xD2
柿の木がある丁字路に戻る
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北東へ60m下って左折し、細道を北へ53m進む。
右折して山際の道を北東へ44m進み、左折して墓地への参道を北へ30m上る。
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瓦質の小社
摩利支天神社
https://goo.gl/maps/gkp18AnSAer

北へ10m程上る

大師堂(不動尊堂)
「矢掛町の辻堂(p.57)」を参照
https://goo.gl/maps/Gw6UTjbgyVq
自然石の燈籠

棟札
「*(不動明王の種子「カン」) 奉新建立不動尊堂一宇 萬民豊樂祈*䖏(處)
聖衆天中天 迦陵頻伽聲
明治四十四辛*㐪(亥)*
年(1911年)
四月八日 落慶式
入佛供*養導師 西明院主密雄 和南
大工 中川村字 本堀 文屋良?一 左官 小田村 立間百太郎
発願主 本村(川面村)字
宇内平ノ内 善男女信徒中」
和南(わな): 稽首。礼拝。敬礼。
芳名録(新築有志者96人 + 伐採人歩有志10人 +
發起者有志10人)には大師堂と記されている
不動明王坐像(向かって右)
弘法大師坐像(同左)
川面四国36番青龍寺 (大師/波切不動) <辻原>
独鈷山 伊舎那院 青龍寺 [どっこざん いしゃないん
しょうりゅうじ]
『のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや
うんたらた かんまん』
「わずかなる
泉に住める 青龍は 仏法守護の 誓いとぞ聞く」
北へ35m下り、右折して東へ40m下る
丁字路を左折して県道を北へ17m進む
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県道48号線と広域農道(星の里街道)の交差点
法界地蔵
「法界」「寛延三午天(1750年)」「願主 三誉*𣢉?心」
『南無地蔵大菩薩』『おん かかかび
さんまえい そわか』
https://goo.gl/maps/dP5UneP8tWu
広域農道を北へ70m進む
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広域農道のY字路から細道を北(右)へ190m進む
https://goo.gl/maps/obLCiZNxdu22
古城山と麓の鵜成神社を望む
「
小田郡誌 下巻(p.632
昭和16年)」に「古城山 大字宇内字 馬場に在り。
瀧山峡谷の門戸をなして、星田川右岸に聳ゆる小丘陵なり。頂上平坦にして
段を有すれども極めて小規模のものなるべし。城主は渡邊左衛門幸久と傳ふれども、
其年代、沿革等に關し資料を發見せず。」と記されている
「御登極記念 小田郡誌(p.160 大正13年)」に「山上に龍王小祠を祀る」とある
矢迫橋(やざこばし)
「竣工昭和三十五年(1960年)」
https://goo.gl/maps/tVtSWnEd1hp
北西へ210m進む
梛(ナギ)の木
矢迫荒神社の下、山伏寺の高照院跡にある。熊野速玉大社の神木。
現在は高さ6m程になっている。
「
小田郡誌 下巻(p.633
昭和16年)」に「大梛 大字宇内 清水堅順の裏にあり。
周圍約九尺高さ數十尺、稀有の大木にして亦天然記念物たる資格を有せり。」とある
「矢掛町史 民俗編(p.274)」に梛の木の写真あり
敷き藁の小屋の横を通過して左折
https://goo.gl/maps/okck4wTzkqn

細道を南へ40m程上る
自然石の燈籠
「献燈」「*𫞕子(氏子)中」「明治四(1871年)辛未三月建」

矢迫荒神社
棟札「奉矢迫荒神社竣工正遷座 氏子安全 守護所」
平成十九年(2007年)十一月十七日再建
https://goo.gl/maps/JmL4fFrzjTx
荒神社の下の道から南へ3m程下る
梛の木
不動明王立像
『のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ
そわたや うんたらた かんまん』
梛の木の高さ2m程の所に安置されている
梛の葉
梛の木の向かって左1.5m程の所から2m程下る
梛の木の根本

弘法大師坐像
川面四国37番岩本寺 (不動・聖観世音・阿弥陀・薬師・地蔵) <梛ノ木吟照寺>
藤井山 五智院 岩本寺 [ふじいさん
ごちいん いわもとじ]
『のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや
うんたらた かんまん』
『おん
あろりきゃ そわか』
『あん あみりた ていせい から うん』
『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
『おん かかかび
さんまえい そわか』
「六つのちり 五つの社 あらわして ふかき仁井田(にいだ)の 神のたのしみ」
弘法大師坐像の上に仕切りが設けられていて、その上に石仏2躰が安置されている
https://goo.gl/maps/kRHF9ABkLd12
コゴメ石の地蔵菩薩像(向かって左)
五輪塔の空輪と風輪と水輪(向かって右)
荒神社の南西
瓦質の小祠
高照院の墓地
山伏寺の高照院については「矢掛町史 民俗編(pp.274-275)」を参照
矢迫橋を東へ渡って左折し、細道を北西へ33m進んで右折
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宇内の今石地区
北東へ96m上り、つきあたりの丁字路を左折して北北西へ40m進む
石鳥居

