【浅口西国三十三所観音霊場の画像集 7】



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宝亀山観音寺

本尊は青面金剛と十一面観世音菩薩

『おん でいば やきしゃ ばんだ ばんだ かかかか そわか(青面金剛)』
『おん まか きゃろにきゃ そわか(十一面観世音菩薩)』

宝亀山観音寺(梵鐘)、寶龜山觀音堂(参道口の寺標)、宝亀山観音庵など色々な呼び名がある。
庚申堂内に聖観世音菩薩像、薬師如来像、弘法大師像があるのかは不明。

「勇崎村誌 下巻(pp.11-14 明治22年)」に「安置佛ハ十一面観世音ニシテ僧行基ノ作ト云フ
 花山院初メ*中西國三拾三*𠩄(所)ヲ設ケ給ヒシ *此當観音堂ヲ以テ
二拾番*札𠩄(札所)ト*㝎(定)メラル」とある

「勇崎村誌 下巻」によると觀音庵(一名 望海庵)は観音堂の境内にあり、佛軆は青面金剛。
観音堂守居庵は黒崎の安養院末庵で、尼僧が住んでいた。

浅口郡誌(p.298 大正14年)」に「(名稱)観音庵 (位置)勇崎寶龜
(宗派)天臺宗叡山派 (本尊)觀世音菩薩
 (建立時代)天和二(※1682年) (塔堂並境域)本堂、教院、青面金剛堂 一五四四坪
(信徒 財産)二◯◯◯戸(參考)黒崎村安養院末、第三一四節參照」とある

浅口郡誌(pp.395-396 大正14年)」に「一五、寶龜山 第三一四節 勇崎に在り。
往古は丸山・眞名板暗礁・八幡山等と共に、今の水島の如くの列島たりしならんも、
岩質粗鬆のため波浪に浸食せられ、現今の如く僅かに形骸を残せり。而して寛文六年
(※1666年)新開成り、天和二年觀音庵の建立を見るに至る。*社寺(社寺)根元記
(こは明和九年當時の村役人五人組頭の連印あるものにて、勇崎村の庄屋、中藤家に
藏せしも、今は所在不明となれりと云ふ。)の中、中塚一郎氏の抜萃せるものを
略年表にして示せば左の如し。
天和二年 觀音庵建立 施主中藤傳吉(棟札寫)
元祿八年(※1695年) 觀音庵建替 植林 現今山上に老松の疎生するあるは、此時植ゑしものならん
元祿年中 庵持佛青面金剛一體 津之國天王寺、十禪師開元御*免許狀(免許状)
寶暦九年(※1759年) 再建 施主中藤重左衛門
當山の庚申堂は觀音庵の別字にして、嘉永年間(※1848-1854年)の建築に係り、
元觀音堂に安置せしものと云ひ傳ふ。今寶龜の庚申とて地方に名高し。(第二三三節參照)
中藤傳吉は初代庄屋にして、現今の觀音庵は明治年間改築せしもの、
庵は黒崎村安養院末なり。(第二三三節參照)」と記されている

「勇崎村誌巻ノ下追録」に「昭和十七年(1942年)三月十九日
 宗教法ニ依リ觀音寺ト改稱 寺院格トナル」とある

傳教大師霊場第18番 寶龜山 觀音庵

御詠歌「後の世の 六の戒めゐひをきて 本の覚に かへりましけむ」

『南無宗祖根本傳教大師福聚金剛』

傳教大師霊場第18番 寶龜山 觀音庵

御詠歌「後の世の 六の戒めゐひをきて 本の覚に かへりましけむ」

『南無宗祖根本傳教大師福聚金剛』


備中西国第20番寶龜山觀音堂


嶋西国26番 法華山 一乗寺 [ほっけさん いちじょうじ] (聖観世音)
 『おん あろりきゃ そわか』
 「春は花 夏は橘(たちばな) 秋は菊 いつも妙なる 法(のり)の華山(はなやま)」


浅口西国6番 壺阪山 南法華寺 [つぼさかさん みなみほっけじ] “壺阪寺” (千手)
 『おん ばざら たらま きりく』
 「岩をたて 水をたたえて 壺阪の 庭の砂(いさご)も 浄土なるらん」

  南備四国34番種間寺 (薬師) <勇サキ 寶龜山>
 本尾山 朱雀院 種間寺 [もとおざん しゅじゃくいん たねまじ]
 『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』
 「世の中に 蒔ける五穀の 種間寺 深き如来の 大悲なりけり」

https://goo.gl/maps/uLL3s


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矢崎山圓福寺本性院

浅口西国7番 東光山 岡寺 龍蓋寺 [とうこうざん おかでら りゅうがいじ] (如意輪)
 『おん はんどま しんだ まに じんば ら そわか』
 「けさ見れば 露(つゆ)岡寺の 庭の苔 さながら瑠璃の 光なりけり」

https://goo.gl/maps/zY5Ta3ri9qG2




興福山観照院海蔵寺

浅口郡誌(p.302 大正14年)」に「(名称)海藏寺 (位置)南浦
(宗派)天臺宗叡山派 (本尊並脇立)釋迦牟尼仏 (建立年代)承和
 (塔堂並境域)本堂、*敎院(教院)、客殿、庫裏、地藏堂、(明和) 九六三坪
 (信徒財産)三八七人 (参考)明王院末、慈覺大師開基」とある

傳教大師霊場第20番

御詠歌「みち傳へ みのり教ゆる 謚號(おくりな)に *髙(高)きゐさをは 仰がれにけり」

『南無宗祖根本傳教大師福聚金剛』

浅口西国8番 豊山 長谷寺 [ぶさん はせでら] (十一面)
 『おん まか きゃろにきゃ そわか』
 「いくたびも 参る心は 初瀬寺(はつせでら) 山もちかひも 深き谷川」

https://goo.gl/maps/VSfEDUXbQYt


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福井山壽福寺龍城院

浅口西国9番 興福寺 南円堂 [こうふくじ なんえんどう] (不空羂索)
 『おん あぼきゃ びじゃしゃ うん はった』
 「春の日は 南円堂に かがやきて 三笠の山に 晴るるうすぐも」

傳教大師霊場第1番

https://goo.gl/maps/CQ7F7KFCHeN2



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