神額
「鵜成太明神 元禄二己巳年(1689年) 二月四日」
鵜成神社の参道の脇
大師堂
大正四年(1915年)四月に建立。堂内に大師堂建築寄附者芳名記がある。
「矢掛町の辻堂(p.60)」を参照
https://goo.gl/maps/F1Hz25xu7P32
千手観世音菩薩坐像(向かって右)
弘法大師坐像(同左)
川面四国38番金剛福寺 (大師/三面千手観世音) <鵜成神社下>
蹉跎山
補陀洛院 金剛福寺 [さださん ふだらくいん こんごうふくじ]
『おん ばざら たらま きりく』
「ふだらくや ここは岬の 舟のさお
とるもすつるも 法(のり)のさだ山」
随神門
木造随神像2対が安置されている
石燈籠a(向かって右)
「奉奇進夜燈」「願主 戌歳女」「天明六(1786年)丙午三月吉日」
「小田郡誌
上巻(p.628 昭和16年)」に「二、天明の
飢饉 天明三年(二四四三)
旱魃不作にて饉饑甚しく、矢掛の農民等 西河原に集合し、*强訴(強訴)を企つ。
當時町の掛屋職にして綿問屋を營める石井左司馬、之を聞きて大に驚き
身を以て衆を制し、自ら其責を負ひて藩廳に至り、更に江戸に護送せらる。
百方哀願 年を經て遂に免され、同六年十月十七日江戸に歿す。
左司馬發するに際し、死を期して逆修碑を妙見山先塋の地に建てしむ。
題して法住院道種*日德(日徳)居士といふ。」と記されている
掛屋: 江戸時代の金融業者
先塋(せんえい): 先祖の墓地
逆修(ぎゃくしゅう): 命日より日を繰り上げて仏事を行うこと
石燈籠b
「奉寄進 願主當村 山縣文右門」「享保三戊戌天(1718年) 九月吉辰日」
扁額a
「鵜成神社 出雲宿弥千家尊愛敬書」
出雲大社教第2代管長 千家尊愛氏(1890-1954年)の揮毫
扁額b
「*神*輿(神輿) 片岡成之謹篆」
拝殿

唐獅子a(向かって右)
「奉」「昭和十年(1935年)四月吉日」「奉寄進 森岡◯◯◯ 森岡◯◯」
唐獅子b(同左)
「獻」「昭和十年四月吉日」」「奉寄進 森岡◯◯◯ 森岡◯◯」「尾道石工 米田 作」

手水鉢
「享保三戊戌稔(1718年) 九月十五日
施主 祝詞 信濃守 神主 源右衛門 儀右衛門 藤◯衛門」
鵜成神社
祭神は吉備津彦命。西川面の鵜江神社の分霊を勧請したと云われている。
旧社格は村社。
詳細は「矢掛町史 民俗編(pp.364-368)」、「御登極記念
小田郡誌(p.159 大正13年)」を参照
https://goo.gl/maps/3jQMkYhZaWy
本殿

自然石
祭神未確認
淡嶋神社

出雲大社
祭神は大国主大神。本殿の向かって左にある。
瓦質の小祠
祭神未確認
境内社
向かって左から岩山神社(祭神岩山之神)、明劔神社(祭神磐裂神・根裂神)、
御鋒(みさき)神社(祭神天照皇大神)、稲荷神社(稲倉魂神)
本殿の向かって右にある
注連柱
「奉」「献」
御鋒(みさき)神社
明和年中(1764-1772年)に起こった一揆の指導者で、
矢掛の河原で打首になった宇平治さんを祀ったものといわれている
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笠岡松山道
「
備中誌 小田郡(p.125 明治36年)」に
「木綿瀧(=雄虎の滝) 村の乾の角に有
瀧の水貳百間計なる
半ゟ(より)落て凡十四五間計も落る其さま布を晒すか如く 依て木綿瀧と名付けし
笠岡より松山へ行道なり」とある
鵜成神社の境内の東にある十字路から山道(小田郡矢掛町宇内 道-220)を北へ90m上る
https://maps.app.goo.gl/shprfFFSW2DY5Zfr6
人の往来が絶えて久しいため、道の真ん中に雑木が生えていたり、
倒木が道を塞いでいたりする(2025年7月時点)
左折して、道-214、道-221を西へ40m上る
https://maps.app.goo.gl/3CmwecvjoVxBh6mY8

曲がり角の目印の石
右折して道-213、道-197を北へ約570m上る
https://maps.app.goo.gl/nPFJM5ZYJH7Dw6Qv7
石鎚蔵王権現社の西約140mの所
ここから先、毛野の車道に出るまでの約360mの山道(宇内 道-191、美星町東水砂
道-309、道-263)は
草刈りをしないと通行困難。あと70m程登れば、右手に雄虎の滝を望む事ができるはず。
https://maps.app.goo.gl/NGqtM41B3XGtYHrp8
毛野の西にあるY字路(←熊石 毛野→)
矢掛町宇内の鵜成神社の東から北上する道(美星町東水砂 道-263)を含めると四叉路。
車道(道-83→道-81)を北北西へ100m進み、丁字路を右折して北東へ約560m上ると毛野のとと道に合流する。
https://goo.gl/maps/BdwMbexqpmJZMT5P7
道-263
牛供養碑兼道しるべ
「為牛供養 右 小田 左 矢掛」「施主 渡辺◯◯」
「美星町史
通説編(p.493)」の町への通い道の地図で
宇内から北上する破線の道の先にある道しるべ
https://maps.app.goo.gl/C7HW7MdoLVkccpkP8
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鵜成神社の石鳥居の前に戻って左折
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細道を北東へ70m進む

馬場池
https://goo.gl/maps/giumbWcNiyw
池の横を通過して右折し、東へ30m進んでつきあたりの丁字路を左折
北北東へ120m上る
橋の手前にある十字路を左折し、県道48号線を北へ170m上る
https://goo.gl/maps/fBaTKKr2Jh62

右カーブの手前にある丁字路を左折
https://goo.gl/maps/2Mea4UJ91nL2
北へ370m上る
石碑
「宇内大*峰山鎖 寄進 世話人 (20人の芳名)」「昭和三年(1928年)一月調之」
*峰の字は峰の上に山の字
石鎚蔵王権現社
後ろに護摩堂がある
https://goo.gl/maps/2Mea4UJ91nL2
手水鉢
南の眺望
羽賀峠を望む

矢掛町重要文化財

毛野川(星田川の支流の一つ)

社殿の向かって右から東へ5m程進み、左折して川沿いの道を北へ20m程上る
雄虎の滝(下の滝)
木綿瀧、小虎が瀧ともいう
「
小田郡誌 下巻(p.632
昭和16年)」に「木綿瀧 又小虎瀧と云ふ。大字宇内にありて、
鵜成*神社(神社)北方の山腹に懸れり。瀧は三段よりなれるが第二段最も高くして
遠望に佳なり。平素は水量少なきを遺憾とするも、雨後の*壯觀(壮観)に至りては、
筆舌に能く盡すべき事にあらず。恰も白布を晒すが如き以て名を得たり。
實に備南に於て第一の雄瀑たり。」とある
「御登極記念 小田郡誌(p.158 大正13年)」を参照
https://goo.gl/maps/mwE4ajtjy6kgl/maps/mwE4ajtjy6ky6k

玉垂れ
上に2ヶ所ある滝や鎖場へ行く道は整備されていない上に
足元が滑りやすいので、それなりの装備がないと進めない
県道48号線を南へ170m下って橋の手前にある十字路に戻って右折。
北東へ150m、右折して南へ170m上る。
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大師堂(弘法大師堂)
宇内の字 滝谷にある。魚荷道沿い。
「矢掛町の辻堂(p.59)」を参照
大棟鬼には不動明王の種子「カンマン」
『のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ
そわたや うんたらた
かんまん』
隅鬼は「遍照金剛」
棟札
「*(弘法大師の種子「ユ」) 奉新建立弘法大師堂一宇 萬民豐樂攸
聖*衆天中天
迦陵頻伽聲 明治三十年(1897年)丁酉 拾月二十日 落◯成 願主◯◯◯
入佛供養導師 西明院兼 鷲峯山主 照空和尚 大工 *當㪽(当所)住
◯◯ 植田末?十郎」
二尊石仏(弘法大師坐像/薬師如来坐像)
「*土
刕(土州)寺山寺
三十九番 弘化四年(1847年) 未七月吉日」
川面四国39番延光寺 (薬師) <今井ノ堂>
赤亀山 寺山院 延光寺 [しゃっきざん てらやまいん えんこうじ]
『おん ころころ
せんだり まとうぎ そわか』
「南無薬師 諸病悉除(しつじょ)の 願こめて 詣る我が身を 助けましませ」
https://goo.gl/maps/BkUxprznuN22
万人講供養碑群
大師堂の向かって右後方にある
向かって右から
万人講供養碑a(弘法大師坐像 + 牛)
「◯主 片岡◯◯ 為亡牛 万人講」
万人講供養碑b(地蔵菩薩坐像 + 牛)
「万人講 妹山雄一郎」
万人講供養碑c(牛?)
「万人講 妹山◯太郎」
地蔵菩薩坐像?
十字路を右折し、南へ53m下って右折
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角坂荒神社
https://goo.gl/maps/ZMHswNGoaGr

注連柱
「奉」「願主 總産子中」
「獻」「明治十四年(1881年)辛巳初冬」
石燈籠
「施主 講中」

唐獅子a(向かって右)
「奉獻」「明治二十二 己丑年(1889年)初冬」「尾道 石井源兵衛 作」
唐獅子b(同左)
「奉獻」「氏子中」「同 作」
荒神社の向かって左

宝篋印塔型の供養塔
塔身南西面:阿弥陀如来の種子「キリーク」
同北西面:不空成就如来の種子「アク」
同北東面:阿しゅく如来の種子「ウン」
同南東面:宝生如来の種子「タラーク」
笠の上には五輪石塔の空輪風輪が載せられている
基礎南西面と北東面に銘文があるが判読困難
大師堂前の十字路に戻る
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車の場合は大師堂前から南東へ54m、左折して北へ54m上る
Y字路を右折し、県道48号線を南へ85m上る
https://goo.gl/maps/12bZXgqUEz92

展望ポイント
https://goo.gl/maps/QrqwxYjwNht県道を北へ180m上る
左折して北へ32m下る
https://goo.gl/maps/DJtKdraEptN2
Y字路
石殿の屋根と向かって左の壁が落ちているため露坐の状態
弘法大師坐像(向かって右)
薬師如来坐像(同左)
川面四国40番観自在寺 (薬師/大師) <津ノ坂>
平城山
薬師院 観自在寺 [へいじょうざん やくしいん かんじざいじ]
『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
「心願や 自在の春に
花咲きて 浮世逃れて 住むやけだもの」
https://goo.gl/maps/yp51fvU3n7E2

徒歩の場合は大師堂(39番)前から北北東へ90m上る
墓地の横を通過

県道へ下る

県道48号線を横断して左折し、北北東へ95m上る
https://goo.gl/maps/A2Jtj4Yammt
40番札所前
南へ32m上って左折し、県道を北北東へ290m上る
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県道から右折し、東へ16m進む
https://goo.gl/maps/gL8Zf4ghg172
夏場は雑草を刈り払う道具がないと接近困難
倒木があるので足元に注意
弘法大師坐像
川面四国41番龍光寺 (十一面観世音) <津ノ坂>
稲荷山 護国院 龍光寺 [いなりざん ごこくいん りゅうこうじ]
『おん まか きゃろにきゃ そわか』
「この神は 三国流布(さんごくるふ)の 密教を 守り給はん 誓いとぞ聞く」
https://goo.gl/maps/5NNEtMQ18ut
牛神様
「牛神」
「矢掛町史 民俗編 p.298」に「宇内では大字
持ちの山に牛神と刻んだ石があり、年に一度祭ったが今はしない。」とある
万人講供養碑(牛)
「万人講」
牛供養碑(地蔵菩薩坐像? + 牛2頭)
「為亡牛供養」
県道48号線に戻り、北東へ94m上り右折
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枝垂れ桜?の後ろ

弘法大師坐像a(向かって右)
大日如来坐像(中央)
川面四国42番仏木寺 (大日/大師) <津ノ坂>
一カ山 毘盧舎那院 仏木寺 [いっかざん びるしゃないん ぶつもくじ]
『おん あびらうんけん
ばざら だどばん』
「草も木も 仏になれる 佛木寺 なお頼もしき 鬼畜人天(きちくにんてん)」
https://goo.gl/maps/65tVtFPi9cp
弘法大師坐像b(向かって左)
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県道に戻って北東へ50m上る
徒歩の場合は県道から別れて松山成羽道を北東へ140m上る
車の場合は県道を470m上る
https://goo.gl/maps/VxG4pP2ePnR2
急な上りは最初の30m程で、それ以降はほぼ平坦な道になる
細い谷川が流れている
道の真ん中がぬかるんでいる所が20m程続く
https://goo.gl/maps/VXtxokyEF5y
二尊石仏(弘法大師坐像/千手観世音菩薩立像)
川面四国43番明石寺 (千手観世音) <津ノ坂>
源光山 円手院 明石寺 [げんこうざん えんしゅいん めいせきじ]
『おん
ばざら たらま きりく』
「聞くならく 千手不思議の 誓いには 大盤石(だいばんじゃく)も かろくあげ石」
https://goo.gl/maps/ArGpDQMZNhm

弘法大師坐像(手前)
千手観世音菩薩坐像(奥)
旧像が破損したので、二尊石仏型の新像に置き換えられたものと思われる
北へ15m進む

丁字路
左折して10m程下ると池の土手の端に出る
https://goo.gl/maps/xfXuVqEo7Nz
丁字路から松山成羽道を北東へ40m進む
池の北端辺り
ここから北東へ170m程進むと矢掛町と井原市の境にある丁字路に出る。
雑草に覆われているため通行困難。
https://goo.gl/maps/qZxktfr9CN22

池の土手の横の丁字路に戻り、土手道を北西へ55m進む
角坂池
車の場合はここから徒歩で43番札所へ向かう
https://goo.gl/maps/TUJ5Ycga6a12
右折して県道48号線に北東へ190m上る
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井原市と矢掛町の境
この辺りを魚荷道が横断していた
https://goo.gl/maps/RaQBrkESb4Q2
北東へ125m進む
四叉路
https://goo.gl/maps/QsnJqDfArro
左折して北西へ25m進む
旧道入り口
ここから旧道(現在は通行困難)を北へ700m程上ると毛野地区
https://goo.gl/maps/euzYUR5F54L2

北へ20m、南西へ120m上る
かつて松山成羽道が通っていた場所
西南西へ48m上る
車道から右折し、細道を北東へ41m上る
https://goo.gl/maps/XJZ3aDyxkHG2
旧道は赤矢印の辺り
弘法大師坐像(向かって左)
十一面観世音菩薩坐像(同右)
川面四国44番大宝寺 (大師/十一面観世音) <丸山ノ下>
菅生山 大覚院 大寶寺 [すごうさん だいかくいん だいほうじ]
『おん まか
きゃろにきゃ そわか』
「今の世は 大悲の恵み 菅生山(すごうさん) ついには弥陀の 誓いをぞ待つ」
https://goo.gl/maps/2jtokAA5wc82
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細道を北へ54m上る
十字路
https://goo.gl/maps/oNrEaDdFPR72
左折して井原市と矢掛町の境をなす細道を北西へ400m程上ると
井原市東水砂の毛野地区に出る
同地区の龍王山の頂上には寶積院(毛野大仙寺)跡、
水砂西国13番 石光山 石山寺の石仏がある
十字路を右折
南東へ30m上って左折

小盛山の頂上
川面四国霊場の遍路道の中で最も標高い場所であり、
川面四国霊場と水砂西国観音霊場の接点でもある
石殿a(向かって左)
弘法大師坐像a
「四十五番 本尊不動」
台座「岩屋寺 ◯◯ ◯◯」
川面四国45番岩屋寺 (不動) <水砂丸山>
海岸山 岩屋寺 [かいがんざん いわやじ]
『のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや
うんたらた かんまん』
「大聖の 祈る力の げに岩屋 石のなかにも 極楽ぞある」
石殿b(中央)
十一面観世音菩薩立像(※)
「十二番」
水砂西国12番 岩間山 正法寺 [いわまざん しょうほうじ] “岩間寺”
(千手)
『おん ばざら たらま きりく』
「水上(みなかみ)は いづくなるらん 岩間寺(いわまでら) 岸うつ波は 松風の音」
石殿c(向かって右)
弘法大師坐像b(向かって右)
「神之嶋 八十八*所」
神島四国霊場から勧請したもの
弘法大師坐像c(同左)
高野山の弘法大師坐像か?
『南無大師遍照金剛』
*所
鞆・能登原・田尻新四国八十八ヶ所霊場の高野山
新四国霊場の札所の中で2番目に高い場所(標高282m)にある
https://goo.gl/maps/oAvS8県道48号線に戻り、左折して東北東へ455m下る
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県道48号線と県道408号線の交差点
北へ33m進む
牛供養碑兼道しるべ(地蔵菩薩坐像 + 牛)
「右(西) 小田 左(南) 矢掛」
北から下って来た人用の道しるべ
https://goo.gl/maps/NfiEDHZoPpy
丁字路に戻って左折し、県道408号線を南(川面・矢掛)へ165m下る
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